2024年01月02日 08:50 弁護士ドットコム
大麻由来の「医薬品」の使用を可能にするが、大麻の使用自体は「犯罪」とする内容を盛り込んだ改正大麻取締法が2023年12月6日、参院本会議で賛成多数で成立した。改正法は1年以内の施行を予定しているが、刑法学者で、甲南大学名誉教授の園田寿氏は「海外の流れと逆行する重罰化には疑問がある」と話す。どんな点に問題があるのか、園田氏に詳しく解説してもらった。
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このほど成立した改正法(大麻取締法及び麻薬及び向精神薬取締法の一部を改正する法律)の目的は、(1)大麻由来の医薬品開発にゴーサインを出すこと、(2)大麻乱用を抑止するための厳罰化を進めること――である。
(1)医療用大麻の解禁
大麻草から製造された医薬品の施用(使用)等に関する禁止および、その罰則規定が大麻取締法から削除される。これにともない、大麻取締法の正式名称は「大麻草の栽培の規制に関する法律」に生まれ変わる。
大麻に含まれる化学物質CBD(カンナビジオール)には精神作用、依存や耐性はみられず、医療への応用の可能性が広く認められている。このような観点から、いわゆる医療用大麻へのゴーサインが出されたことは望ましいことであり、まったく異論はない。
(2)大麻の「使用」を犯罪化
大麻草およびそれに含まれる精神活性物質であるTHC(テトラヒドロカンナビノール)は、麻薬及び向精神薬取締法(麻向法)における「麻薬」に分類される。THCは精神活性作用をもち、乱用の危険性があるとされる。これにともない、従来、大麻取締法に処罰規定がなかった「使用」を麻向法における「麻薬施用罪」(7年以下の懲役)として処罰する。
従来の大麻取締法は、大麻について、いわゆる「部位規制」を実施し、主に大麻草の花穂(かすい)や葉の部分が規制対象とされていた。
【従来の大麻取締法1条】 この法律で「大麻」とは、大麻草(カンナビス・サティバ・エル※)及びその製品をいう。ただし、大麻草の成熟した茎及びその製品(樹脂を除く。)並びに大麻草の種子及びその製品を除く。※大麻草の学名、「エル」は植物学者リンネの略
今回の改正で、部位から直接THCを規制する成分規制へと仕組みが変更された。
大麻が麻向法における「麻薬」に分類されたことによって、以下の変更があった。全体として大麻事犯について重罰化されていることがうかがえる。
大麻取締法は、1948年に戦後の日本を占領統治していたGHQ(アメリカ)の強い意向によって制定された。その後、1961年に、現在に至るまでの国際的な薬物取締体制を作り上げてきた「麻薬に関する単一条約(単一条約)」が成立し、1964年に日本が加盟したことにより、国内での取り締まりがさらに強化された。
しかし、法律の制定当時は、多幸感や開放感などを生じさせる大麻の精神活性作用の実体はよく分かっていなかったのである(THCがイスラエルの化学者によって分離されたのが1964年、アメリカの化学者が合成に成功したのが2006年とされる)。
日本の大麻取締法を支えてきたのは(ⅰ)大麻には薬効がない、(ⅱ)大麻は乱用の危険性が高い、(ⅲ)刑罰(懲罰)が治療のきっかけを与える――という3つの主張であり、今回の改正では(ⅰ)について知見が改められた。
しかし、懲罰による断薬が乱用を抑え、依存症治療のきっかけになるという考えは、使用(施用)罪が新たに創設されたことによって、いっそう強化されている。以下では、今回の改正についての全体的な問題点について検討する。
問題点①「大麻」とは何か?再考されず
大麻草(日本では「麻」の呼び名が一般的)は、カンナビス属に分類される一年草である。原産は中央アジアだが、世界中に運ばれて栽培され、少なくとも5000年以上前から繊維素材や食用として人類に利用されてきた。
植物学者の間では、カンナビス属の種の数について生育環境を同じにするとすべて同一になるとする「一属一種説」と、それを否定する「一属多種説」の論争があった。
現在では、カンナビス・サティバ(C. sativa)、カンナビス・インディカ(C. indica)、そしてカンナビス・ルーデラリス(C. ruderalis)の3種があるとする主張が多数説のようである。それぞれ生育環境はもとより、外観や化学的特性・成分の割合、用途が異なる。
改正法は大麻草の定義には触れず、従来と同じように「カンナビス・サティバ・リンネ」とし、一属一種説を支持したままだが、再考の余地があったのではないかと思われる。
問題点②「依存性」と「有害性」の根拠とは?
