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「今日、年金の日だろ」金を無心され続け、同級生を殺害 被害者との「いびつで濃密」な人間関係

2024年01月14日 10:01  弁護士ドットコム

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かつて同居していた小中学校時代の同級生を殺害したほか、自治会費を横領したとして殺人と業務上横領に問われていた男(38)に対して千葉地裁(上岡哲生裁判長)は2023年12月18日、懲役13年の判決を言い渡した(求刑懲役14年)。


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被告人は過去、自宅に居候していた同級生のAさん(当時22)を殺害し、遺体を自宅の庭に埋めていたが、この悪事は発覚することがないまま15年が過ぎた。逮捕のきっかけとなったのは2023年3月、自らが110番通報したことによる。だが、この通報も、殺人を犯したという後ろめたさからではなかったと判決で認定されている。



公判では、被告人、殺人の被害者らとのいびつで濃密な人間関係も明らかになった。(ライター・高橋ユキ)



●殺人の被害者らとの金を介したいびつで濃密な関係

冒頭陳述等によれば、2022年の春から地元自治会の会計業務を担っていた被告人は、自治会費を管理する口座からたびたび現金を払い戻し、約44万円をパチスロなど遊興費に充ててしまった。



会計担当として1年間の収支を報告する「総会」が迫ってきた2023年3月、被告人はまず区長を訪ね、自身の使い込みを打ち明け相談したところ、区長から「総会で皆に説明するように」と求められた。被告人は「総会から逃れたい」という思いから110番通報し、自治会費の横領と、15年前に犯した“同級生殺害”を告白した。



使い込みを地元住民に説明することよりも、過去の殺人を打ち明けて逮捕されることを選んだ被告人は、23年12月12日から開かれた裁判員裁判の罪状認否で、公訴事実を全て認めた。殺人を打ち明ける経緯も不可解だったが、公判では、殺人の被害者やその兄、そしてまた別の同級生との、金を介したいびつで濃密な関係が明らかになった。



殺人の被害者・Aさんは、被告人の小中学校時代の同級生だったが、当時からたびたび被告人に金を要求していたという。被告人はこう証言した。



「小学6年生の頃、週に一度は3万円ほどを……1回で3万円を渡すこともありました。祖父からもらっていました。中学の頃は、3年になって同じクラスになってからまた要求されるようになりました。週に一度は渡していて、1回あたり3~5万円の間でした。それより多いこともあった。断ると、小学校の時よりもしつこく言ってくるようになりました。正直、威圧的と言いますか、性格が強くなった印象はあって、語尾を強めるような……」



被告人は「抵抗感はあったが、彼との関係を断ちたくなかったという気持ち」(同)から、金を渡し続けていた。中学卒業後もそんな関係は続く。



他県に就職したAさんは、地元・木更津に遊びに戻ってくると被告人に「次会う時は金出して」と言うようになり、被告人は1回あたり5万円ほどを渡していた。ほどなく仕事を辞めて木更津に戻ったAさんは、兄と住むためのホテル代や生活費を被告人に要求するようになる。渡していた金は「月換算30万円くらいだったと思います」と被告人は振り返る。



●被害者の兄「体感で1000万くらい出させた」

これは被告人が話を盛っているわけではないようだ。Aさんの兄も、調書に「体感で1000万くらい出させた」と驚きの供述をしている。



「木更津に戻ってきてから、半年くらい、被告人に金を出してもらい、市内のホテルに泊まり、パチスロや女遊びを続けていた。ホテルに連泊している記録が残っていると聞いたので、それだと思う。



当時の被告人は『自分から進んで金を配る奴』という印象で、当時の私は、必要な金は被告人が出してくれるものと思っており、申し訳ないとか罪悪感はなく、当たり前のように感じていた。確か金が尽きて私も弟もホテルにいられなくなったと思う。いちいち幾らか確認してないが体感で1000万円くらい、被告人には出させたのではないか。金が尽きるのも当然」(Aさんの兄の調書)



Aさんと兄は幼少期の母親からのネグレクトなどにより、施設で育った。そのため木更津に戻ってもホテル暮らしをしていたようだが、被告人との関係が一旦絶たれたことでその生活も終わりを迎える。



以降、被告人とAさんは数年間疎遠となっていた。この間Aさんは、同じく中学時代の同級生だったBさんの自宅に居候していたという。そしてBさんや、その家族から金を引っ張ろうとしていた。Bさんが調書で語る。



「Aから『東京のほうが仕事があるから来いよ』と言われて上京したが、再会したときAはすでに仕事を辞めていて、漫画喫茶を転々としながら生活することになった。頼れるところがなく、Aからも私の実家に行かせて欲しいと言われたことから、Aを連れて実家に戻った。



