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夢を追う「バンドマン」はどこに行き着くのか 社会学者が考えた「標準的ライフコース」から外れた人生の意味

2024年01月01日 08:11  弁護士ドットコム

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今も昔も、大人たちは若者に「夢を持つのはいいこと」だと語り続けてきた。確かに、夢のある人生は刺激的で、充実し、輝いているように見えるが、現実はどうなのだろう。実際、成人すると「いつまでも好き勝手して生きてはいけない」「大人になって落ち着け」という暗黙の了解、社会的なプレッシャーもあるようにも感じられる。


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数十人のバンドマンに取材し、その実態をまとめた書籍『夢と生きる バンドマンの社会学』(岩波書店)の著者で、秋田大学助教の野村駿さんは、「夢中になれるものがある人はうらやましい」と語る。(ジャーナリスト・肥沼和之)



●「誰が夢を追うのか?」



――最初に、どのようなきっかけでバンドマンの調査を始めたのか教えてください。



私は大学・大学院ともに教育分野で学んできました。ただし教育といっても学校教育ではなく、若者の働き方に関心があり、「教育社会学」の観点からフリーターやホームレスの研究をしていたんです。



それが行き詰ったときに、たまたま夢を追いながらバンド活動をする友人がいて、研究テーマを変えようと。若者の研究はある程度読んでいたんですが、「夢追い」に関するまとまった研究はなかったからです。私自身がバンドをしていた、音楽やライブが好き、というわけではまったくないんですね。



――バンドマンを目指す人はどのような属性の人が多いのでしょう?



この点は本書で十分に検討できていません。というのも、いくつかの先行研究で「誰が夢を持てるか、追えるか」という点はすでに検討されているんですね。そのため、私はその先、つまり夢を追える人たちが実際にどのような経験をしているのかに焦点をあてました。



先行研究の知見を参照すると、豊かな階層出身者で夢が持てる(追える)と言われていますね。そのうえで、本書の中で注目すべき事柄をあげると、まず家族に(元)バンドマンがいたり、日常的に音楽を聴いたりするなどの家庭環境があります。「家には家族が使っていたギターがあった」とか「CDがたくさんあった」などのエピソードは数えきれないくらい聞きました。



また、親が自営業という人も多かったです。このあたりは、企業に雇われて働くこととの距離にも関係していそうだな、と。ただ現時点では確定的なことは言えず、今後の研究の課題ですね。



●高度経済成長期を境に、バンドマン志望が増加

――時代によってなりたい職業は変化するかと思いますが、バンドマンはいつから登場したのですか。



戦後すぐに生まれた団塊の世代(1947~1949年生まれ)から、高校進学率が一気に上がります。その世代の人々の就職先は、学校から斡旋されることが多く、男性は工場で、女性は事務員として働くのがある種のスタンダードでした。



バンドマンを目指す人が増えたターニングポイントは、高度経済成長期(1955~1973年)の少し後くらいです。消費文化や情報文化が広まっていく新しい社会状況の中で子ども~若者時代を過ごした世代の「将来なりたい職業」をみると、ミュージシャン、俳優、スポーツ選手などが挙げられるようになっていました。



次にガラリと変わるのは、バブル期(1986~1991年)に子ども~若者時代を過ごした人たち。バブルが崩壊して将来が不透明になったため、公務員や教師など安定した職業を将来の夢とする傾向が確認できるようになったとまとめました。



●変わらない「標準的ライフコース」の優位性

――バンドマンを目指す人には、フリーターをしながら音楽活動をする人が多いですが、その理由は?



バンドが集団で活動しているから、という理由が大きいです。バンドには3~5人のメンバーがいて、誰も欠けてはいけない状態で動いています。精力的に活動していくうえで、メンバー全員の予定を合わせやすいフリーターが適合的だったのではと思います。



正社員だとそれが難しそうで、ひとりでも残業が発生したら、その時点で練習やライブができません。仮にライブができても、次の日も朝早くから仕事があると打ち上げに出づらい。集団で時間を合わせるというところで、正社員のバンドマンの多くは苦労していました。



――就職せずにフリーターをしていることで、本人が引け目を感じたり、周囲から批判的な目で見られたりすることはあるのでしょうか。



あると思います。世のなかの働き方が変わった、という言説はよく耳にするようになりましたが、「本当に変わっているのか?」とバンドマンたちの話を聞くたびに思っていました。



安定した仕事につき、結婚して家族をつくるという生き方を、学術的には「標準的ライフコース」と呼びます。確かに、正社員以外にも起業などいろいろな働き方が可能な社会ではある。



けれど「標準的ライフコース」のような、望ましいとされる生き方が強固に存在していて、そこから外れることに対するネガティブな視線が渦巻いており、それを強く意識しないといけないのが今の若者たちの状況なのではないかなと。



実際にバンドマンたちも、「標準的ライフコース」を「まっとうな生き方」と呼んでいました。自分たちはそうではないと自覚的なんですよね



●なぜ長年、バンドマンを続けられるのか?