アメリカ国立薬物乱用研究所(NIDA)によれば、依存症に結びつくのはコカインが15%、アルコールは約20%、タバコは約30%だが、大麻は約9%とされる。禁断症状も他の薬物より重くないといわれている。さらに世界保健機関(WHO)によれば、大麻使用自体は急性死亡とは関係がないとされる。
しかし、THCには鎮痛や筋弛緩、抗うつ、制吐などの他に陶酔作用もあり、多幸感と開放感を生じさせる。過度の摂取や特定の薬物による快楽は、法や社会が許容する喜びの範疇を超えるものがあり、これが規制の理由となっている。
大麻に有害性はあるのか。日本の司法の世界では、大麻の有害性について、最高裁が1985年に「立法事実」あるいは「自明の事実」と断定して以来、議論が封じられている。
日本は大麻の生涯経験率が低いため、刑罰による威嚇が一次抑止に役立ち、逮捕や処罰が治療につながるといわれている。改正法案をめぐる国会審議でも「刑罰は治療のきっかけ」との発言があったが、一度でも手を出せば薬物乱用のサイクルから抜け出せないかのような説明は、酒好きがすべてアルコール依存症にならないように、明らかに不適切である。
上述したように、大麻の依存率は他の薬物に比べて低く、すべての使用者に「治療」の必要性があるかは疑わしい。彼らを刑事司法に乗せる根拠について改めて問われるべきである。
私たちの社会は依存症という重大な課題を抱えているが、そのほとんどはアルコールやタバコ、市販薬などの合法的な薬物による。問題は禁止される薬物とそうでない薬物の違いは何か?である。
問題点③根拠とされるゲートウェイ仮説の真偽
ゲートウェイ仮説とは、大麻が覚醒剤など他の薬物乱用の入り口になることを意味し、規制の根拠として用いられる。大麻が公衆衛生や社会の安全を脅かす懸念は根強く、このようなメッセージが懲罰的対応を正当化し、特に少量所持する若年層の逮捕を後押ししている。
日本では大麻使用を深刻な薬物乱用と結びつけて議論する人が少なくないが、海外ではこの問題に関する科学はほぼ決着をつけている。
たしかに、大麻がよりハードな薬物への「踏み台」だと示唆する研究はある。
ある動物実験では、大麻使用が他の違法薬物を薬理学的に受容するような脳の下地を作り、その結果、より強い薬物を使用する可能性が高くなることを示唆している。しかし、カフェインやタバコ、アルコールが「大麻の入り口」だという人はいない。
海外では、ゲートウェイ仮説を支持しない研究のほうが圧倒的に多い。大麻を事実上非犯罪化したオランダでは、アメリカよりも使用や他の違法薬物に流れる者は少ないという。これはソフトドラッグとハードドラッグの市場を切り離したためといわれている。
もし大麻がゲートウェイ・ドラッグならば、世界はとっくの昔にヘロインやコカインなどのハードドラッグで溢れていることだろう。ゲートウェイ仮説は、もはや実証的には支持しがたい「フィクションに近い理論」といえるかもしれない。
大麻は、科学的根拠もないまま、政治的理由から単一条約の「麻薬」に分類された。背景には、国内に深刻なマリファナ(大麻)問題を抱えていたアメリカの強い影響があったといわれている。
今回の改正法案における「麻薬」への分類には、健康被害が思われている以上に大きく、取り締まりを強化すべきとの強いメッセージを感じる。
問題点④規制強化が害をもたらす
ー薬物が与える以上の害が使用者や家族にー
仮に大麻が身体に悪いとしても、刑罰を正当化することはできない。罰は、みんながやりたくなる「悪いこと」(快楽の果てにある苦しみ)を抑止するにはよい方法かもしれない。しかし、これが正しい方策ならば、過食や偏食、喫煙、不摂生な飲酒、運動不足、市販薬の過剰摂取など、多くの行為を罰することができるだろう。
薬物使用は、基本的に自分にしか害を及ぼさない。依存症になるのはごく一部なのに、多数の使用者が法の網にかかっている。罰が防ごうとする害以上の、別の深刻な害を使用者や家族に与えた結果、多くの人が苦しんでいる。
