2024年01月08日 08:31 弁護士ドットコム
東京都立川市のホテルで風俗店勤務の女性(31=当時)を殺害したなどの罪に問われていた犯行当時19歳の元少年(21)の裁判員裁判で、東京地裁立川支部(新井紅亜礼裁判長)は12月14日に懲役23年の判決を言い渡した(求刑懲役25年)。
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被告人は2021年6月1日の午後、立川市内のホテル客室において、派遣型風俗店に勤務していたAさん(31=当時)の腹部や頭部を持っていた包丁で多数回刺して殺害したうえ、Aさんからの連絡を受けて駆けつけた店舗従業員のBさんの腹部等を刺したという殺人、殺人未遂、銃刀法違反の罪で起訴されていた。
事件を起こした後、被告人は現場から逃走していた。翌日に捜索中の警察官が、羽村市で原付バイクに乗る被告人を発見。職務質問ののち逮捕する。鑑定留置を経て、東京家裁立川支部が検察官送致。2021年11月に東京地検立川支部が起訴していた。
11月7日の初公判。しわしわで黄ばんだシャツに、紺色のベストを重ね、グレーのスウェットを履いた被告人は、開廷までは特に発言もなく静かにしていたが、氏名や生年月日などを確認する人定質問のため証言台の前に立ったところで、異変は起きた。
「簡単に言えば~……ウルトラの~……いま選挙の……」と裁判長からの質問に答えずひとりで何事かをペラペラと語りはじめた。氏名や生年月日等を述べることはなかったものの「いま決まった住居はありますか?」という質問には「いや、ないです」と答えていた。
質問の意味を理解しているのか、いないのか。いつから、こういった状態だったのか。
起訴状読み上げ後の罪状認否においても「バイオハザード……なんか、ハリウッド、なんか……みんな死んでる世界で南海トラフ地震に……」など、質問に答えず発言を続ける。
検察官冒頭陳述の際も、検察官の説明に声をかぶせるかのように不規則発言を続け、退廷させられるという事態に至った。被告人はこれ以降も不規則発言によって、裁判長から複数回、退廷を命じられることになる。
犯行当時の被告人の責任能力が争点のひとつとなった裁判員裁判で、弁護人は、被告人が自閉スペクトラム症の圧倒的影響下でこれらの事件を起こしたと冒頭陳述で述べ「被告人は無罪です」と訴えた。
いっぽうの検察側は、被告人が当時、自閉スペクトラム症だったことは争わないが完全責任能力を有していたと主張していた。弁護人は「被告人の訴訟能力」についても争う姿勢を見せた。
被告人は判決まで質問のほとんどに対して無関係な発言を繰り返していたため、生い立ちや事件の経緯、動機についても法廷で語られることはなかった。
あらましが明かされた検察側冒頭陳述によれば、被告人は中学校を卒業後に普通科高校に進学したが、2年生の7月に自主退学し、通信制高校を2020年3月に卒業した。事件当時は無職で、実家に両親と姉の4人で暮らしていたという。
そして仕事に就いても短期間で退職してしまい「人生がうまくいかない」と思った被告人は、人生が面倒になり、自殺したいと考えるようになった。以前、風俗でサービスを受けたことがあり好意を抱いていたAさんを殺害し自殺しようという思いに至る。
こうして被告人は犯行前日、派遣型風俗店に電話をかけ、翌日15時にAさんを指名して予約した。当日は15時過ぎに店の事務所を訪れ、リクエストシートに希望のサービスを記入し、料金を支払った。その後、凶器となる包丁と、盗撮のためのiPodを携帯し、ホテルに入室。
店に電話をかけ、入室した旨を伝えてから、iPodを稼働させ準備した。15時29分、客室にやってきたAさんを部屋の中に招き入れる。10分も経たない15時36分、盗撮に気づいたAさんが店舗に電話をかけ報告。その直後、被告人は包丁を持ち、Aさんの腹部などを多数回刺した。
他方、電話を受けた店舗は、Bさんをホテル客室に向かわせた。部屋の前に到着したBさんがドアをノックしたところ、部屋のドアが開き、その隙間から被告人が顔を出してこう言った。
「プレイ中ですよ」
被告人が閉めようとしたドアの隙間に足を入れ、これを阻止したBさんだったが、被告人は突然ドアを開け、Aさんを刺したものと同じ包丁でBさんの腹部をいきなり刺した。後ずさりするBさんの首をさらに刺し、逃走したという。
弁護人は、被告人が当時Bさんに対して殺意を持っていなかったとも主張していたが、検察官は「犯行に使った凶器は高度な殺傷能力を有し、被告人はこれを理解していた。生命に関わる腹部や首を、そうだと認識して攻撃している」等、殺意を持って攻撃したと主張した。
