2023年12月21日 10:31 弁護士ドットコム
司法制度改革当初の理念だったはずの「多様性」はどこに行ったのか。そんな疑問を抱えながら、法曹を目指す受験生たちがいる。進学先を立地や夜間制などの条件に基づき、複数の候補から選べる首都圏の学生とは異なり、地方では選択肢が地元に一つ、それも片道数時間かかる遠方ということも珍しくない。同じ受験生の間で広がる「機会の格差」に、葛藤を抱える地方在住のロー生や法曹志望者たちは多い。
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2023年現在、司法試験の受験資格を得るためにはロースクール(以下、「ロー」)を卒業するか、予備試験に合格する必要がある。しかし、現在ローの所在地は一部の大都市に集中し、経済的に恵まれない地方出身者にとって進学のハードルは高い。
また「ローに行けない人の救済措置」として始まったはずの予備試験についても、非大卒者や社会人といったローに通えない層の受け皿として機能しているとは言い難い現実がある。最終合格率はわずか4%程度。しかも令和4年度の最終合格者472人中320人は現役の大学生とロー生だ。うち7割超を、東大、京大、一橋、慶應、早稲田、中央といった都市部の有力大学・ローに在籍する学生が占める。
ローに入れなければ、法曹になるのは限りなく困難——。こうした現状の影響を特に受けているのが、経済的な事情から地方を離れられない受験生だ。葛藤を抱えながら法曹を目指す地方在住者たち。そのリアルな声を聞いた。(ライター・遠野詢)
ある地方都市に住むAさん(30代・女性)は高速バスと在来線を乗り継ぎ、県内の国立ロースクールに通う。通学時間は片道2時間半~3時間、1限がある日は朝5時起きだ。
長時間の通学と学校の授業で1日の大半が潰れ、自由な時間はほとんどない。それでも、Aさんは進学したことについて後悔はないという。
「ローに入って視野が広がった。現在の学習環境には満足している」(Aさん)
一方、現状には複雑な思いもある。
「同期のほとんどは大学進学時に地元を出て下宿をし、そのままローに進学したような人。経済的余裕がある人が大半で、苦学生は皆無だと思う。自宅から通っているのは、私も含めて3人のみ。いずれも過酷な長距離通学です」(Aさん)
ローの廃校が相次いだ影響もあり、九州南部、北関東などロー空白地帯となっている地域は多い。交通事情の悪さ、下宿費用の負担といった問題から、これらの地域出身の人間がローに通うまでには、首都圏・京阪神出身者以上にいくつものハードルを乗り越える必要がある。
「経済的な問題で下宿が難しく、進学を諦めた地方在住者もいるのでは。私も経済的な余裕がなく、下宿はできなかった。あと30分通学時間が長かったら、進学自体諦めていたと思う」(Aさん)
「合格率が低い予備試験よりもローの方が確実。本当はローに行きたいが……」
そう語るのは、とある県庁所在地で公務員として働くBさん(40代・男性)だ。Bさんは東京の大学を卒業後、Uターン就職で地元に戻ってきた。一時ローへの進学も検討したものの、結局は断念したという。
「妻子がいるため働きながら進学できるローを探していたが、地元には条件に合う学校がなかった」(Bさん)
しばらく予備試験に目標を定め、予備校のオンライン授業や教材を活用しながら受験勉強を続けるというBさん。「地方には我々のような人間の受け皿がない」と嘆く。
「法曹志望者の社会階層が固定化しつつある」
関西在住の予備校講師Cさん(40代・男性)は現状に危機感を抱く。仕事柄、ロー進学を考える全国の大学生から相談が寄せられるというが、「経済的な事情で進学を諦める人や、一度東京で就職してからローを目指そうとする人もいる」と話す。
「司法試験の合格率は上がったとはいえ、確実に合格できる保証はない。特に経済的に余裕のない地方の学生にとって、新卒カードを捨ててまで進学するのはリスクが大きい」(Cさん)
今春、自らもローを卒業したCさん。「同期や尊敬できる教授との出会いなど、進学してよかったと思うことは多い」と語るものの、教育業に携わる立場からはモヤモヤが募る。
「私が通っていたローには、いわゆる育ちのいい学生が集まっていた。アルバイトをしている人はほぼおらず、十分な仕送りをもらって下宿している学生が多い。学校側も、そういった学生を念頭に制度設計しているように見える」(Cさん)
授業のコマ数も多く、長時間の自学自習が求められるロー生活。SNS上では、「バイトをするだけの時間的余裕はない」との声も聞かれる。かといって、生活費を全て貸与型の奨学金で賄おうとすれば、卒業時に数百万円の借金を背負うことになる。
Cさん自身は働きながらの進学を強行したが、「過労死ライン」を超えるハードな学生生活を余儀なくされたという。
「地方にも優秀な人材はいるが、今の制度はそういった経済的に恵まれない地方出身者を拾い上げられるものにはなっていない」(Cさん)
来春ローに進学予定の公務員Dさん(40代・男性)は、「法曹の質向上につながるから」とロースクール制度自体には賛成の立場だ。
ただ、それでも現在の制度を手放しで肯定しているわけではなく、「一部の人間しか恩恵を受けられない偏った制度だ。法曹界全体をよくするものとは思えない」と指摘する。
働きながら通える夜間ローは廃止が相次ぎ、わずか4校。通信制のローに至ってはゼロだ。経済的なハンディがあり、なおかつ地方在住の人間にとって進学のハードルは高い。社会人の場合、雇用保険や休職制度を利用できるケースもあるが、それでも経済面やキャリアの面では不安が残る。
実際に休職制度を利用するDさんは「休職中は収入が途絶える。通学圏内にローがあったので何とか進学できたが、経済的には厳しい」と語る。
今回の取材で浮かび上がったのは、経済的、地理的な条件に恵まれた一部の人間しか安心してローに通えないという現実だ。ロースクール制度発足当初の理念として掲げられた、多様性の確保。しかし、現状はそれとは程遠い。
取材協力者たちからは、「結果的に、法曹志望者から多様性が失われている」「多様性の理念はどこに行ったのか?」という厳しい声が相次いだ。
「社会人や地方在住者が行けるローがほとんどない。東京に出られるだけの資力があり、かつ昼間の学校に行ける人でないと法曹になれないのではないか」(Aさん)
「多様性という意味では、受験資格に制限がない公認会計士の方がよほどバラエティに富んだ合格者を輩出している」(Bさん)
「現状では、多くの人に司法試験への門戸が開かれているとは言い難い。予備試験の受験生は毎年約1万5000人以上もいるのに」(Dさん)
現存する夜間ローのうち、東京にある2校では近年異例の高倍率が続く。昨年行われた入試の志願倍率は筑波大7.7倍、日大6.4倍。今年の入試の正式なデータはまだ公表されていないものの、SNS上では「体感としては約10倍」との声が上がる。
前述の予備校講師Cさんは、「夜間ローは法曹の多様性確保に重要な役割を果たしている。その限られた入学枠に大勢の受験生が殺到する今の状態は異常」と訴える。
「現在の制度を継続するのであれば、通信制の導入や夜間部を充実させるといった多様性確保の試みが不可欠。これらの取り組みに尽力するローに補助金を出すような仕組みを整えてほしい」(Cさん)
多様性を謳い、発足したロースクール制度。制度開始から20年経った今、その真価が問われている。