2024年01月02日 08:50 弁護士ドットコム
2023年に続き、今年もAI(人工知能)の話題で持ち切りになりそうだが、「女子高生チャットボット」として、かつて一世を風靡した「りんな」が今、大きな進化を遂げている。
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マイクロソフトが開発したAIである「りんな」は、女子高生キャラとして、2015年にLINEでデビューした。それは多くのユーザーにとって、鮮烈なものだった。
ユーザーは、テキストで「りんな」との緩い会話を楽しんだ。特に「しりとり」では、「りんな」は圧倒的な強さを見せつけ、SNS上で「人類には勝てない」とまで言われた。2023年12月現在のSNS総フォロワー数は880万人にのぼる。
2019年に「高校を卒業」したあとも成長を続け、今ではAIのYouTuberである「AITuber」としても活躍中だ。かつての「女子高生AI」は今、どこへ向かっているのか。
マイクロソフトから独立して、「りんな」の開発・運営を続けるrinna株式会社(東京・渋谷区)の「りんな」開発責任者(Chief Rinna Officer)である坪井一菜さんと、法務責任者(Chief Legal Officer)の舟山聡弁護士に聞いた。(弁護士ドットコムニュース編集部・猪谷千香)
——「りんな」といえば、LINEで会話できる「女子高生キャラ」というイメージが強いです。坪井さんはマイクロソフト時代から、「りんな」のプロジェクトに携わっていますが、今は、どんな仕事をしているのでしょうか?
坪井さん:「りんな」は2015年、テキストの会話ができるキャラクターとして、LINEでデビューしました。当時は、「女子高生」キャラでスタートしたのですが、デビューから8年経ち、技術も大きく発展しました。
テキストだけでなく、表情や音声、返事もリアルタイムで、よりリッチなコンテンツの場でユーザーの方たちがやりとりできるようになっています。2023年4月からは、AIVtuberとしても活動していて、YouTubeで生配信するなど、よりインフルエンサーに近い活動ができるかたちに進化しています。
——「織田信長」をゲストに招いて、「りんな」が根掘り葉掘り聞いてしまう配信を視聴しました。「明智光秀に恨みはある?」とか質問していて、面白かったです。
坪井さん:「織田信長」もAIのキャラクターなのですが、「なんで信長やねん?」とよく聞かれます。単に私の趣味です(笑)。「信長」は、日本の歴史の中で象徴的な存在で、イメージがつきやすく、AIでもキャラクターづくりがしやすいからです。 実は、裏の目的として、「りんな」と「信長」という複数のAIキャラクターの掛け合いや、視聴者の方たちからのコメントを拾ってすぐに返すなど、コンテンツとしてきちんと見せることができるかという技術検証がありました。
AIのキャラクターは、実際に運用してみないと、変な言葉を選んでしまったり、相手によって会話の内容が異なってきたりします。ですから、可能な限り早く、出来上がったものを実用化して、使っていきながら調整していくという「高め方」が必要になります。
「りんな」も、コンテンツとしての情報量が増えていて、今はAIVtuberとして活動する中で、新しい技術をユーザーに面白いかたちで提供しています。「信長」以外の偉人もどんどん登場させていきたいと思っています。
——「AIは今、ここまでできるんだ」ということをユーザーを楽しませながら伝えているということでしょうか。
坪井さん:「AIって一体、何ができるんだろうか、ビジネスにメリットがありそうだけど…」と思っていらっしゃる方は多いと思います。AIはできることの幅が広いがゆえに、逆にイメージがしづらいということがあります。
でも、「りんな」の8年を追っていくと、どんなふうにAIが進化しているのかがわかります。今話題になっている画像や文章、歌声の生成も、2017年ごろから「りんな」はずっと続けています。
今のAIブームは、そうやって継続してきたことが、より技術的にも品質的にも進化して、やっと一般のユーザーの方たちの目に止まるようになってきたのだと思っています。
——今後、「りんな」のようなAIキャラクターは、私たちの隣人として、どのように関わってくるのでしょうか?