国連総会は1990年に「薬物乱用に関する第1回特別総会」、1998年に「世界の薬物問題に関する第2回特別総会」を開催し、薬物に対する刑罰的禁止の強化が確認され、各国が2008年までに「薬物のない世界」を実現することを約束した。
しかし現在、約束はまったく実現できておらず、むしろ「危険」であることが自覚されている。その理由は、多くの国民が法に違反していると処罰されることで、個人と国家の信頼関係が根本から損なわれる可能性があるためだ。
薬物が使用者個人に加える以上の害を国家が与えるべきではない。大麻使用者は刑事司法に乗せられることにより、一生涯消えない烙印(デジタル・タトゥー)を押され、社会から疎外され、学習や仕事などの面においても多くの不利益を被っている。
より強力な薬物が誕生
日本では大麻が「まん延」しているといわれるが、国家がいっそうの熱意をもって厳罰主義を実行に移せば、反抗の連鎖を刺激することになる。すると、より強力な薬物が生み出され、より多くの害が国民に生じることになる。
最近の危険ドラッグ(合成カンナビノイド)に対する規制問題も同様で、包括指定の範囲を拡張すればするほど、規制の網をすり抜けたより強力で危険な新種が出現し、流通するおそれがある。大麻についてもTHC濃度の高い新種が開発されている。
つまり、こういうことである。薬物の精神的な薬理作用は、その化学物質が人の中枢神経にある特定のタンパク質(受容体)に結合して化学変化を起こすことで生じ、その人の行動や認知能力を変化させる。この結合能力は物質の化学構造によって異なるため、化学構造(すなわち三次元的な「形」)に着目して薬物を評価することは理にかなっている。これが包括指定の基本的な考え方だ。しかし、地下の化学者たちは規制物質の化学構造を容易に操作して指定の網をくぐり、その時点では合法な新しい物質を作り出し、法律を先取りする。そして、ときには化学構造のわずかな変化が、薬理活性の大きな変化につながり、より強力で危険な薬物が生み出されることがある。
つまり、薬物問題を抑制するための厳罰主義に基づく禁止政策が、事態を悪化させる可能性があることを認識しなければならない。消費者の健康と安全を守り、効能、品質、アクセスを厳格に管理するサプライチェーンを国家が構築すべきではないだろうか。
進歩的な国は、よりオープンで幅広い議論を活性化し、公衆衛生や人権、ハームリダクション(薬物による害の緩やかな削減)に根ざした効果的な対応を模索している。日本の厳罰主義は大いに疑問である。
大麻が問題になるのは、大麻を欲する人がいて、国家がそれを望んでいないからだ。それは"大麻を許せば人は依存症になり堕落する"、"依存症は社会秩序を乱し、国家を崩壊させる"ためである。だから"大麻を刑罰で強力に規制しなければならない"という。
ここで私たちを当惑させるのは、禁止政策、禁止法の矛盾した性質である。
アルコールやタバコも依存性のある精神作用物質(薬物)だが、合法だ。しかし、私たちはアルコールがいかに公序良俗に反する行動や他害などの原因になっているかを実感している。タバコを1日1箱吸う人の4分の1は、人生の15年以上を失っている。
合法であっても、違法とされる物質以上に危険な場合がある。この規制の違いはどのように説明できるのか。地球上で何百年に渡って厳しい薬物規制が実施されてきたのに、使用・禁止される薬物のリストが増え続けてきたのはなぜなのだろうか。
【取材協力弁護士】
園田 寿(そのだ・ひさし)弁護士
元甲南大学法科大学院教授(刑事法)、現甲南大学名誉教授。大阪府青少年健全育成審議会副会長などを歴任、大阪弁護士会情報問題委員会委員、兵庫県などの公文書公開・個人情報保護審議会委員を務める。著作に『情報社会と刑法』(成文堂、2011年)、『エロスと「わいせつ」のあいだ』(共著:朝日新書、2016年)など。
事務所名:木村永田法律事務所