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『ウォンカとチョコレート工場のはじまり』プロデューサーが語る秘話。ファンタジー映画の役割とは?

2023年12月08日 20:10  CINRA.NET

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Text by 生駒奨
Text by 稲垣貴俊

ティム・バートン監督&ジョニー・デップ主演『チャーリーとチョコレート工場』(2005年)から18年。日本でも絶大な人気を誇る工場長ウィリー・ウォンカの物語が、まったく新しいかたちで映画館のスクリーンに帰ってきた。

映画『ウォンカとチョコレート工場のはじまり』は、チョコレートショップの開店を目指す若きウォンカが、夢を叶えるまでの困難を乗り越えてゆく魔法のファンタジー。『DUNE/デューン 砂の惑星』のティモシー・シャラメを主演に迎え、『パディントン』シリーズのポール・キング監督が、児童文学の名作『チョコレート工場の秘密』から新たな物語を紡ぎ出した。

なんと、原作者ロアルド・ダールの権利団体が小説に基づくオリジナルストーリーの製作を認めたのは本作が初めて。コロナ禍以前から企画され、期せずして戦争と混乱の時代に公開されることになった本作は、いかにしてロアルド・ダールの世界観を現代に甦らせたのか。そして、どのようなメッセージを世界に届けてくれるのか。

キーパーソンは、プロデューサーのデイビッド・ヘイマン&アレクサンドラ・ダビーシャー。ヘイマンは『ハリー・ポッター』シリーズを、ダビーシャーは『ジュラシック・ワールド/新たなる支配者』(2022年)を手がけ、ともに『パディントン』シリーズでキング監督とタッグを組んだ。現代ファンタジー映画を代表するヒットメーカーだ。日本公開を控えて来日したふたりに、「いま、この時代にファンタジー映画をつくること」を聞いた。

―小説『チョコレート工場の秘密』は、ジーン・ワイルダー主演『夢のチョコレート工場』(1971年)と、ジョニー・デップ主演『チャーリーとチョコレート工場』と、過去に2度映画化されています。今回、新しいアプローチでふたたび映画化した経緯をお聞かせください。

ヘイマン:企画が動き出したのはずいぶん前のことでした。私はワーナー・ブラザースとたくさんの映画を手がけてきましたが、あるとき、同社の幹部と好きな本や映画の話をしていたんです。「私は幼いころからロアルド・ダールの大ファンだ、彼の小説は面白くて感動的で、子どもだけでなく大人も楽しめるのがいい」……そんなことを言っていたら、「リメイクではなく、新しいウィリー・ウォンカの物語をつくるのはどうですか?」と提案を受けました。

そこで本作では、ウィリーが過去の映画で描かれてきたようなシニカルなキャラクターになる以前、工場に閉じこもる前の物語を描きたいと考えました。監督のポール・キングにも、より純粋でナイーブ、夢と可能性に満ちたウィリーを描くアイデアがあったのです。

ポールは『パディントン』シリーズで、大人も子どもも楽しめる、エモーショナルかつイマジネーション豊かな映画をつくってくれました。彼なら、きっと面白くて感動できる、そして映像的にも楽しい作品にしてくれると確信したのです。

デイビッド・ヘイマン
1961年生まれ、英国ロンドン出身。映画『ハリー・ポッター』シリーズと『ファンタスティック・ビースト』シリーズ全作品のプロデューサーとして知られる。『ゼロ・グラビティ』(2013年)、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(2019年)、『マリッジ・ストーリー』(2019年)で3度アカデミー賞作品賞にノミネート。同じ年に2作品がノミネートされた史上唯一のプロデューサーである。その他のおもな映画プロデュース作に『アイ・アム・レジェント』(2007年)、『縞模様のパジャマの少年』(2008年)、『パディントン』シリーズ(2014年、2017年)がある。2023年全米興行収入No.1を獲得した『バービー』も手がけた。『ウォンカとチョコレート工場のはじまり』では『パディントン』のポール・キング監督とふたたびタッグを組む。

―ワイルダー版とデップ版からそれぞれ継承したかったことや、逆に新たに描きたかったことはありましたか?

