Text by 山元翔一
Text by 小野寺系
手の形をした「呪物」を握り、自らに霊を憑依させる——「降霊会」に参加した若者たちが、そのスリルと快感によって狂わされていくさまを描いたオカルトスリラー『TALK TO ME/トーク・トゥ・ミー』。アリ・アスター監督の『ミッドサマー』(2019年)、『へレディタリー/継承』(2018年)を超えて、「A24」が送りだしたホラー作品としては全米で史上最高興収を記録した本作が12月22日に公開となった。
この超注目作で監督を務めたのが双子のYouTuber、ダニー&マイケル・フィリッポウ。ふたりが開設したYouTubeチャンネル「RackaRacka」には、『NARUTO-ナルト-』や『ストリートファイター』のパロディ動画などが公開されており、総再生数は15億回以上、682万人の登録者数を誇る。
YouTuberとしてすでにキャリアを確立させたふたりが、初監督作品『TALK TO ME/トーク・トゥ・ミー』で描こうとしたもの何だったのか。日本のホラー作品やアニメ、ゲームからも影響を受けたというふたりに話を聞いた。
ダニー&マイケル・フィリッポウ
1992年11月13日生まれ、オーストラリア出身の双子。2013年に開設したYouTubeチャンネル「RackaRacka」は総再生数15億回以上、682万人の登録者数を誇る(2023年12月現在)。ジェニファー・ケント監督の『ババドック~暗闇の魔物~』(2014年)に撮影クルーとして参加。『Talk To Me』の続編『Talk 2 Me』でもメガホンをとるほか、世界的人気ゲーム『ストリートファイター』の実写化でも監督を務めることが決定している。
―『TALK TO ME/トーク・トゥ・ミー』はもちろん、これまでYouTuberとして配信してきた動画の数々も、奇抜なアイデアに溢れていますよね。どういうときにそういう発想が生まれますか。
ダニー:特別な発想法があったりはしないんです。多くの人と同じように、自分たちの経験や聞いた話が基になっていたり、車に乗っていて、移り変わる風景を見たりしてるときに、アイデアは自然に浮かんでくるんです。
マイケル:僕たちは多くの映画を観て育ってきたので、映画から発想するというのはもちろんですけど、現実にあるいろいろなものをカメラのレンズを通すかのように見るクセがあると思います。
―映画と現実が近いところにある。
マイケル:そうですね、そういうクセが生きるうえでどれくらい邪魔になってきたかというと……。メディアコースの授業を取っていた学生時代、斜面にある住宅建設予定地の整地をするアルバイトをしていたんです。
ロードローラーで地面を平らにしていく単調な作業に飽きてきちゃって、頭のなかで自分の撮る映画を思い浮かべていたら「危ない! 崖から落ちるぞ!」と無線がきて。現実とは思えないまま崖下に落ちました(笑)。車両はもうめちゃめちゃに壊れちゃったんですが、自分の身体は大丈夫だったので、上司に「明日また乗れます!」って言ったら、「もう来ないでくれ」って(笑)。
―影響を受けた作品について教えてください。
マイケル:無数にありますが、僕らは日本のダークな作品が大好きなんです。『蜘蛛巣城』(1957年、黒澤明監督)とか、『鬼婆』(1964年、新藤兼人監督)とか。
ダニー:『リング』(1998年、中田秀夫監督)も好きですし、台湾のホラーだけど、『呪詛』(2022年、ケビン・コー監督)もよかった。
マイケル:アニメーションだと『ベルセルク』(原作は三浦建太郎)とか『妄想代理人』(2004年、原作・総監督ともに今敏)、漫画だと伊藤潤二のホラー作品がお気に入りです。
ダニー:『後遺症ラジオ』(中山昌亮)もクールだったよね。
マイケル:『Project Zero』(※)っていう日本のホラーゲームも大好きです。日本のホラー作品を楽しむ際、ときどきショーであることを超えて、フェイクだと感じさせない何かを感じるときがあるんです。
―というと?
