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立花もも 新刊レビュー 懐かしい名作の新装版からドラマ化作品など今読みたい4作品

2023年12月30日 12:31  リアルサウンド

リアルサウンド

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 発売されたばかりの新刊小説の中から、ライターの立花ももがおすすめの作品を紹介する本企画。数多く出版された新刊の中から厳選し、今読むべき注目作品を集めました。(編集部)


はやみねかおる『少年名探偵虹北恭助の冒険 新装版』(星海社)

  子どもの頃に本を読むのが好きだったアラフォー以下の人で、はやみねかおるを通過しなかった人はいないんじゃないだろうか。青い鳥文庫で児童文学作家として活躍していた彼が、初めて講談社ノベルスで大人向けにも書いた小説が『少年名探偵虹北恭助の冒険』。23年ぶりの新装版刊行に歓喜した人も多いはず。


  虹北商店街にあるケーキ屋の娘で小学5年生の響子には幼なじみがいる。その名も、虹北恭助。学校に行くことを拒否して、古書店・虹北堂でいつも留守番をしている彼は、髪が長くて色白で、ぱっと見は女の子のよう。学校に行かないのは学ぶことがないからで、大人顔負けの知識とずば抜けた観察力でもって、物事の真理を見抜く魔術師(マジシャン)のようなまなざしをもつ少年。そんな彼が、響子とともに商店街で起きる事件を次々と解決していくシリーズの1作目だ。


  恭助がどんな謎も瞬時に華麗に解き明かすことができるのは、型にとらわれていないから。こうあるべき、こうあるはずだ、という思い込みをすべて取っ払い、物事の本質を見つめることのできる彼が、学校に通うのを苦痛に感じるのは当然である。ふだんはどちらかというと大雑把で遠慮なしに恭助を巻き込む恭子が、本当は恭助と一緒に学校に通いたい、両親を亡くして他人とほとんど関わることのない彼をひとりぼっちにしたくない、という願いを呑み込み、彼の意志を尊重しようとする描写にもグッとくる。謎解きを通じて、人を思いやる気持ちや、常識に縛られない自由な発想を教えてくれるのも、老若男女を虜にするはやみね作品の魅力である。


宮木あや子 『令和ブルガリアヨーグルト』(KADOKAWA)

  ものすごい小説を読んだ、と思った。


  まず、語り手が乳酸菌(ブルガリア菌)。彼なのか彼女なのかわからないその菌が、宿主となる(つまりヨーグルトを食べる)女性と出会うところから始まる。その女性・由寿(ゆず)は、ブルガリアヨーグルトが主力商品の会社・明和に就職し、営業部に配属されたのち、東京本社にある広報部へと異動。乳酸菌と由寿、双方の視点から彼女の成長を描くお仕事小説なのだが、その合間に、作中作が挿入される。中世から近代にかけてのバルカン半島を舞台に、少年に擬人化されたサーモフィルス菌とブルガリア菌のBL小説である。これは由寿がネット(Pixiv)で見つけた同人作品で、その作者が誰かということもやがて物語に絡んでくるのだが……要するに「乳酸菌の視点から菌の生態と歴史を学び、擬人化BL小説でその関係性に萌えつつ、20代OLの成長に胸を打たれる」という小説なのである。……要約するのが難しい! 正直言って、短く紹介するのは不可能なので、とにかく読んでほしい。おもしろいことだけは保証する。


  震災でも大きな役割も担った食品会社で働く人間の矜持、地方で生きる女性の葛藤、自分を大切にするとはどういうことか、さまざまなテーマが多重構造のなかに描かれていて、随所で胸を打たれることも請け合い。読めば「宮木あや子、天才か……?」と震えること間違いなし。1月からは『推しを召し上がれ 広報ガールのまろやかな日々』という題でドラマ化されるので(主演は鞘師里保、そして乳酸菌はなんと橋本さとし!)、あわせてぜひ。


丸山正樹『夫よ、死んでくれないか』双葉社

  一転、物騒なタイトルであるが、実は内心そう願ったことのある女性は、実は少なくないんじゃないか。それが叶わないなら、ある日急に失踪してしまうとか、突然頭を打って別人のように素敵な男性に様変わりするとか。そんな夢のような話が本作では二人の女性の身の上に起きる。


  大学時代から仲のいい、30代後半の女三人。一人は典型的なオレ様夫と離婚したバツイチ・璃子。二人目はモラハラ夫に苦しめられるも娘のために離婚ができない友里香で、もう一人はタイプが違うからと惹かれたはずの夫と没交渉で冷え切った日々を送る麻矢。この麻矢が本作の主人公で、ある日、酔った勢いで口論した翌日に夫がいきなり失踪してしまう。その直前に、友里香が口論の末に夫を突き飛ばし、意識不明になったところを三人で始末しようともくろむ、なんてエピソードがあるだけに、まさか知らないうちに殺してしまったか!?とハラハラさせられる。


  けっきょく友里香の夫は記憶喪失、善良になった彼と友里香は再構築をはかるのだが、その友里香が麻矢の夫失踪に関わっているかもしれない疑惑が浮上し、事態はどんどん混線していく。誰もが幸せになれると信じて結婚する。だが、「普通の幸せ」なんてものは幻想にすぎず、人がいかに身勝手で傲慢かをえぐりだす本作。我が身を顧みずにはいられない。


佐藤ゆき乃『ビボう六』(ミシマ社)

〈この世界には、大切なことが六つあって、全部集めたときに、世界がひとまず完成するそうです。〉〈ほら、夜は四角いというでしょう。誰かにそう聞きました。たしかに、空があって、大地があって、あとは東西南北。これでほら、六面体の箱型になり、夜はその中に満ちているんです。〉


 ランダムに抜き出すだけで詩として成立するような文章が並ぶ、京都文学賞の第3回受賞作。百年以上生きる怪獣エイザノンチュゴンス(通称ゴンス)と、彼が出会った記憶喪失の小日向さんという女性が、白いかえるを探して京都の夜をさ迷い歩く、幻想的な物語。比叡山の僧だったこともあれば、土蜘蛛として源頼光に成敗されたこともあるゴンスは、小日向さんに恋をする。


  けれど小日向さんは、自分が美しくないことを罪悪のように背負い、好きな人に必要としてもらえない苦しみを抱えていた。二人の散歩の合間に、小日向さんが失ってしまった記憶――恋人にぞんざいに扱われ、容姿を貶められて尊厳を失っていく過程も描かれる。ゴンスとの散歩は、そんな小日向さんの傷を癒す旅でもあるのだが、なぜ彼女が人ならざるものの跋扈する夜の京都に迷いこんでしまったのか、想像すると、文章が美しいだけに胸がぎゅっとなる。