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厳罰化した「災害時窃盗罪」をもうけるべきか 能登地震、高級ミカン泥棒など被害続出

2024年01月17日 12:01  弁護士ドットコム

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大きな災害があった時に話題となるのが「火事場泥棒」だ。能登半島地震の被災地でも空き家から高級ミカンを盗んだ疑いで大学生が逮捕される事件があった。石川県内では空き巣や置き引きなど、震災にまつわる犯罪が1月15日までに計22件と発表されている。


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弱みにつけこむ悪質で卑劣な犯行ゆえに、かつて2016年の熊本地震では与党の一部から、窃盗罪より厳罰に処する「災害時窃盗罪」をもうけるべきとの声が上がり、国会で検討されたこともある。



刑法学者で、甲南大学名誉教授の園田寿氏は「余震が多く避難生活が長期化するにつれ、不安や恐怖が増大する。即座に厳罰化を求めるのではなく、冷静な対応が必要」と指摘する。



●体感治安の悪化が恐怖を増幅させる

2011年の東日本大震災では、原発事故の影響で多くの県民が避難した福島県で空き巣被害が相次いだ。また、2016年の熊本地震でも窃盗事件の認知件数は40件を超え、問題化。当時の国会で取り上げられ、窃盗罪の法定刑10年より重い刑罰を科すべきという意見も出ていた。



今回の能登半島地震でも、窃盗や詐欺などが発生。防犯カメラの設置やパトロール強化が報じられている。道路事情やインフラ復旧の遅れなどから、集団避難した集落では、住民が戻るまでの期間が決まっていないところもある。



園田氏は「普通の精神状態ではない上に、不安な事態が長く続けば体感治安が悪化していきます。1件の空き巣が重大な恐怖に感じます」と説明。しかし、熊本地震の時のように政治が冷静さを失い、実際の認知件数などの検証もせずに立法化を急ぐことは危険だという。



「もし災害時窃盗罪を立法するとなれば、宣言的な『象徴立法』にしかなりません。一度制定されると、なかなか変わらない刑事法としては好ましくない。世間に悪質さをアピールするだけで、根拠も効果も弱いものとなります」



●既存の窃盗罪で十分対処できる

そもそも、既存の枠組みのなかでも、常習累犯窃盗罪なら懲役20年まで求刑は可能だ。実際に熊本地震の「火事場泥棒」に対しては、厳しい処罰が下されている。



読売新聞の記事によると、熊本簡裁は、益城町の損壊した家屋からタブレット端末など7点(計約2万4000円相当)を盗んだ男性に「被災者の窮状につけ込んだ犯行で酌むべき点はない」として懲役2年6月、執行猶予3年(求刑・懲役2年6月)を言い渡した。検察側はこの事件で「被災者に追い打ちをかける行為」などと主張しており、他にも乾電池4本を盗んだ被告人に対し正式裁判を求めたケースもあったという。



園田氏は「この事例のように、検察側が論告求刑で悪質さについて意見を述べるなどの手段が考えられます。もしも立法するとなった場合、『災害時』『被災地』の適用範囲をどこで線引きするかの課題もある」と説明。避難所での強姦や詐欺など、被災地で懸念される犯罪はあるものの、客観的事実に基づいた報道が必要だと警鐘を鳴らす。



「窃盗や詐欺、強姦が横行しているといった不安をあおることによって、根拠のないデマが広がることのないよう注意が必要です。メディアや行政機関には、こうした点を勘案して冷静な呼びかけをしてほしいと思います」




【取材協力弁護士】
園田 寿(そのだ・ひさし)弁護士
元甲南大学法科大学院教授(刑事法)、現甲南大学名誉教授。大阪府青少年健全育成審議会副会長などを歴任、大阪弁護士会情報問題委員会委員、兵庫県などの公文書公開・個人情報保護審議会委員を務める。著作に『情報社会と刑法』(成文堂、2011年)、『エロスと「わいせつ」のあいだ』(共著:朝日新書、2016年)など。
事務所名:木村永田法律事務所