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『ONE PIECE』「心折られた……」バーソロミュー・くまだけじゃない“尊厳破壊”の歴史を振り返る

2023年12月18日 07:21  リアルサウンド

リアルサウンド

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    現在『週刊少年ジャンプ』(集英社)で連載されている『ONE PIECE』(ワンピース)では、元王下七武海の1人、バーソロミュー・くまの過去編が進行中。あまりに壮絶な過去を背負っていたことが明らかとなり、読者たちに衝撃が走っている。


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  しかし実は同作において、こうした描写は珍しいものではない。誇り高い精神を持った男性キャラクターの尊厳が幾度も打ち砕かれ、「尊厳破壊」などと呼ばれてきた。これまでにどんな悲劇が巻き起こってきたのか、その歴史を振り返ってみたい。


  比較的最近描かれた「ワノ国編」では、光月おでんの身に悲劇が描かれたことが記憶に新しい。おでんはかつて“海賊王”ゴール・D・ロジャーの船に乗って冒険していた人物で、故郷のワノ国に帰ってきた際、将軍・オロチが悪政によって民を苦しめていることに激高する。しかしオロチの地盤は周到に固められており、おでんは民の命を人質に取られた結果、城下町での“裸踊り”を命じられてしまう。


  海賊王のクルーだった男が5年間も滑稽な裸踊りを続け、民衆から見下されるような目を向けられる……。まさに尊厳破壊の極致のようなエピソードだった。


  また、「ワノ国編」ではキッド海賊団の戦闘員・キラーもなかなかの扱いを受けている。彼はオロチに人造悪魔の実「SMILE」を食べさせられ、その副作用によって生涯“笑顔”を強制される身体になってしまった。元々キラーは「ファーッファッファ」という変わった笑い方で、常時マスクをかぶるほどにコンプレックスを抱いていたため、この出来事には深い絶望を味わったことだろう。


  さらにその前の「ホールケーキアイランド編」では、麦わらの一味のメンバー・サンジが悲惨な目に遭っていた。ジェルマ王国の王族生まれであるサンジは、ビッグ・マムの娘、シャーロット・プリンとの政略結婚を突きつけられる。当然「オールブルー」という夢のためにも冒険を続けたいはずだが、ルフィたちや海上レストラン「バラティエ」の人々を守るため、この条件を受け入れざるを得ない。


  しかも婚約者として出会ったプリンは、一見やさしい人柄だったものの、実はすべて演技だったことが判明。結婚式の場で自分を殺すつもりだった……ということまで知ってしまい、サンジは大粒の涙を流す。


  そして「ドレスローザ編」においては、もはや1人や2人ではなく、ドレスローザ王国軍隊長・キュロスやハイエナのベラミーなどが精神的に追い詰められていた。こうして直近のエピソードを振り返ってみると、もはや最近の『ONE PIECE』では、1つの章で最低1回は尊厳破壊のノルマがあるように見えるほどだ。


実は東の海からすでに前兆があった?


  しかし『ONE PIECE』で尊厳破壊のような描写が出てくるのは、今に始まったことではない。物語の初期から、尾田栄一郎の特異な作風は徐々に滲みだしていた。


  たとえば、ルフィが最初に本格的な戦闘を行うことになったバギー戦。その舞台となる「オレンジの町」は、かつて海賊によって村を滅ぼされた人々が、心機一転立ち上げた町だった。しかし長年の努力で繁栄しかけてきたところで、バギー海賊団が襲来し、大砲・バギー玉によって無残に破壊されてしまうことに。


  さらにこの町では、亡くなった主人の形見であるペットフード屋を守ろうとする犬のシュシュが登場。住人がいなくなった町で、シュシュは勇敢にもバギー海賊団へと立ち向かうが、ペットフード屋は容赦なく火を付けられる。人間のみならず、犬までもが目の前で大切なものを奪われ、自身の無力さを突きつけられるという徹底した描写だ。


  また、序盤の名エピソードとして名高い「珍獣島のガイモン」も、尾田の作風が顕著に表れていた。元海賊のガイモンは、22年前に宝の噂を聞きつけ、珍獣島に上陸。崖の上に置いてある宝箱を取ろうとしたが、崖から落下し、空の宝箱に身体がハマって抜けなくなってしまった人物だ。


  そしてルフィとの出会いによって、22年間守り続けた崖の上の宝箱の中身がついに判明するのだが、実は最初から空っぽだったという現実が待ち受けていた。ガイモンのコミカルな見た目で中和されているが、物語だけ見ると、1人の男が人生を捧げたものが水の泡になるという壮絶な展開だった。


  理不尽で過酷な現実を描写すればするほど、それに立ち向かおうとする人間の意志の気高さが強く浮かび上がるもの。『ONE PIECE』の物語が読者の心を強く動かすのは、作者がこの黄金の方程式を巧みに使いこなしているからではないだろうか。


(文=キットゥン希美)