ヘイマン:私はワイルダー版も、またデップ版もすばらしい作品だと思っています。それはポールも同じで、今回の映画には原作やワイルダー版への愛情が詰まっているのです。原作ファン向けのイースターエッグ(オマージュや隠れたメッセージ)が全編に散りばめられていますし、『チョコレート工場の秘密』が大好きなポールは、ウンパルンパを「あの姿」で登場させたいと考え、ウォンカの見た目にも強いこだわりを持っていました。しかし、彼はそれらを単純にコピーするのではなく、尊重し、研究し、参考にしているのです。

ダビーシャー:大切なのは、これが新しい物語であり、過去作のリメイクではないことです。脚本はポールとサイモン・ファーナビー(※)が執筆し、ポールらしいユーモアのある作品になりました。

アレクサンドラ・ダビーシャー
英国出身。『パディントン』シリーズでヘイマンとともに制作総指揮を務めたプロデューサー。映画業界における多様性と平等の実現に尽力しており、英国映画テレビ芸術アカデミーの映画委員会委員として業界内のルール・基準設定に貢献している。2022年には『ジュラシック・ワールド/新たなる支配者』を手がけた。

ダビーシャー:劇中の歌には過去の映画でおなじみの楽曲も含まれますが、それもポールのこだわり。まさしく、それらの楽曲が映画同士のつながりをつくってくれました。

幼少期からロアルド・ダールの大ファンだったというヘイマンだけでなく、ダビーシャーもまた幼いころからの原作ファンだ。なにしろ、「子どものころ、自分で選んだ最初の本が『チョコレート工場の秘密』だった」というのである。

本作について、ヘイマンは「非常にポール・キングらしく、同時に原作の精神にも忠実な作品になった」と自信をにじませる。ふたりのプロデューサーは、自分が昔から親しんできた物語を次世代に届けるべく、本作でどのような映画を目指したのか?

―いま、ロアルド・ダールの物語を新たに翻案するうえで、おふたりがもっとも大切にしたことを教えてください。

ダビーシャー:私たちがこの映画で伝えようとしたメッセージは、「つねに夢を追いかけること」、「諦めないこと」、「挑戦しつづけること」、「ポジティブであること」、そして「親切であること」でした。コミュニティをつくることや、友情の大切さも伝わってほしいですね。

ヘイマン:この映画は「家族」を祝福する作品でもあります。母親たちから受け継がれる家族と、自分でつくる家族、その両方を祝福しているんです。

物語で重要な役割を果たすウォンカの母。演じたのは『シェイプ・オブ・ウォーター』(2017年)や『パディントン2』(2017年)にも出演したサリー・ホーキンス

ダビーシャー:私は完成した映画を45回は見ていますが、とても切実なテーマだと感じ、いまも心を揺さぶられ、つい涙が出てしまう……経験上、そんな映画はほとんどありません。

ヘイマン:現代に対するメッセージをはらんだ映画だと思います。いまは、世界中の人々があらゆる争いのさなかにある困難な時代。そんななか、このような寛大な精神の映画が、またウィリーの夢と希望や可能性が、人々への贈り物になることを願っています。

―おっしゃるように、現代はシリアスな問題が世界中で噴出する、きわめて困難な時代です。そんな時代に、「ファンタジー」というジャンルにはどんな役目があると考えますか?

ヘイマン:映画には、ジャンルや作品ごとにそれぞれ異なる役目と狙いがあります。ファンタジーやSFの場合、たとえば『ブレードランナー』(1982年)のように現実社会を映す鏡となることが多いもの。しかし、こんな暗い時代だからこそ、夢を見るのはすばらしいことです。鮮やかな色彩や歌、温かさ、現実とは異なる世界に触れられることは大切だと考えています。

もちろん、この映画にも人々の貪欲さは描かれています。ウィリーの前に立ちはだかる悪役、「チョコレート組合」の3人は自分たちの競争相手を潰そうとするわけで――それはある意味で現在の社会を反映しているわけですが、それでも、この映画はひとつの現実逃避を提供するものだといえます。温かく、安全で、人々を受け入れる世界によって。

劇中でウォンカの前に立ちはだかる「チョコレート組合」。彼らは才能あふれる新参者であるウォンカを、あらゆる手を使って妨害する。中央はチョコ中毒の警察署長

ダビーシャー:映画の感想を聞くたび、みなさんに喜んでもらえていることを実感します。笑顔で劇場を出てきてもらえたり、映画を見ているみなさんが同時に笑ったりしていると、すごく温かい気持ちになるのです。たった2時間であれ、そういう体験を届けられるのは本当にすばらしいこと。まさに映画館のための映画だ、と強く感じています。

監督・脚本のポール・キングは、本作で『パディントン』シリーズからさらなるスケールアップを果たした。原作の世界観をカラフルな映像で甦らせながら、現代にふさわしい作品に仕上げたのは、まぎれもなくキング監督の手腕なのだ。ヘイマン&ダビーシャーは、その才能と実力を惜しみなく称える。

―おふたりは監督のポール・キングに全幅の信頼を置いていらっしゃるように感じます。実際のところキング監督の何がすごいのか、今作でどのような役割を果たしたか教えていただけますか?

