2023年11月23日 08:21 弁護士ドットコム
各地でマンションの老朽化が問題となる中、住民の高齢化も進み、さまざまなトラブルが発生して、管理組合が悲鳴をあげている。
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都内のある分譲マンションでは、老朽化のために漏水が頻繁に発生している。そのたびに住民に協力を求め、何が原因なのか調査をしなければならない。
だが、管理組合の理事をつとめる40代男性は「一人の高齢男性が部屋に立ち入らせてくれないことがあり、しばらく漏水が止まらず、本当に困りました」と打ち明ける。
これ以外にも、弁護士ドットコムには「認知症が疑われる高齢夫婦が住んでいるが、ベランダを汚物で汚してしまう。親族の連絡先を調べたい」「独居の高齢者が共用部分にゴミを捨ててしまい、困っている」といった相談が寄せられている。
高齢住民に対して、マンション管理組合はどこまでトラブル解決のための措置を取れるのだろうか。
冒頭で紹介したのは、都内の住宅地にある総数40戸ほどの小規模マンション。立地の良さから、5年前にマンションの一室を購入し、2年前から管理組合理事に就任したという男性は、こう説明する。
「このマンションは築50年近くで、老朽化はしているものの、管理組合は割と機能していて、トラブルが発生したときには比較的、素早く対応できていると思います。ただ、困っているのが、古くから住んでいる一部の高齢住民です。対応に苦慮しています」
理事の男性によると、認知症ではないかと疑ってしまうようなケースもあるという。たとえば、長年一人住まいだった高齢男性は、あるときからマンションのオートロックが開けなくなって玄関に立ち尽くしたり、誤って他の部屋を開けようとしたりすることが増えていった。
「このときは、たまたま男性のお子さんと連絡が取れたので、お子さんが男性を引き取っていきました」(理事の男性)
しかし、解決が難しいケースもあるという。昨年夏、このマンションで漏水が起きた。通常であれば、上のフロアの住民に協力してもらって、原因を調査して対処する。ところが、調査が必要な部屋の所有者は高齢男性で、もう部屋には住んでいなかった。
「その方に何度も電話して、マンションに来て部屋を開けてもらうようお願いしました。しかし、『誰にも会いたくない。絶対にマンションには行かない』の一点張りで、話し合いにもならない。ご自分がどこに住んでいるのかさえも、教えてくれませんでした。そのやりとりの間にも漏水は止まらないし、漏電から火事が起きる可能性も出てきてしまったんです」(理事の男性)
高齢男性は以前、このマンションに妻と住んでいたという。しかし、数年前に妻が亡くなってから、おかしな言動が目立つようになり、新型コロナウイルスの感染拡大をきっかけに、どこかへ引っ越していたという。
困った管理組合は管理会社を通じて、弁護士に相談した。
「弁護士さんが法的な根拠にもとづいて、部屋を開けるよう求める通知書を作成してくれました。それをご本人にメールで送信し、やっと許可をもらうことができました。ただ、ご本人は来ることがなく、鍵だけが送られてきたので、弁護士さんの立ち会いのもと、なんとか部屋に入ることができました」
部屋はいわゆる「汚部屋」だった。
「床は足の踏み場がないくらい、大量のゴミのような荷物で埋め尽くされ、異臭もありました。調査のため、ご本人に片付けをお願いするお電話をしましたが、やはり拒否されたので、その日は調査を中断しました。また別の日に、弁護士さんと確認しながら荷物を動かして作業しなければなりませんでした」(理事の男性)
結局、この部屋のクーラーの故障が漏水の原因であることがわかった。電気もつけっぱなしで放置されていたのだ。管理組合では、今後のことも考え、部屋を使っていない所有者に対して、電気やガス、水道は必ず元栓から止めるよう通知した。「今回のケースのように対応いただけない場合は、今後管理組合より損害賠償請求をおこないます」とも明記した。
