2023年11月18日 09:30 弁護士ドットコム
神宮球場と秩父宮ラグビー場の位置を変えて建て替え、さらに超高層ビルの新築など、大規模な工事を予定している「神宮外苑再開発」。再開発に伴い約1000本の樹木伐採が計画されているが、否定的な声は後を絶たない。
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反対の理由としてあがっているのは「景観悪化」だけではない。緑地と温暖化は切っても切れない関係であり、再開発によって温暖化の加速を懸念する人が少なくない。
再開発による気温などの周辺地域への影響は、実際にはどうなるのだろうか。気候学を専門とする東京都立大学名誉教授の三上岳彦氏に聞いた。(ライター・望月悠木)
三上氏は、神宮外苑再開発について「反対」の意を示す。理由として「過去50年間における東京都心の平均気温は、世界平均の2倍のスピードで上昇している」ことを挙げる。
「地球温暖化は世界的に進行していて、世界の平均気温は過去50年で1℃上昇しましたが、東京都心は2℃上昇しています。その要因として、今回の神宮外苑再開発のような緑地を減らして高層ビルを増やしたことが挙げられます。
緑地があることによって木陰が生まれ、日射を遮断することが可能です。加えて、樹木など植物の葉の表面から水分が蒸発することにより、気化熱が減少して気温上昇を抑える“蒸散効果”が起きます。
他方、高層ビル建設をはじめとした土地開発に伴い、地表がコンクリートやアスファルトで覆われると、日中は太陽の熱を蓄熱し、夜中になると熱を放出して熱帯夜を増やします。さらに空調や自動車から排出される熱の影響で、より一層気温が上昇します。
いわゆる『ヒートアイランド現象』と呼ばれるもので、東京都はこの現象が顕著な地域なのです。再開発は猛暑日の多い東京都の気温をさらに上昇させ、熱中症リスクを高めかねません」
なお、「地球温暖化=ヒートアイランド現象」ではなく、「まったくの別物」と三上氏は注意を促す。
「地球温暖化は大気中の二酸化炭素が増えて温室効果が強まることが原因です。ヒートアイランド現象とはメカニズムが異なります。『地球温暖化は世界共通の問題だから』と“温暖化はやむなし”という論調の人もいますが、都心部の気温上昇は人為的な側面が強いことを知っておかなければいけません」
都の温暖化については、「土地開発によって進んだ例は少なくない」という。
夏の昼間は東京湾から海風が吹いてくるので、湾岸地域は温度の上昇を抑えられます。ただ、建設された高層ビル群が壁となって海風の侵入が妨げられたため、ビルの風下では急な気温上昇が起きやすいと言えます。
近年は、品川でも高層ビルの建設ラッシュが起き、海風の恩恵を受けられなくなった可能性があります。これらも都の温暖化を加速させた一因といえます」
三上氏は、「再開発の影響はその地域だけにとどまらない」と警鐘を鳴らす。
「気温上昇の影響は周辺地域にも広がります。神宮外苑周辺で生活する人以外にも、屋外で運動や作業をする人達に熱中症リスクが高まる可能性があり、当事者意識を持っていただきたいです」
都市部での再開発は日本だけの出来事ではないが、諸外国ではどのように既存の緑地と向き合っているのか。
「海外では『緑地を保全する』という考えが一般的で、日本とは異なり何でもかんでも再開発を進めようという流れは見直されています。
たとえば、米国ニューヨークも1970年代ごろまでは東京都と変わらないペースで気温上昇が続いていましたが、再開発ありきの意識を変え、新たな高層ビルの建設を控え、緑地を保全・拡大させて以降、温暖化のペースを緩やかにすることに成功しています」
緑地を守ることによって温暖化を抑えた事例として、「韓国ソウル市の清渓川」も挙げられるという。
「2000年前半まで高速道路が通っていたソウル市内のスペースがあったのですが、そこはもともとドブ川が流れている場所でした。
老朽化に伴って『修復するかどうか』ということが検討された際、当時のソウル市長が『もう一度川を呼び戻そう』と決断して、数年間の工事の末に緑豊かな清渓川を復活させました。
私も当時現地に行き、工事のビフォーアフターをサーモグラフィカメラで撮影したり、気温を測ったのですが、その周辺の表面温度と気温は大きく低下しました」
ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)の諮問機関「イコモス(国際記念物遺跡会議)」は再開発の見直しを訴えており、9月7日には計画撤回を求める緊急要請「ヘリテージ・アラート」を出した。
再開発の見直しを求めるオンラインでの署名活動では、約22万8000人(11月1日時点)の賛同を集めている。さらに、作家の村上春樹さんや音楽家の故坂本龍一さんが「反対」と表明し、サザンオールスターズの桑田佳祐さんが再開発への思いを込めた歌詞の新曲を発表するなど、懸念の声は多く上がっている。
9月にも始まる予定だった樹木伐採は、都が事業者側に対して樹木保全策の提出を求めたことで年明け以降に延期されたが、いまだ中止には至っていない。
三上氏は、再開発計画の進め方にも疑問を呈する。
「大規模な再開発を実施する際には、事業者が環境に与える影響を調査・予測・評価を行い、その結果を住民などから意見を聞きながら、慎重に事業計画を進める手続き『環境アセスメント』」が設けられています。
しかし、大枠をある程度決めた段階で、形式的に環境アセスメントを実施するケースが昔から珍しくありません。今回も同様です」
景観の観点だけでなく、気温上昇の観点からも「これ以上の再開発はすべきではない」という三上氏は、神宮外苑のケースをきっかけに「『再開発は本当に私たちのために、これからの世代のためになるのか?』ということを考え直す人が増えてほしいです」と呼びかけた。
【筆者プロフィール】望月悠木:主に政治経済、社会問題に関する記事の執筆を手がける。今、知るべき情報を多くの人に届けるため、日々活動を続けている。Twitter:@mochizukiyuuki