出張でビジネスホテルに泊まる晩は、なぜかわくわくするもの。例え、ホテルの部屋でコンビニ弁当を食べるだけだったとしても。しかし、建設業界で働く30代後半の男性は
「1年もそんな生活を続けると、本当に気分が滅入りますよ」
という。彼の経験した出張は実に過酷なものだった。(取材・文:広中務)
「気がつけば3ヶ月が過ぎていました」
男性の職業は、特殊な技能を持つエンジニア。そのため、普段から全国各地に出張することは多い。
「長くて半年は同じ現場になることがあります。なのでマンスリーマンションなどで自炊するのには、すっかり慣れました」
そんな男性が、とんでもない出張を経験したのは入社数年目、まだ20代の時のことだった。
「増員の要請があって、三重県にある現場に出かけることになりました。最初は、長くても1ヶ月と聞いていたんですが、ほかの工事の影響を受けてまったく作業が進まず、どんどん日数が伸びていったんです。気がつけば3ヶ月が過ぎていました」
特殊な業務のため、詳細は避けるがその現場は予想外の出来事の連続だったと男性はいう。
「公共工事だったのですが、発注された現場が山だと聞いていたら、実際には沼地だったくらいに思ってください。工期は伸ばせないので、増員をして対応することになりましたが、当然、予定通りには終わらず自分も帰ることができなくなりました」
さすがに会社に「この現場にはいつまでいればいいのか」と確認したが「もうちょっとだけ」と繰り返すばかり。最初は、担当しているエンジニアの補助だったはずが、自分も重い仕事を抱えることになった。
「その間、ずっとビジネスホテル暮らしです。ホテルといっても、山間部だったので個人経営の、いわばボロ宿です。部屋のある4階までは階段しかないし、お風呂のお湯はなかなか出ません。Wi-Fiは遅いし、朝食はマズいし。よいところがあるとすれば、経営者のおじさんが洗濯物を乾燥機に移動させてくれることくらいです」
「食べるくらいしか楽しみがない」
とりわけ困ったのは食事である。昼は現場で仕出し弁当だが、山の中で周囲に飲食店があまりないため、夜は外食かコンビニ弁当しかない。
「20代とはいえ、毎日外食とコンビニ弁当を繰り返したら、みるみる体重が増加していきました。なにしろ、食べるくらいしか楽しみがないんですから。コンビニ弁当と一緒にカップ麺を食べて、夜食でまた甘い物を食べたり。酒量が増えたらやばいなと思ったので、余計に食べる方に走ってしまいました。腹が減っていなくても、なにかを口にしたくなるんです。おかげで74キロくらいだった体重が半年で83キロくらいになってしまいました」
さすがに半年を迎えたころ、会社にアパートを借りてくれるようにかけあった(田舎すぎてマンスリーはなかった)。ところが、会社の答えはノーであった。
「いつまで出張なのかが決まっていないから、予算を出せないというんです。さすがに、呆れましたが“借りるのだって敷金礼金がいるんですよ”と言われると黙るしかなかったですね」
結局、男性は1年3ヶ月あまりを、ビジネスホテルで暮らすことになった。
「私物は服とノートパソコンくらいしか持てません。まったく落ち着くことができないので、かなり病みましたね」
ちなみに、会社がアパートを拒否した理由は、単に担当営業が探すのをめんどくさがったかららしいことは、後になって知ったという。そんな男性だが、現在もまた地方で長期の現場が控えているという。
「また、田舎なのですが、今度は会社がめちゃくちゃ広い一軒家を借りてきたそうで……同僚と男ばかり3人で共同生活になる予定です」
今では男性は、こんな生活が一生続くことの覚悟を決めているという。