ダニー:日本のホラーには、個人的な体験や感覚に根差した要素が強い感じがします。そういうタイプの日本のホラーを、アメリカのスタジオがリメイクしても、やっぱりどこか物足りないんですよね。僕たちはその「フェイクを超えた感覚」を、自作にとり入れたいんです。
左から:マイケル・フィリッポウ、ダニー・フィリッポウ
『TALK TO ME/トーク・トゥ・ミー』より、主人公のミア ©2022 Talk To Me Holdings Pty Ltd, Adelaide Film Festival, Screen Australia
―YouTube動画を含め、おふたりの作品を見ていると、恐怖を描いていてもユーモアがあったり、笑える内容でも急に恐い描写があったりするのが印象的です。
マイケル:ポン・ジュノ監督の『殺人の追憶』(2003年)は、連続殺人についてのシリアスな映画なのに、地元の刑事たちの描き方がすごくコミカルでおもしろいですよね。そういう異なるジャンルが混ざっている作品に惹かれるところがあって。
人生って、ひとつの感情だけで進んでいくわけじゃなく、いろいろなものが混ざってくるじゃないですか。だからひとつの作品でも、ひとつのジャンルにとどまるというのはリアルに感じないんですね。
―バイオレントな描写もお好きですよね。
ダニー:そういうシーンは撮影するのも楽しいし、観た人のリアクションもすごく楽しみなんですよ。
マイケル:日本の侍が出てくる作品で、首がポンって斬られて血がドバーって出たりするのが、僕たちすごく好きなんです。あれがやってみたくて、トマトジュースを薄めたものをホースからビューって撒いて血が飛び出るように見せる演出を、YouTubeでは試しました。
ダニー:今回の『TALK TO ME/トーク・トゥ・ミー』も暴力的でスプラッターな部分にフォーカスされるんですけど、僕たちはとしてはシンプルにインパクトがあるものがつくりたかったんです。
劇中では暴力的な場面って、じつはそんなにはないんですよ。十分にストーリーや登場人物の感情を積み上げるからこそ、少ないシーンだとしても、バイオレンスやスプラッター要素が心に残るんだと思います。だから今回は、暴力に至るまでの人間を描くことに注力しました。
―本作でも表現されているように、最近のSNSや動画サイトでは、過激なものに注目が集まりがちですよね。
ダニー:恐ろしいことに、そういうものがネットに氾濫しているので、僕たちも少し麻痺しているところがあると思うんですよね……。
ダニー:でも一方で、世界の残酷さや、ありのままの現実を見ることも大事なんじゃないかなと思います。たとえば、実際の戦争がどんなに被害をもたらすか、現地でこんなにひどいことが起こっているってところに目を向けるようになれば、視点が変わってくる。それなら戦争を止めようというふうに思わせる効果もあると思います。
―『TALK TO ME/トーク・トゥ・ミー』の主人公は強い孤独感を抱えています。日本でも孤独感から極端な行動に出る若者がいたり、家出して街に集まる子どもたちが増えてきていることが社会問題になっていて、そういう点で同時代的な共通点を感じました。
ダニー:そうなんですよね。いま若者のあいだでは、精神的に沈んだり疎外感をおぼえている人が目立ってきている実感があります。プレッシャーや人間関係のストレスにさらされているなかで、逃げるようにスマホを取り出して触ってるところがある。本作の劇中で、怪しげな手を握ってしまう、みたいにね。
そういう精神的な状態に対するアドバイスに、この映画はなっていると思うんです。もともと、こういった問題に対して意見表明をしようと思って映画を撮りはじめたわけではないんですが、結局そうなっていきました。
呪物の「手」を握るミア ©2022 Talk To Me Holdings Pty Ltd, Adelaide Film Festival, Screen Australia
マイケル:僕たちの家族にも鬱の問題があって、祖母は自分の命を自ら絶ってしまったし、母も躁病を抱えている。こういった性質を僕たちも受け継いでいるんじゃないかって不安を感じるときもあって……その恐怖みたいなものも、ストーリーに反映されていると思います。
―コミュニケーションに悩んでいる若者が増えてきている実感もありますか?