弁護側の冒頭陳述では詳しい生い立ちが明かされた。被告人は小学生の頃から担任教師に「クラスメイトとトラブルを起こす。課題について行くことができない」と言われていたというが、両親はこれに気づかず、また関心を払わなかった。
高校生になるとトラブルが目立つようになり、思春期には複数人に対して夢精の話をするようになる。理科の実験時には「微生物を殺したい」と、レンズを下げてプレパラートを割った。こうした行為が重なり周囲から孤立していったという。
そして高校2年の頃、万引き事件を起こし、担任教師に反省文を書くことを求められたが、被告人は「万引きしたらどうなるか知りたかった」と記す。弁護人はこれを「興味関心が偏っていたことを示すエピソードで、周囲にどう見られるか想像が及ばなかった。これも自閉スペクトラム症の影響」だと主張していた。
高校時代にはコンビニでバイトもしたが短期間で辞めている。ところが両親はそんな息子をサポートすることはしなかった。母親は宗教に熱心で活動が忙しく、家族と関わりを持つことがなかった。父親は被告人が「子どもっぽいだけ」だと言い「時間が経てばなんとかなる」と考えていたという。
2021年1月には、ナンバープレートの窃盗により、家庭裁判所で保護観察処分を受ける。監察官が両親に対し、被告人を精神科に受診させることを勧めたが、父親が消極的な姿勢を見せ、その機会は失われたままとなる。
翌月、金属加工会社に入社したが、人間関係のトラブルにより4月には辞めてしまった。被告人はこれを父親に隠していたが、ゴールデンウィークの頃に、知られてしまう。この時父親は「働かざるもの食うべからず」と、被告人を激しく叱責した。
弁護人によると、こういった出来事を経た被告人は「生きる価値がないと自分を必要以上に責めるようになった」という。そして「Aさんに一緒に死んで欲しいと考えるようになった」のだそうだ。被告人はその後もハローワークで仕事を探すが、実を結ぶことはなく、そして事件を起こしたのだ……という。
仕事が長続きせず、なかなか次の就職先も決まらないという事情から、なぜ無関係のAさん殺害やBさんへの殺人未遂に至ったのか。しかし11月17日の被告人質問で、被告人が経緯や思いを語ることはなかった。質問に無言を貫いたかと思えば、突然「私はオーディン」「心神喪失」などと発言する。
「心神喪失状態、黙秘します、私はオーディン……」
こんな調子で不規則発言は続いていたが、時折、質問に答えることもあった。
検察官「あなた2021年11月、少年だったので家庭裁判所で審判を受けましたね、覚えてる?」
被告人「んー、あー、あった」
検察官「その時あなたはAさんのお父さんやBさんの陳述を聞いて『本当に申し訳なかった』と、そういう話をしませんでしたか?」
被告人「サイヤ人だから」
検察官「『16歳で風俗しなければ、Aのことを好きになることもなかった』と言ってない?」
検察官は質問で「過去の被告人の行動や発言」を確認する形をとってゆき、被告人はこうした質問にかぶせるように、大きな声で不規則発言を繰り返すことがたびたびあった。不規則発言はあるが、問いの意味は理解している様子である。
精神鑑定を行った医師との面談でかつて被告人は「Aさんと付き合いたかった」などと語っていたのだそうで、事件前にAさんとは客として出会ったことがあり、またそのAさんに特別な感情を持っていたことを、被告も過去には認めていたようだった。
懲役25年を求刑した検察官は「人生がうまくいかないから好意を持っていたAを殺して自殺しよう」という思いから犯行に至ったと論告で主張。無罪を主張した弁護人は「被告人に必要なものは治療です。その先に反省がある。ようやくそこから償いが始まるのではないでしょうか」と訴えたが、判決で新井裁判長は検察官の主張の通り、被告人が犯行当時に完全責任能力を有していたと認定した。
「事前に包丁を用意し、事件のあと警察官に発見された時も逃れようとするなど。犯行当時の言動から責任能力があったと認められる。執ように攻撃を加え多数の傷を負わせており非常に残忍で悪質。結果も重大」(判決より)
筆者は判決を傍聴できなかったのだが、複数の傍聴人によれば、この日も被告人は不規則発言を続けていたという。法廷でのこうした振る舞いは裁判所に「拘禁症状」であると結論づけられ、言い渡しが終わると被告人は「告訴、控訴します」と発言していたとのことだった。
質問に答えず不規則発言を繰り返していた被告人は、判決の内容を理解し、それに不満を感じることはできるようである。