2023年11月24日 11:01 弁護士ドットコム
人の往来が多い駅では必ず目にする「盗撮注意」のポスター。エスカレータや階段でシールや張り紙で注意喚起がされている。日常の生活でそんなに盗撮に注意しなければいけない国は世界にあるだろうか。旧ジャニーズ事務所で起きた性被害が問題になっているが、日本の性犯罪は今もなお、日常のいたるところに潜んでいるのだ。
【関連記事:セックスレスで風俗へ行った40代男性の後悔…妻からは離婚を宣告され「性欲に勝てなかった」と涙】
盗撮動画の販売サイトである盗撮サイトは、誰でも簡単に訪れることが出来る。そこでは犯罪の記録と思われる動画が無数に売られている。なぜここまで垂れ流しにされているのか。残念なことにいくらサイトが摘発されても、奴らは決して捕まらない。ネットにはびこる盗撮サイトの問題を掘り下げる。(ジャーナリスト・竹輪次郎)
盗撮サイトはインターネットで簡単に見つかる。本来なら犯罪を助長するような紹介の仕方は避けるべきだが、ダークウェブにあるわけではない。誰でも簡単に見つけられるので隠すことに意味がない。
盗撮サイトはおもにサブスク形式とフリマ形式、どちらかで映像を販売している。フリマ形式の盗撮サイトは一般のフリマサイトと同じで、出品者が盗撮した映像に自ら値段をつけてサイトにアップロードする。映像がダウンロードされるごとに、サイトの運営者に手数料が引かれて出品者に入金される仕組みだ。
具体的に見てみよう。
今年(2023年)2月、京都で逮捕・起訴されたカリスマ盗撮師"Mr.研修生"は、おもにアパレルショップの店員のスカートの中を撮影するとともに、女性の顔や接客する様子も含めて編集。5分から10分程度の動画を1本1000円ほどでフリマサイトGを通して販売していた。ちなみに女性の顔にモザイクなどの加工はほどこされていない。
これを何十種類も作成して販売して、およそ7年で総額1億5000円をフリマサイトGから報酬として得ていた。サイトの手数料は総売り上げの30%だ。つまり実際は2億1000万円分がダウンロードされて、サイト側はじつに6000万円の収益を得た計算になる。
サイトGのランキングを見る限り、Mr.研修生はサイトで一番売り上げているわけではなく、あくまでの出品者の一人に過ぎない。盗撮動画はごく一部の人に支持されているだけで、マニアックなものなので無視して良い、とは決して言えないものなのだ。
20年以上、盗撮防止に取り組んでいる「一般社団法人盗撮犯罪防止ネットワーク」の平松直哉氏に聞いた。平松氏は本業は探偵で、あまりに被害が広がっていることがわかったことから、時に警察とも連携して防止活動を行うようになった。
数多い盗撮事件の中でも、2016年福岡県警が動画サイトを摘発した事件が印象に残っているという。いわゆるサブスク型盗撮サイトで売買が行われた事件だ。
「そのサイトでは月額料金は5000円程度でサイト内の映像が見放題になるのですが、さらに5000円程度追加で支払うと特別な動画がみられるVIP向けサービスも展開していました。このVIP会員向けサービスではモデルやアイドルのトイレ内の動画を販売していたのです。
裁判では、わずか2年半で8億円以上を売り上げたと明らかになっています。こんなに業者が儲けていることに正直、驚きました。これは一業者の数字ですから、盗撮サイトの数を考えれば少なく見積もっても盗撮の市場規模は100億円。1000億円以上の可能性も十分あると見ています」
じつはこの事件の初公判の朝、驚くべきことが起きた。平松氏はこう語る。
「裁判が始まる数時間前に何気なくテレビをつけたんです。ある女性アイドルが芸能界の引退を発表していたのです。本当に驚きました」
というのも、この女性アイドルは事件の被害者と目されていたからだ。平松氏によれば、この事件で警察は、マスコミに対して事件の情報提供を条件に、初公判まで事件を報じないように"かん口令"を敷いていたという。
