2023年11月26日 09:31 弁護士ドットコム
男性の育児参加を促すために、休業前の賃金の67%を受け取ることができる「育児休業給付金」の給付率を一定の条件のもとで、「手取りで10割」に引き上げる案を厚労省が提示した。
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しかし、そもそも育休給付金を受けとることができるのは、雇用労働者であって、フリーランスや会社役員は対象外だ。
岸田文雄首相は「異次元の少子化対策」を掲げているが、2023年6月に閣議決定された「こども未来戦略方針」の中でも、フリーランスへの産休育休中の支援は社会保険料の免除のみとなっている。
なぜ、フリーランスには育休給付金の支給ができないのか。厚生労働省の担当者と、労働問題に詳しい菅俊治弁護士に聞いた。(ライター・ミアキス 梶塚美帆)
会社に雇われて働く会社員に支給される育児休業給付金は、雇用保険の財源から出ている。しかし現行の制度では、フリーランスや会社役員は雇用保険に加入することすらできない。
「こども未来戦略方針」でも、「雇用保険が適用されていない週所定労働時間20時間未満の労働者についても失業給付や育児休業給付等を受給できるよう、雇用保険の適用拡大に向けた検討を進める」とあるが、引き続きフリーランスや会社役員は雇用保険の適用拡大に含まれない。なぜ雇用保険に加入することは難しいのか。厚生労働省職業安定局雇用保険課の担当者は以下のように説明する。
ーーなぜフリーランスや会社役員は雇用保険に入れないのですか。
「フリーランスの労働環境を一般の労働者と比較すると、不明瞭な点が多いためです。仕事の発注者と明確な繋がりがあるわけではないですし、労働者性(労働者であるか否か)が明確に決め切れません。雇用保険料は事業主と労働者で負担しますが、フリーランスの場合は事業主が負担するのかといったところも、難しい問題です。
会社役員の場合も同じです。報酬は一般的な労働の対価として支払われている額なのか、何を持って離職とするかなどが整理されないと、雇用保険適用の検討は議論が進みません。労働関係法とも足並みを揃えていく必要があります。ただ、措置を何もしていないわけではありません。年金の保険料免除を行なっています」
現行の法制では、産前6週+産後8週は社会保険料が免除される。「こども未来戦略方針」では、「自営業やフリーランス等の育児期間中の経済的な給付に相当する支援措置として、国民年金の第1号被保険者について育児期間に係る保険料免除措置を創設することとする」とあり、育児休業中も免除期間とする検討が進められている。
しかし、社会保険料の免除だけでは、安心して出産と育児ができるようになるとは考えにくい。フリーランスが安心して出産と育児をするための制度設計や課題について、労働者側の事件を多く扱い、フリーランスの支援にも取り組んでいる菅俊治弁護士に聞いた。
ーーフリーランスが安心して出産育児をするために、どのような制度ができるとよいでしょうか。
「ひとつは、仕事の発注に関する規制やルールを作ることでしょう。たとえば、合理的な納期が設定されるようにすること。スケジュールがタイトだと、仕事と育児を両立できなくなります。そのあたりは十分に配慮されるべきです。急にタイトな納期を設定されて、それが守れなくても、代金を減額することや、次の仕事を発注しないことなどが許されないようにする。これは育児だけでなく、介護をしている方にも当てはまります。
そして、女性だけでなく、男性も育児をしなければいけません。男女問わず、納期は家庭生活とバランスが取れるように設定することがまずは大事です。2023年4月に可決されたフリーランス新法でも、フリーランスが配慮を申し出た場合に、不利益な扱いを受けないようにするという条文も入りました。
もうひとつは、雇用保険の被保険者の範囲を拡大することでしょう。フリーランスや会社役員などが雇用保険に入れることになり、育児休業給付金を受け取れる制度になれば、どのように給付の財源を賄うかという議論になってきます。おそらく、労働者の雇用保険とは違う分担の仕方になります。産業の保護育成の観点から、一定の業種についてフリーランス、発注側で負担を分担したり、国庫から拠出するなどの方法が考えられ、諸外国の例も参考にすべきでしょう。
労災保険では、フリーランスが保険料を全額負担する仕方で特別加入の枠が作られましたが、労災保険・雇用保険ともに分担の発想を持ち込まないと加入は広がらないと思います」
ーーフリーランスについては、「雇用類似」という言葉があるように、契約上は業務委託だったとしても、実態としては、雇用労働者との境界線が曖昧になっているケースがあります。この問題について、どう考えますか。
「そうですね。指揮監督下で働いている場合はフリーランスではなく労働者と扱われるべきなので、法律を変えるまでもなく出産育児に関する保障はもらえます。僕はむしろそこを明確にすべきだと思っています。
少し例を挙げると、フードデリバリー、運送業界の方、美容師、スポーツインストラクター、フィットネスクラブの方、ダンス講師、システムエンジニア、プログラマー、ライター、記者などです。業務委託や常駐フリーランスと呼ばれている方々もそうです。仕事内容や労働時間は柔軟かもしれませんが、私たち労働弁護士から見ると、多くは本来は労働者に当たります。
業務が単純だったり、働く時間が不規則だったり細切れだったりしても指定された時間帯では指揮命令に従う働き方をしている方は、フリーランスではなく、労働者として認められるように労働者の定義を今よりわかりやすくする方がふさわしいと思います。労働者であれば、現行法の支援があります。それに、労働基準法は柔軟な働き方も副業も否定していません。
先ほど、労災保険の特別加入枠が作られたとお話ししましたが、実際は加入者が多くありません。報酬が多い仕事をしている人なら加入するメリットがありますが、収入の少ない方が自腹を切って加入することは非現実的です。
僕は、『フリーランスの保護』に対して若干警戒しています。本来は労働者として保護するべきなのに、それを回避させているからです。フリーランスとして保護することになれば、もし労災保険の特別枠に加入していない場合、自己責任にされてしまいます。平均賃金に満たない方をフリーランスとしてしまうことに、僕は非常に抵抗感を持っています。
収入が高く、仕事を自由に選べて、どのような仕様で仕事を仕上げるかを自分で決められて、納期の交渉もできるような方が、本当の意味でのフリーランスだと考えています。彼らであれば、労働者とは違う保護の仕方になるでしょう。必要に応じて外部に委託をしたり、短期で人を雇ったりしているフリーランスの方もいらっしゃって、そういう方々は育児をしながら働けます。僕はこれが本来のフリーランスの働き方だと思います」
(おわりに)
雇用保険の適用対象となることも、労働者として保障を受けるにしても、まだ課題が山積みである。「異次元の少子化対策」の一環として、フリーランスが出産しても安心して働き続けるための制度が作られることに期待しつつ、実態に即した支援は何かということも考えていきたい。