2023年11月19日 09:01 弁護士ドットコム
スーパーの総菜売り場では、閉店が近づくと一部の商品に割引シールが貼られていく。このときを待っている客もいるが、それでも売れないことはある。
【関連記事:コンビニの日本人店員が「外国人の名札」を着けたら…客の態度に劇的変化】
あるスーパーのアルバイト店員の小野さん(仮名)は、売れ残った総菜に「3割引」シールを貼るように指示された。しかし、売れ行きは思わしくなく、後片付けが面倒だったため自己判断で「半額」シールを貼ったところ、売り切れたという。
客にとってはありがたい値引きだが、こうした店員の行為になんらかの法的問題はあるのだろうか。坂野真一弁護士に聞いた。
ーー勝手に半額シールを貼ったアルバイト店員の行為は法的に問題あるのでしょうか。
アルバイトも店との間での雇用契約を締結しているはずです。
今回、アルバイト店員の小野さんは、売れ残った総菜に「3割引」シールを貼るように上司に指示されたところ、与えられた業務権限を無視して勝手に半額(5割引)シールを貼り付けているため、雇用主の承認なく自己の業務権限を逸脱した行為をおこなったといえます。
また、このような小野さんの行為により、「ある時間帯から売れ残り総菜商品を常に半額にする店だ」との情報が顧客の皆様に広く伝わってしまった場合、定価で総菜を購入する顧客が減少する可能性もあり、店の販売戦略や売り上げに影響するおそれもあります。
以上から、小野さんの今回の行為は、職場規律違反(労働提供義務違反またはその付随的義務違反)に該当する行為だったと考えられます。
ーーなんらかの民事責任を問われる可能性があるということでしょうか。
従業員が雇用契約上の労働提供義務またはその付随義務に違反して雇用主に損害を与えた場合は、債務不履行(民法415条)、場合によっては不法行為(民法709条)により、雇用主に対して損害賠償責任を負うことになります。
事実関係の調査の結果、不正行為の態様や頻度、損害額、動機、反省の態度、普段の勤務状況なども考慮したうえで、就業規則に則り、小野さんは雇用主から懲戒処分を受ける場合もあります。
ーー売れ残った総菜は賞味期限や安全性の問題から後で廃棄される可能性もありますが…。
たしかに、その可能性もあるでしょう。しかし、小野さんが勝手に半額シールを貼った時点では、店側としては、総菜商品を廃棄すると決めていたわけではありません。
むしろ、3割引シールを貼るよう指示していたことから、店側は総菜商品にはその時点で定価の7割の価値があると考えているものと思われます。したがって、店側にとって当該総菜商品に「財産的価値がない」とはいえないと考えます。
ーー刑事責任を問われる可能性はありますか。
形式上、小野さんには背任罪(刑法247条)の成立が考えられます。背任罪は、以下の場合に成立します。
(1)他人のためにその事務を処理する者が(2)自己もしくは第三者の利益を図りまたは本人に損害を与える目的(図利加害目的:とりかがいもくてき)で(3)その任務に背く行為をし(4)本人に財産上の損害を与えた場合
アルバイト店員は(1)雇用契約により、店のために事務を処理する者といえます。また、(2)「後片付けが面倒」という理由で自分の利益のために店に損害を与えてもよいと考えているので図利加害目的も認められると考えられます。
(3)さらに「3割引シールを貼るよう」指示されたのに、その指示に背いて「半額」シールを貼っているので、任務に背いた行為をおこなったといえますし、(4)本来3割引で売るはずだった商品を半額で売却しているので一般的には店に財産上の損害を与えたといえるでしょう。
とはいえ、実際の店の損害額が大きくなさそうであること、民事責任を果たせば店の損害は回復可能であることなどから、実際に小野さんが罪に問われる可能性は相当低いと考えます。
【取材協力弁護士】
坂野 真一(さかの・しんいち)弁護士
ウィン綜合法律事務所 代表弁護士。京都大学法学部卒。関西学院大学、同大学院法学研究科非常勤講師。著書(共著)「判例法理・経営判断原則」「判例法理・取締役の監視義務」(いずれも中央経済社)、「弁護士13人が伝えたいこと~32例の失敗と成功」(日本加除出版)等。近時は相続案件、火災保険金未払事件にも注力。
事務所名:ウィン綜合法律事務所
事務所URL:https://www.win-law.jp/