理事の男性によると、弁護士が作成した通知書には、各住戸の所有者は建物への損害を引き起こすような行為をしてはいけないとする「区分所有法」(6条2項)が根拠として記されていた。
しかし、「法律はたしかにありますが…」と理事の男性は納得いかない様子だ。
「実際の手続きは本当に大変でした。部屋を開けてもらい、漏水の原因を突き止めるまでに数週間もかかってしまいました。一歩間違えば、マンションが火災になるところだったと怖くなりました。今後も同じようなことがあるかと思うと不安になります」
マンション住民の高齢化は、このマンションに限ったことではない。国交省の「マンション総合調査」(2018年)によると、世帯主の年代は「60歳代」が27.0%と最も多く、次いで「50歳代」が24.3%、「70歳代」が19.3%だった。また、「管理組合運営における将来への不安」に聞いたところ、「区分所有者の高齢化」が53.1%と最多だった。
住民の高齢化に対して、管理組合側はどこまで「強制介入」が可能なのか。もしも、今回のケースのように、本人が対応してくれない場合、管理組合としてはどのような手段があるのだろうか。先述した通知書の法的根拠について、白土文也弁護士は次のように説明する。
「区分所有法6条2項は、『区分所有者は、その専有部分又は共用部分を保存し、又は改良するため必要な範囲内において、他の区分所有者の専有部分又は自己の所有に属しない共用部分の使用を請求することができる』と規定しています。
つまり、各住戸の所有者は、マンションを保持したり改良したりする必要があれば、他の住戸の所有者の部屋に入れるよう求めることが可能です。
また、ほとんどの管理規約で採用されているマンション標準管理規約においても同様の定めがあります。
たとえば、漏水の工事をおこなう必要がある場合は、立ち入りを請求することが可能でしょう。ただし、立ち入りを請求できたとしても、相手方が拒否した場合、当然に立ち入ることが許されるわけではありません。
その場合は、訴訟を提起して判決を得て、立ち入る必要があります。なお、緊急性がある場合は、保全処分(仮処分)を申し立てることで、立ち入りを実現すべき場合もあるでしょう」
では、トラブルを未然に防ぐため、管理組合があらかじめ、高齢者所有者の親族や成年後見人の連絡先を取得することは可能なのか。
「管理組合は、個人情報保護法の取扱事業者に該当するため、個人情報保護法に違反しないように注意する必要があります。所有者の親族や成年後見人の連絡先を利用する目的は明確ですし、任意の届出という方法で取得するのであれば、取得に際しては特段の問題はないと考えらえます。
なお、取得した情報の管理には細心の注意が必要です。同意のない第三者提供や漏洩などの問題が生じないように個人情報の管理体制を構築する必要があります」
白土弁護士によると、超高齢化社会の日本ではさまざまなリスクがマンションに生じているという。
「マンション所有者が認知症になるリスク、相続人不存在や相続手続きがおこなわれずに所有者不明部屋となるリスクなどの問題が顕在化しています。
管理組合としては、これらの問題に適切に対処するために、所有者や居住者の情報、親族の情報などを絶えず更新して最新の状態にすることや、緊急の場合に立ち会ってくれる方をあらかじめ指定してもらうなどの工夫が求められるでしょう。
また、弁護士などの専門家に相談して、マンション管理規約がトラブルに対処できる内容になっているかアドバイスを受けることも大切でしょう」
【取材協力弁護士】
白土 文也(しらと・ぶんや)弁護士
第二東京弁護士会所属。2005年、司法試験合格。合格後、ベンチャー企業で2年間勤務。司法修習を経て都内法律事務所に勤務。中国上海市の法律事務所で1年間の勤務の後、2014年、白土文也法律事務所を開設。遺産相続、民事信託(家族信託)・後見、事業承継、廃業支援(会社の解散・清算)、不動産問題など超高齢社会向け業務と中小企業や税理士・司法書士など士業の顧問弁護士業務を中心に取り扱う。
事務所名:白土文也法律事務所
事務所URL:https://shirato-law.com/