2023年12月10日 12:01 リアルサウンド
TBS系列、日曜劇場の『下剋上球児』がいよいよクライマックスを迎える。
鈴木亮平、黒木華らが演じる指導者に導かれ、普通かそれ以下だった選手たちが大きく成長し、甲子園につながる夏の選手権大会に臨み、挑戦を続ける。めざすは甲子園だ。
もちろん、このドラマはテレビ放送のためにつくられたフィクションだ。しかし、実は原案となる作品があり、それが菊地高弘著『下剋上球児』(カンゼン)。こちらはノンフィクションであるので、当然、実際にあった話だ。2007年から夏の県大会で10年連続初戦負けを喫していた三重県の白山高校が、2018年に甲子園出場を果たした事実を描いている。
驚く人もいるかもしれない。甲子園というのは、プロをめざすようなエリートが集い、戦っている場所のように思う人もいるだろう。でも、違う。たんなる高校の運動部の選手らが、昨日より今日、少しでも上手になれるように研鑽し、仲間との連係を整え、チームとして強くなって立つ場所だ。甲子園に出たって、ほとんどの選手はプロへ行くこともない。
だから、白山高校のように勝てなかったチームでも、そういう学校に入った生徒でも、甲子園をめざしていいし、出ることさえ可能な場所なのだ。それでも、信じられない人がいるかもしれない。ならば、中学生3年生が高校に進み、野球部に入って甲子園をめざす姿を、ちょっとシミュレーションしてみよう。あくまで一般論なので、ネタバレは極力しない。
1年生は高校生活そのものにさえ戸惑うもの。野球部じゃなくても、3年生を見れば素敵な大人に思えて、言動もしっかりして見える。比べて、自分はガキに感じるもの。その違いは何だろう?
まず、身体が違う。当然だ。3年生くらいになると身長の伸びが落ち着き、そこから、別の部分が個性的に発達する。野球部ならば、負荷の大きいトレーニングもできる。たとえ身長がなくても、筋肉がある。でも、筋力トレーニングは成長期に無理をすると故障の要因にもなる。自分の身体を理解しながら、トレーニングの理論や食事にも関心を持ち、監督やコーチの助言を聞こう。自分で本を読むのもいい。
健やかに伸びられる範囲で、トレーニングしていこう。「自分が足りていない」と理解できていれば、大丈夫だ。
練習に参加しても驚くだろう。上級生は上手だ。中学で少しくらい注目されていても、たいては心が折れる。馬力も違うのだから、プレーも違うのだ。どうせ、試合にも出られないだろう。でも、試合から目を逸らすな。監督やコーチの話を耳に入れ、頭を使おう。それで野球観が身につく。野球に限らず、上級生と言動の違いがある理由は、知っていることが少なすぎるからなんだ。ならば、知ればいい。
いずれ、冬になる。寒いし、すぐに日が暮れる。でも、試合がないからこそ、テーマを持って練習できる。白山高校の選手もここで食事やトレーニングで肉体改造したり、それぞれの練習メニューで技術を身につけたりした。選手が急成長するのは、たいてい冬。春を迎えるころに豹変する。ほかの分野でもこれは同じ。相手がいないときこそ、自分だけを磨く好機だ。
ちゃんと冬を越すと、体力的な不安が減っているはず。3年生と一緒に練習をこなすこともできるだろう。でも、技術的にはまだ3年生にかなわないことが多い。理由は経験の差にある。身体の力は近くても、やってきた量に違いがある。だけど、3年生みたいに最後の季節を過ごしているわけじゃない。のびのびとできる余裕が2年生にはある。その力で3年生を助けてみよう。「今年、甲子園に行ってやる!」というガムシャラさを出すのも、いろんな意味で緊張している3年生を助けることになる。
でも、甲子園で優勝しない限り、どこかで負けて夏が終わる。そして、自分たちの代になる。今まで、心理的に頼っていた3年生はもういない。だからこそ、試合数が必要だとされる。白山高校の東監督は猛烈な数の練習試合を組んだ。試合の中では練習のように思い通りの動きを反復することはできないけど、状況への対応が磨ける。足りていない経験値がグッと上がるのだ。冬のトレーニングの対極にあるのが試合であり、その両輪でチームは強くなる。
そして、2回目だけど、最後の冬が来る。テーマを持って技術と体力を養おう。本書『下剋上球児』にも、連続ティー、ロングティーといった練習メニューの表記が随所にある。
春が近くなる。もう、自分たちの夏がすぐ近くに来ている。1年生が入ってくる。自分もそうだったように、わからないことだらけだから、教えてあげればいい。だけど、おちょくったり、「生意気だ」などと評価したりしている暇なんかない。自分たちが、どんなチームなのか、どうやって勝つのか、そんなことを形にしていく。監督やコーチ、先輩たちにたくさんのことを教えてもらった。それを自分たちの身体に入れ、自分たちとして、どう表現するのか?
そこでまとまったチームは強い。そして、2018年の白山高校はそこに至っていたのだろう。東監督が「選手が監督を超える」と表現している。チームとして自律していたのだ。本書に関するインタビューで、千葉ロッテマリーンズで活躍した里崎智也氏は話している。
「白山高校が甲子園出場を果たした大会においては、実は下剋上じゃないように思っています。県内ベスト8くらいの実力はすでにあったように思います」
エリートが集まるから強いのではない。チームとして自律してまとまるから強い。それが野球だ。3年生が野球に向き合っていると、すぐに夏が来る。入学してから2年半、いろんなことがあった。でも、これが最後の夏。グラウンドに出ると、青すぎる空に入道雲だ。コントラストが強すぎて、まぶしいだろう。
でも、ここまで来たのだ。あとは重ねてきたものを吐き出せばいい。著者の菊地高弘氏は、こんなことも本書のインタビューで話している。
「シード校が次々に負けたし、白山の天敵だった津商業が海星に負けたこともある。ただ、白山が強くなっていたのも事実です」
同じように、自分たちも強くなってきたと思うはず。だったら、そこから先は野球の神様におまかせでいい。野球というスポーツは、勝ったり負けたり楽しめるようにつくられたもの。相対的に弱いから、必ず負けるわけでもない。
だから、「プレイボール(ボールで遊べ)!」でスタートする。負けてもいい。そこに至るまでの過程こそが大事。その過程は踏んだのだから、あとはプレーするだけだ。
どうだろう? 甲子園って、誰にでもありえる話に思えないだろうか。そんな物語が書籍版『下剋上球児』にはある。奇跡にはたくさんの努力と、野球の神様の計らいが少し絡む。もちろん、ここにあげたのは大まかなプロセスでしかない。実際はこんなシンプルな話ではすまないだろう。だから、現実にあった奇跡を感じたい人にこそ、この本を手にとってほしい。