――逆風もあることが多い中、長きにわたって活動しているバンドマンたちは、なぜ続けられているのだと思いますか。



本書で論じたことの一つに、夢を変えるから、というのがあります。



具体的には、最初は「音楽で売れたい」と言っていたのが、時間が経つと「音楽を続けたい」や「好きな音楽をしたい」になる。「売れたい」とあまり言わなくなっていくような変化です。



その背景には、周囲のバンド仲間が関係しています。つまり、すごく格好良いのに売れていかない、事務所に入っているのにバイトをしているなど、バンドマンたちは経験を重ねるうちにさまざまなバンドの姿を見ていきます。



さらに、バンド活動をやめる人も出てきて、仲間もどんどんいなくなっていく。そんな中で、売れることのハードルの高さをひしひしと感じざるをえない。だからこそ、「売れたい」という当初の思いは心のどこかに潜ませつつも、「続けたい」などに夢の形を変えて、その結果として活動を続けていく構造があるのではないでしょうか。



――さまざまなケースがあるかと思いますが、バンド活動をやめるのは主にどんな理由が?



よく聞いたのは結婚ですね。結婚をするためにはフリーターという働き方、さらに言えばバンドをしていてはダメだと。それで就職をするというのが、多くのバンドマンから語られたストーリーです。



はじめに結婚がくるところが特に重要だと考えています。就職するのでバンドをやめる、という人ももちろんいますが、あれほど嫌がっていた正社員に彼らを引き戻すきっかけがあるとすれば、そのほとんどが結婚だったんですね。



これは話を伺ったバンドマンのほとんどが男性(35名中32名)だった点とも深く関わっていて、「自分が稼いで家族を養わないといけない」と思っている場合が多いからこそ、この結果になったのかなと考えています。



●研究者としての実感 「夢中になれるものがある人はうらやましい」

――バンドマンの厳しい現実を伺いましたが、一方で彼らへの取材を通じて、夢を追うことの素晴らしさをどう感じましたか。



めちゃくちゃたくさんあります。率直に言えば、「夢中になれるものがある人はうらやましい」と、調査・研究をしている間ずっと感じていました。私がどう生きてきたのかを振り返ると、基本的には勉強勉強の毎日でした。もちろんそこに楽しいことや大事な経験もありましたが、かたやバンド活動にここまで夢中になれる生き方もあるんだなと話を伺って実感したとき、本当にうらやましいと思いました。



私がこの調査をしていたときは大学院生だったのですが、バンドマンと境遇が似ている部分もあるんですよね。就職もせずに研究をして、将来どうなるかも分からない状況です。「実は似ている」という話で盛り上がったこともあります。彼らがバンド活動に夢中になっているように、僕も研究をしっかりやらないと、と触発された部分もありました。次々にCDを出しているのに自分は論文を・・・という状況になりますからね。



――バンドマンをはじめ、いわゆる標準的ライフコースではない人たちが生きやすい社会であるために、どんなことが必要だと思いますか。



これは意見が割れるところだと考えています。バンドマンのような生き方に対して、「いつまでも遊んでいるんじゃない」「しっかりした人生を歩まないとダメだ」という意見をお持ちの方もきっといらっしゃるでしょう。



ただ他方で、「正しいとされる生き方が本当に望ましいのか」「それ以外の可能性はないのか」と、少し立ち止まって考えてみて欲しいというのが、本書を執筆したきっかけでした。



どう生きるのかは、どの人も必ずたどる問題だと思います。だからこそ、特定の誰かだけではなく、私たち一人ひとりが自分事として捉え、考えていくことがまず大事なのかなと。『夢と生きる バンドマンの社会学』を、そのための題材のひとつにしていただけたら、そしてそこから議論が始まっていけば、と願っています。