「このアイドルが実際に被害者だったのかは不明です。しかし芸能人は盗撮被害にあうことが多くて、盗撮の恐怖におびえながら生活しているかも知れません。そんな日常が嫌になったのかも知れません。盗撮への抗議かも知れない。真相は分かないのですが、とにかく盗撮犯に怒りが強まりました」
この事件だけでなくアイドルが盗撮被害にあうことは、実はとても多いのだが、彼女たちが被害者だと訴え出れば、違法に撮影された映像が"本物"だと認めることになる。すると皮肉なことに映像の価値は高まってしまうのだ。結果、販売業者が莫大な利益を得ることになってしまう。だから被害届を出さずに泣き寝入りする芸能人も多いのだ。
平松氏は事件現場に足を運び、事件が起きたトイレを特定。さらにその付近でアイドルが仕事で来ていたことも確認している。しかし被害を受けたアイドルやモデルが被害届を出したかどうかははっきりしていない。
一般の人が被害にあった場合も同じようなケースがあるかも知れない。盗撮犯罪がいかに悪質か分かるだろう。じつはこの映像は販売する前に配信停止になっており、実際のアイドルの映像は私が知る限り流出していないことも付け加えておく。
現代の盗撮の恐ろしさは、映像がデジタルで劣化することなくコピーされて一生流通し続けるという点だ。被害者は、自分のプライベートの映像を誰かが持っているかも知れないという恐怖をずっと持っていなければいけない。
福岡県警が逮捕した盗撮サイトは、盗撮の実行犯のほか、販売に関与していた関係者も軒並み逮捕されて、同じグループのものとみられるサイトは閉鎖に追い込まれた。盗撮の実行犯は懲役6か月の実刑判決を下されている。しかし、およそ3年で名前を変えてサイトは復活している。アイドルやタレントの盗撮動画はさすがに販売されていないものの、"本物"であろう盗撮動画は無数に販売されている。
摘発もされて映像も没収されたのになぜ再開出来るのか。仕組みは簡単だ。逮捕された関係者はいわゆる捨て駒で、オリジナルの映像は、業者の幹部が警察の手が及ばない場所に保存している。ほとぼりが冷めたところで、幹部は新しい捨て駒を再び集めて、商売を始める。
捕まった時のために名前を変えて複数サイトを作っておけば何かあっても、仕事が途切れずに続けられるだろう。これが盗撮サイトがはびこっている現状だ。言い尽くされた言葉で恐縮だが、「本当に悪い奴は捕まらない」のだ。
増える盗撮被害に対して、今年(2023年)7月から撮影罪(性的姿態等撮影罪)が施行された。これまで都道府県の迷惑防止条例で主に対処していた盗撮行為について、直接取り締まる法律が出来た。盗撮動画は提供したり、提供目的で保管したりしても処罰の対象になる。
しかし捜査はそう簡単ではない。サブスク型、フリマ型ともに盗撮サイトは海外にサーバーを置いてあり、サーバーも複数国を経由していることが多い。各国が日本の捜査に協力的であるとは限らないので、捜査も簡単に進まない。たとえタレコミ情報があって犯罪者の居場所が分かっても、国の主権の問題があって日本の刑事が出向いて現地で逮捕するのは容易ではない。
サイトで売られている盗撮動画は明らかに日本で撮影されている。しかもサイトの表記も日本語がメインで、どう見ても日本人が日本人のために販売しているサイトであることは明らかだ。なのに海外に拠点があることで摘発が難しくなっている。
筆者は、ある盗撮サイトの拠点を突き止めてハワイに行ったことがあるが、そこは私書箱サービスの会社だった。会社の実態はそこには無かった。さらに調べると、そのサイトのサーバーはドイツにあり、決済の拠点はケイマン諸島だった。そこから先、業者の正体には辿り着くことはできなかった。
「本当に悪い奴」は捜査の限界を知っている。奴らは今日も人のプライバシーで大儲けしている。