ダニー:そこは、どの世代の人も通ってきている悩みではありますよね。自分たちの子ども時代もそうだったし。いまはインターネットの発達などによって特に顕在化したことで、コミュニケーションの問題が議論の的になるケースが増えてきているんだとも考えられます。
70年代、80年代の作品にもそういうテーマがありますし、たとえば90年代の『新世紀エヴァンゲリオン』は明確に、人とのつながりの不安だとか、精神的な危機が描かれていましたよね。
―孤独を解消したい、人とつながりたいという気持ちにつけ込まれて、被害を受けてしまう場合もありますね。
ダニー:そうなんです。本作の主人公のミアは、自分の父親とは向き合わずに、ほかの家族に寄りかかろうとしている。そうやってミアが寄り付いている友達のジェイドからも、「あなたいつもウチにいるじゃない」みたいな感じで、たしなめられますよね。ミアはひたすらつながりを求めているんだけど、だんだん周囲の人たちは、彼女の前から去っていく。結局残るのは、「手」しかない。
呪物の「手」を介して、亡き母の霊と再会するミア ©2022 Talk To Me Holdings Pty Ltd, Adelaide Film Festival, Screen Australia
ダニー:闇から救ってくれる、引っ張り上げてくれる何かが欲しいと願っているけど、その気持ちが悪意のあるものに引っ張られていってしまうという問題を、本作は描いています。
マイケル:劇中でお父さんがミアの手を握ろうとすると、彼女はそれを拒絶しますよね。ミアは父親の手は拒絶するけれども、怪しげな手には、なぜか自分からつかみにいこうとする。自身とは隔たりのある、あり得ない場所に幸福を求める。それが「手を握る」という構図に象徴されているのだと思います。
―存在しない幸福を求めている……。
マイケル:ソーシャルメディアを見ていればわかります。たとえば、われわれがネットで見て憧れてしまうような有名人たちの生活は、非現実的なほどに水準が高いわけです。でも、ほとんどの場合は虚像で、セレブたちは自分たちのいい部分だけをわれわれに見せているに過ぎない。でも一部の若者たちはそれをそのまま真に受けてしまって、そういう生活が送れないと幸せになれないとか、同じものが欲しいと思って苦しむのだと思うんですね。
すごく成功しているように見えていても、実際には不幸を抱えている人ってたくさんいるし、セレブだって落ち込んでいるときが当然ありますよね。だから、動画に映っている一面的な姿に憧れて、理想がそこにあると思い込んでしまったり、完璧に幸せな状態があるって思い込んでしまうのはよくない。虚像なんだから、自分の生活とギャップがあるのは当たり前なんですよ。
―すごくよくわかる話です。
マイケル:大人もそうですけど、子どもが成長していく段階で、世間の価値観が気になってしまって、そちら側に引っ張られることって多いですよね。
ミア ©2022 Talk To Me Holdings Pty Ltd, Adelaide Film Festival, Screen Australia
マイケル:でもそういう外部の価値観に従うんじゃなくて、自分がハッピーになれるものを大事にしたほうがいいと思うんですよ。
好きなものを見たり、行きたいところに行ったり、ある意味で幼児のような精神に戻ることが大事なんだと。人の目を気にしていても、そもそもその人たちもハッピーじゃないかもしれない。自分だけの幸せを自分でつかみにいく、自分の人生を生きるのが大事だと思います。
ダニー:うん、そうだね。
―おふたりは長編映画のつくり手としてデビューするために動画制作をしてきたと公言されていますが、これからはYouTubeから映画に活躍のフィールドを移していく予定でしょうか。
ダニー:そうですね。僕たちの夢はあくまで映画をつくることなので、映画を選ぼうと思います。いま、そのチャンスの波がめぐってきているので、それに乗っていきたいと思っています。
マイケル:YouTuberとしての僕たちを応援してくれているオーディエンスのことも忘れてはいませんよ。YouTubeも更新は続けていきます。でも映画が中心になっていく姿勢は変わらないでしょうね。
―これまでYouTubeでは、ほかの配信者よりも高い撮影・編集技術で注目を集めてこられたと思いますが、今後はより大きな規模で製作される映画界での勝負となります。どう差別化して、どんなものを撮っていきたいですか。
ダニー:じつは、いまだに映画に対してはコンプレックスが残っていて、「ちゃんと撮れているのかな」って不安がまだあるんです。そういうなかで絶対の自信があるのは、自分たちが表現しているものが紛れもなく自分たちの世界で、「自分たちの声」だってことなんです。他人のものではないし、ここに現実に存在するものです。
以前、ハリウッドの大きなスタジオから、あるオファーを受けたときに、そういうものが表現できそうな企画じゃなかったので断ったことがあるんです。だから自分たちにとってリアルなもの、自分たちの個人的な声をこれからも大事にしたい。
マイケル:YouTubeの「RackaRacka」の紹介文に、僕たちはフィルムメイカーになりたい、「ワナビー」って書いているんですが、いまでもそういう気持ちで映像をつくっているんです。だから、これから夢をできる限り叶えていきたいですね。ホラージャンルも探り続けたいし、アクションも撮っていきたい。いろんなジャンルを行ったり来たりしながら、好きなものを表現する自由を追求していきたいです。
左から:ダニー・フィリッポウ、マイケル・フィリッポウ