2023年11月17日 10:11 弁護士ドットコム
2010年、神戸市内の路上で高校2年生の男子生徒が刺殺された事件で、殺人罪に問われた当時17歳の男性被告人(控訴中)に対し、神戸地裁が約9300万円の賠償を遺族に支払うよう命じる決定をした。毎日新聞によれば、決定は10月24日付。その後、元少年は異議申し立てをした。
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殺人罪に問われている元少年に対して、一審の神戸地裁は今年(2023年)6月、懲役18年の判決を言い渡していた。
今回の決定は、「損害賠償命令制度」によるもの。元検事の荒木樹弁護士によれば、この制度は「刑事事件を担当した裁判所が有罪の言渡しをした後、引き続き損害賠償請求についての審理も行い、加害者に損害の賠償を命じることができるという制度」だという。
制度の目的や課題などについて、荒木弁護士に聞いた。
——損害賠償命令制度とはどのような制度なのでしょうか
大正時代に制定されていた旧刑事訴訟法には、附帯私訴(ふたいしそ)という制度が定められていました。
附帯私訴とは、刑事事件で検察官が公訴を提起した場合に、当該犯罪の被害者が、刑事被告人に対する民事上の損害賠償を求める訴え(私人の訴えなので、検察官の公訴に対し「私訴」と呼びます)を、公判を審理する刑事裁判所に附帯して提起することができるという制度でした。
この制度は、戦後に制定された現行刑事訴訟法で廃止されました。廃止の理由については、旧刑事訴訟法下でもあまり利用されなかったことや、アメリカの刑事訴訟法に附帯私訴の制度がなかったことなどがあげられています。
そもそも現行の刑事訴訟法では、公訴を提起し、被告人の刑事責任を追及するのは検察官の独占権限であって、犯罪被害者が刑事裁判に参加することは、全く予定されていませんでした。
また、検察官の主張と被害者の主張が異なることも想定されることから、法曹関係者の多くも、刑事事件と民事事件が全く別の手続きであることに疑問を持っていなかったと思われます。
そのため、犯罪の被害者は長らく刑事裁判とは別に、民事訴訟を提起する必要がありました。しかしその後、時は流れて、犯罪被害者支援の関心が高まっていきます。
特に平成7年(1995年)に発生した地下鉄サリン事件では、多くの被害者自身が声を上げるようになり、平成11年(1999年)には政府内に「犯罪被害者対策関係省庁連絡会議」が設置されました。
平成16年(2004年)には、犯罪被害者等基本法が制定され、国の責務として犯罪被害の損害賠償の請求の実現を図るため、損害賠償請求と刑事手続を連携する制度の拡充が明記されました。
これを受けて、法制審議会等の検討の結果、「犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律」により、損害賠償命令制度が制定され、平成20年(2008年)から施行されました。
現行の損害賠償命令制度は、刑事事件を担当した裁判所が有罪の言渡しをした後、引き続き損害賠償請求についての審理も行い、加害者に損害の賠償を命じることができるという制度です。旧刑事訴訟法の附帯私訴と異なり、有罪の判決後に引き続き、刑事事件の記録を引き継いで審理を行うこととされ、検察官は立会いません。
損害賠償請求に関して、刑事手続の成果を利用することができますので、刑事事件とは別の手続で民事訴訟を提起することに比べ、犯罪被害者の方の立証のご負担が軽減されることになります。
——どのような犯罪が対象となるのでしょうか
対象犯罪は、殺人、傷害などの故意の犯罪行為により人を死傷させた罪、 不同意わいせつ、不同意性交等、 逮捕及び監禁の罪などです。
窃盗や詐欺、恐喝、交通事故等の過失犯は、損害賠償命令制度の対象外となります。
——結論が出るまでどのくらいかかりますか
審理回数は4回までとされており、その審理内で損害賠償命令を出すこととなります。
損害賠償命令は、民事訴訟の判決と同じ効力があります。
——今回の事件で被告人は控訴しています。もし仮に控訴審で事実認定が変わった場合、損害賠償命令自体に影響はないのでしょうか
損害賠償命令自体は、刑事手続とは別の手続きですので、刑事事件の控訴審で一審と異なる判決となっても影響はありません。
——決定に不服だった場合、被告側は異議申し立てができますか
裁判所の損害賠償命令に被告人が異議を申し立てた場合には、通常の民事訴訟に移行します。刑事事件で控訴をした被告人であれば、通常は、損害賠償命令にも異議を申し立てると考えられます。
刑事裁判と民事裁判が別の手続きで進められるため、極端な場合、結論が異なる可能性もあります。ただ一般に、同じ事件について、刑事裁判と民事裁判で、異なる結論となることは、さほど珍しいことではありません。
——加害者が支払いをしなかった場合、回収することは可能なのでしょうか
この制度は、あくまで私人間の民事上の損害賠償命令であって、国等が被害補償をする制度ではありません。相手方が服役中などで無資力の場合には、被害賠償金の回収は事実上、困難ということになります。
【取材協力弁護士】
荒木 樹(あらき・たつる)弁護士
釧路弁護士会所属。1999年検事任官、東京地検、札幌地検等の勤務を経て、2010年退官。出身地である北海道帯広市で荒木法律事務所を開設し、民事・刑事を問わず、地元の事件を中心に取り扱っている。
事務所名:荒木法律事務所
事務所URL:http://obihiro-law.jimdo.com