ヘイマン:ポールはとにかくアイデアマンで、つねにアイデアがあふれてくるんです。これ以上アイデアを出す時間がない、というときまで。

ダビーシャー:たとえば、もう撮影を始めなければいけないとか(笑)。

ヘイマン:あと、編集を仕上げなければいけないとかね(笑)。映画の完成まで、ポールは決して立ち止まらないんです。それはプロデューサーにとって非常にやりがいのあること。新しいアイデアを実現するため、つねに走り回らなければいけません。

監督のポール・キング

ダビーシャー:彼は細部に至るまでこだわりを持っていて、小道具の一つひとつ、衣装の縫い目にまで目を光らせているんです。

ヘイマン:ポールは野心あふれる完璧主義者なんですよ。編集中、たった1フレームをVFXのために変更することもあります。気に入った素材ばかりで映画を構築していくなか、より良いものにするために微調整を加え、何かを追加し、順序を入れ替えていく……。

ダビーシャー:彼はいつでも編集室にいるんです。作業を繰り返すうち、ひとつのショットに500ものバージョンができたこともありました(笑)。

ヘイマン:今回のような大作映画には、じつに数千人以上の人々が関わります。しかし、ポールはそんななかでも自分らしさを保っている。私はポールの作品が持つ、クラシカルで温かな手づくり感が好きなのですが、大変だったのはヒュー・グラント演じるウンパルンパでした。100%デジタル処理ですが、モーションキャプチャーではなくアニメーションで描く、非常に高度で複雑な技術です。しかも、きちんと手づくり感がある。

キング監督がこだわりを持ってつくり上げたウンパルンパ(右)。ヒュー・グラントが演じた

ダビーシャー:もちろん、ポールは協力的で、私たちの考えも気にかけてくれるんですよ。

ヘイマン:ただし、同時にあらゆることを考えてもいる(笑)。仮に、私たちがそれぞれ違うことを言ったとしたら、ポールはその両方をじっくりと検討し、最終的には自分のアイデアに仕上げてくるんです。そのときにはもう、最初に私たちが出したアイデアとは違うものになっている。そういうフィルムメーカーとの仕事はいつだって面白いものですね。

『パディントン』シリーズや『ハリー・ポッター』シリーズで現代ファンタジーの礎を築いてきたヘイマンとダビーシャー。今回も、「現代にふさわしいファンタジー映画」として『ウォンカとチョコレート工場のはじまり』をつくりあげた。

そんなふたりは、脚本家や俳優たちによるストライキなどを経たいまの映画界をどう見ているのだろうか。

―おふたりはハリウッドでの映画製作に長年携わってこられました。社会や時代の変化につれて、映画製作のあり方や、ご自身の取り組み方も変化してきましたか?

ヘイマン:以前に比べると、いまは撮影現場であらゆる人に敬意が払われるようになったと感じます。昔はもっと権威主義的で、礼儀がない世界だった。いろいろな話を聞くなかで、じつのところ、私自身が現場に恵まれていたことを実感しています。

ダビーシャー:私もそう思います。ただし、もっとも強く感じるのは技術の進化ですね。以前はすべてをフィルムで撮影し、視覚効果は少なめにしていましたが、いまは監督が思い描いたことをほとんど実現できるようになりました。制約はコストと想像力の限界だけです。

ヘイマン:そのとおり。問題は予算と想像力だよね(笑)。

ダビーシャー:私たちがこの業界で働き始めた当時、フィルムを切って映画を編集する時代はすでに終わりかけていました。さらに時間が経ち、すべてがデジタル化されたいまでは、さまざまな可能性があるために、編集段階であらゆるバージョンがつくられるようになったのです。

しかもVFXをやり直せば、画面上になんでも描くことができる。だから、「これで完成」という判断を下すことも難しくなりました。もちろん、ポール・キングのような創造性に長けた監督にとっては、頭のなかをスクリーンに映し出せる時代になったわけです。そして彼の場合、イメージが必ず具体的なので問題はありません。

ヘイマン:ポールのような優れた監督は、あらゆる選択肢を確認している途中でさえ、つねに「あと一歩前進したい」と考えているものです。しかし、そう考えているだけで足踏みをしていては、実際には一歩ずつ後退してしまう。つまり、彼らはいつも二歩ずつ前進しつづけていて、だからこそ良い映画が完成するんですね。

選択肢が多いことは、必ずしもメリットばかりではありません。私はメニューの多いレストランで「OMAKASE(おまかせ)」を頼むのですが、それは選択肢が多すぎると、もはや誰かに決めてもらいたくなるから(笑)。

昔はジーンズを買うときも、3本のうちから1本を選んで満足していましたが、いまは250本から選べるために「もっと良いものがあるはずだ」と思ってしまう。無限の選択肢があるせいで、むしろ絶対に満足できなくなる……それは映画づくりだけでなく、社会全体にいえることだと思います。