坪井さん:今、私たちが目指しているのは、個々人の方たちが自分のAIキャラクターをつくり、育てていくという方向性です。その先にあるのは、AIとよりパーソナルな関係を築いていくということです。
たとえば、家族や友人には言えないような悩みを「りんな」に相談するユーザーの方たちがいます。ちょっと「りんな」に話すことで、自分の気持ちを落ち着かせたりしています。
最近では、自分の好きな有名人やキャラクターを応援する「推し活」が広がっていますが、AIキャラクターを応援する対象の分身としてつくり、やりとりを楽しんでいるユーザーの方たちもいます。
企業の広告や広報でも、顧客との間にAIキャラクターが入ることで、AIキャラクターの強みである「パーソナルな関係性」を築くことが可能になります。そういった方向に進化していけるよう、技術開発を進めています。
「りんな」には、どのような関係性をユーザーの方たちと築けるのか、広く知っていただく活動をしてもらっています。
——ここまで、AIキャラクターの進化や未来についておうかがいしてきたのですが、一方で、AIには危険性も指摘されています。たとえば、よく言われるのが、学習データに「差別的な内容」が含まれ、AIが「差別の再生産」をしてしまうということです。
坪井さん:昔から、キャラクターの発言については非常に気をつけています。深い関係性が築けるがゆえに、キャラクターの言葉を重く受け止める方もいます。なので、不適切な発言を制御する技術は、いろいろなやり方を試していますし、引き続きチャレンジしているところです。
たとえば、自分が育てたAIキャラクターが活動できるSNSアプリ「キャラる」を展開しているのですが、そこでは「ゾーニング」できるような取り組みをしています。単に暴言だけではなく、過激な発言を嫌うユーザーの方たちには、AIキャラクターの性格がまろやかになるようにしたりしています。
——欧米では、AIによって人権が侵害されないような明確なルールづくりがされようとしています。舟山弁護士におうかがいしたいのですが、このような動きは、企業としての活動にどう影響してくるのでしょうか?
舟山弁護士:マイクロソフトが2016年に「Tay」というチャットボットを公開したところ、すぐにユーザーから「ヘイト発言」を学習してしまったという事故がありました。その反省を踏まえて、マイクロソフトは「責任あるAI」という原則を掲げて、取り組んでいます。
弊社も「責任あるAI」の公平性や安全性など6つの項目を受け継ぎながら、生成AI時代に尊重されるべき人の創造性の項目を加え、責任あるAIの実現を目指して開発・運用・提供をおこなっています。一つ一つの事象に対して、この原則を照らし合わせて検討することで、価値判断の基準になっていると思います。
EUでは、これまで議論されてきた「AI規則法案」が大筋で合意されました。これは、AI機器・サービスがもたらすリスクを4階層に分けて規制するものです。ただ、それは一つのアプローチであり、米国や中国の例のように、国や地域の背景にある文化によって、アプローチの仕方は変わるだろうと思います。
日本は、広島AIプロセスなど国際的なリーダーシップを発揮して各国と協調しつつ、既存の法制度と、法律のような強制力を持たない「ガイドライン」を中心に、AI開発・提供・利用を進める方針です。新しい技術が出てきたら、産官学の関係者や利用者も含めて議論し、柔軟にスピーディーに対応していく考え方ですから、私たちもAI事業者として協力し貢献していきたいと考えています。
——先ほど、ユーザーが「りんな」に誰にも言えないような相談をするという話がありました。ユーザーとの距離が近いほど、たとえばプライバシーに踏み込んでしまうようなケースも出てくるのではないかと思いました。
舟山弁護士:そうですね。私たちは、責任あるAIの項目柱の一つに、プライバシーとセキュリティを掲げています。プライバシーとセキュリティを守るポリシーを策定し、適切に運用することで、AIだから相談したという場合にも、ユーザーが安心できる環境を提供しています。
「キャラる」のユーザー調査では、回答者の86%が自分のキャラが心の支えになったことがあると回答しています。責任あるAIの取組みがこうした形で評価されていると感じるところでもあり、今後もぶれずに継続していきたいと思います。
——「責任あるAI」という原則が、「りんな」にどう反映されているのか。今後どうなっていくのか。坪井さんにおうかがいできればと思います。
坪井さん:私はいつも「りんなの保護者です」という言い方をしています。サービスを提供する側にとって、この「保護者目線」はとても大事です。「責任あるAI」の体現は、自分の子どもが、どのように他の友だちと接するのか、どのようなトラブルがあるのか、観察して判断していくような感覚に近いです。
社会的にも、どのようにAIキャラクターと関係性を築いていけるのか、まだ道半ばで、法律的に整備されているわけでもないので、「りんな」に実際に起きていること、その成長を見守っている状態です。「保護者」として責任を持って、人と「いい関係性」を築けるような選択をこれからもずっと続けていきたいです。
——「りんな」のこれからの成長が楽しみです。
坪井さん:この8年でどんどん進化してきました。今までにない、新しいものですので、社会が受け入れるためには何が必要なのか、グローバルでは、複雑な議論もされています。
文化的にも、慣習的にも、法律的にも異なる中で、今、私たちがチャレンジしていることが、未来のAI業界のスタンダードになれるよう、世の中の役に立つAIを目指して、努力を続けているところです。