Aは『メイド喫茶を経営しようと思ってる。2人でやらないか』と私を誘い、その上で『銀行が金を貸してくれない。頭金さえあれば、金を貸してもらえるから、親から100万くらい借りて欲しい』と言われた。実家に戻り、仕事が見つかるまでAを泊めさせてやってほしいと親に頼み、了承してもらったが、Aは私の親から金を借りる魂胆で来ていたので、仕事を探す気もなく、家にあったゲームで遊んだり、出かけてゲーセンで遊んだりしていた。



その後、親にメイド喫茶の頭金を貸して欲しいと切り出したが『そんな金は出せない』と断られ『仕事が見つかるまでという話だが、ずっと仕事をせずにいるつもりなら、Aに出て行ってほしい』と言われた」(Bさんの調書)



同級生Bさん宅を追い出されそうになっていたAさんは、このあと被告人宅に居候するようになる。そのきっかけは、まさに運命の悪戯としか言いようのない、地元タクシー運転手との会話だった。Bさんが調書に、顛末を語る。



「私の親とAとの関係がどんどん悪くなり、Aが私の自宅に居づらくなっていた、そんな時期、地元のタクシーに乗ったところ、たまたま運転手が被告人やAと顔見知りで、被告人の話をされた。今となっては内容は覚えていないが『実家で親の手伝いをして頑張ってる』という話だったと思う。それを聞いたAは『被告人に会いに行こう』と言い出し、私と2人で被告人の家まで会いに行ったのでした」(Bさんの調書)



●「殺すしかないのかなと思った」

この再会からAさんは、Bさんの実家を出て、被告人宅に居候するようになる。事件から1年ほど前のことだった。



かつてホテル代を支払わされていた時期は、父親の介入により、関係を絶つことができたが、このとき父親は入院しており、自宅には被告人と祖父、そして知的障害のある母親の3人しかいなかった。



以降、Aさんは以前と同じように被告人に金を要求し続けるようになる。被告人が振り返る。「週に1回から3回は要求があった。平均すると大体1回10万円ほどだったと思います」



被告人は中学卒業後に高校に進学したが、3日で退学し、以降はほとんど働くこともなかった。当時は「祖父の年金と、祖父が米農家してたのでそこから(金を)出していた」(被告人質問での証言)という。



それでもAさんから「暴力がなかった」(同)ことから、関係を続けていたのだが、事件の1カ月前からAさんは突如、被告人に暴力を振るうようになった。



「正直、いままでのAと違う。恐怖心が増していった。何とかならないかなとは思っていました。また昔のようになってしまう。自分がいなくなったり、自殺すればいいと思ったが、自分がいなくなっても矛先が家族に向かう。自分でどうにかするしかないのかな、殺すしかないのかなと思った」(同)



●殺害当日「今日、年金の日だろ。下ろしに行くぞ」

Aさんは2008年8月15日、被告人の祖父の年金支給日に殺害された。その日、朝帰りしたAさんは、玄関先で被告人に言った。



「今日、年金の日だろ。下ろしに行くぞ」



これを聞いた被告人は「正直もう後がないなと、殺害するという考えに至りました」という。玄関先にあったバールを手に取り、電話中だったAさんの後頭部めがけて数回、振り下ろした。亡くなったAさんを庭に埋め、祖父には「Aさんは出ていった」と説明した。それから15年、働くこともなく、家族の年金で暮らし続け、自治会費を横領した。



「Aのことを思い出すことがありました。特に、人と接するときや、Aを殺してしまった8月15日になると思い出しました。家の中が散らかってきたり、ゴミが溜まったりしても、もうどうでもいいやと投げやりになって、そういうところにも目が向かなくなった」(被告人質問での証言)



被告人は金の無心をされる大変さを分かっているはずだが、その後は、先の友人Bさんに架空の裁判話を切り出し、裁判費用として月に10万円以上を支払わせていたという。これは被告人の逮捕まで続いた。



Bさんは、被告人の裁判話が嘘だったことを逮捕後に知ったといい「被告人は、Aから金をタカられていたのが嫌で殺したと聞いているが、私からすればなぜ自分がやられて嫌だったことを私にはできたのか、行動や考えが理解できない」と調書に悲しみを語っていた。



この点について被告人は、公判で反論した。



「正直、罪悪感はありましたが、自分のところにAが来る原因はBにあったと思っていた」



公判ではAさんやその兄が、長らく被告人から金を搾取していた実態が明らかにはなったが、懲役14年の求刑に対し、判決は懲役13年と厳しいものだった。



裁判長は「金銭を要求する被害者にも問題はあったが、殺して解決する問題ではなく、短絡的」と指摘。被告人の自首により殺人が明らかになったことについても「15年が経っており、横領を総会で説明したくないという経緯は、事件直後の自首と同じ評価をすることはできない」とされた。被告人は控訴せず、判決は確定している。