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『SPY×FAMILY』アーニャに恋するツンデレ同級生・ダミアンはなぜ魅力的? 悩める「じなん」を徹底解説

2023年11月14日 09:50  リアルサウンド

リアルサウンド

「S.H.フィギュアーツ SPY×FAMILY ダミアン・デズモンド」(BANDAI SPIRITS) (C)遠藤達哉/集英社・SPY×FAMILY製作委員会

 人気スパイアニメ&コミック『SPY×FAMILY』(遠藤達哉/集英社)のキャラと言えば、だれを思い浮かべるだろうか。


 テレパシーで人の心の声が聞こえるため、疑似家族である「ちち」や「はは」の隠し事を唯一知っている少女・アーニャは外せないだろう。愛らしさと破天荒な性格のギャップが魅力のアーニャは、アニメでアーニャを演じた声優・種﨑敦美の演技で、ますます人気が高まった。ほかにもアーニャの「ちち」で実はスパイのロイド、「はは」で殺し屋という隠れた顔を持つヨルというメインキャラ3人が並んだ姿は、作品を詳しく知らなくても思い浮かべることができる人が多いのではないだろうか。途中からは、ここに予知能力のある犬のボンドが加わる。


(参考:【写真】海外の『SPY×FAMILY』ファンも悶絶 アーニャの可愛すぎる自作フィギュアが出来上がるまで


 また、偽物の家族が心を通わせていく様子や、ひとりひとりが秘密を持ちながら共同生活を営んでいるストーリーも斬新だ。本作は基本的に3人の個性がおりなすコメディタッチの漫画だが、中にはバトルシーンやシリアスな要素を持つストーリーもあり、「いったい、この家族はどうなってしまうのだろう」とドキドキしている読者・視聴者も多いはずだ。


 しかし、本作の魅力はメインキャラとストーリーだけではない。脇役のファンになってしまった人たちもいるだろう。今回、ピックアップしたいのはアーニャの同級生であるダミアンだ。国の最大野党の総裁でありロイドの標的でもあるデズモンドの次男である。アーニャにそのまま「じなん」と呼ばれている彼の魅力を探りたい。


■ダミアンの抱えるプレッシャーは現実的な要素も


 ダミアンとアーニャが通うのは、イーデン校という名門校だ。アーニャは家族面接での出来事によって補欠合格するのだが、「ちち」ロイドにはもくろみがあった。自分の標的である政治家のデズモンドと近づくため、その息子・ダミアンとアーニャを仲良くさせて、スパイの任務をまっとうしようとしているのだ。ロイドの策略で、入学したばかりのダミアンとアーニャは同じクラスになる。


 ダミアンはまだ6歳だが、国にとって大きな存在である政治家の父デズモンドに心酔している。しかしデズモンドは忙しいせいかダミアンの入学式にも来ない。また、兄デミトリアスの存在もダミアンの中で大きい。デミトリアスはイーデン校で非常に優秀な生徒だけが付与される「インペリアルスカラー」を持つ生徒であり、ダミアンと同様にイーデン校で寮生活をしているが、弟に対して冷淡であることが察せられる場面もあり謎に包まれている。


 寮生活を送るダミアンには自分を慕う取り巻きもふたりいるのだが、家では孤独な存在なのだろう。なかなか会えない政治家の父と、ずば抜けて優秀な兄を持てば、ダミアンがプレッシャーや劣等感を抱くのは当然である。ダミアンも優秀なのだが兄のようにはなれず、早く追いついて「インペリアルスカラー」を得て、父に認めてもらいたいと思うのは当然の感情ではないだろうか。そのため勉強に励むダミアンだが、その追い詰められた姿は、まだ6歳であることも相まって彼の抱えるものの重さが感じ取れる。


 ただ現実でもダミアンのような人間は多いのではないだろうか。私は3人姉妹の長女なので、妹たちのほうが自分より偏差値の高い大学に通った時、何も感じなかったが、優秀なのが姉や兄であれば、年下の弟や妹が「自分も親に期待されたい」と感じるのは当然のことである。山岸凉子の短編漫画『木花佐久夜毘売』も聡明な姉に劣等感を抱く妹がヒロインであったが、ダミアンもまた同じような感覚で兄を見ているのだ。また現実でも、上の兄弟が功績を残すと下の兄弟にも同じような期待をして、それが叶わないとなると上の兄弟に意識を傾ける親は多い。ダミアンの劣等感は、再現性があるのだ。


■自分にはないものを持ったアーニャという存在


 そんなダミアンの追い詰められた気持ちを和ますのがアーニャである。アーニャ自身はまったくそんなつもりはなく、父のロイドが考えている「ダミアンとアーニャを仲良くさせて標的のデズモンドに近づく」という作戦を見抜いているためダミアンを追いかけるのだが、出会った日に自分をばかにしてくるダミアンを殴ってしまう。


 その後、父の作戦のためアーニャはダミアンと仲良くしようと励む。授業中にじっと振り返ったり、涙を流して「仲良くしたい」と直接ダミアンに言ったりするアーニャは、もとから可愛らしいルックスをしていることもあり、ダミアンは真っ赤になってドキドキしてしまう。これは恐らくダミアンの初恋だったようで、それからも事あるごとにアーニャを助ける描写がある。しかしプライドの高い彼は、自分のアーニャへの気持ちを隠す。そしてせっかく上がったアーニャのダミアンに対する評価を自ら下げることもあるのだ。6歳なので、恥ずかしさもあるのだろう。


 アーニャは人の心が読めるのに、ダミアンの恋愛感情には気づかない。アーニャ自身が、まだ恋をしたことがないからかもしれない。ダミアンはアーニャの顔や思わせぶりな言葉に翻弄されているのだが、アーニャの破天荒で奔放な性格は、ダミアンにはないものだ。偉大な父や優等生の兄に、追いつきたくて必死で努力をしているダミアンは、アーニャのキャラに無意識のうちに憧れているのかもしれない。幼いころ、気になる人がいてもその思いを素直に言語化できなかった子どもたちは多いだろう。ダミアンの場合、父と兄の存在がプレッシャーとなって、逆に子どもらしい繊細さが強調されている。


■ダミアンと取り巻きたちとの友情


 ダミアンは、同じクラスで寮でもいつもいっしょの取り巻きがふたりいる。エミールとユーインという少年だ。「ダミアンが国の有力者だから取り巻きになっているのかな」と思いきや、彼らはダミアンが深夜まで勉強をしていたせいで罰則を受けたときは、ダミアンが頼んでいないのに自ら教師・ヘンダーソン先生の前で罰を受けそうな行動をして、ダミアンに付き合う。「エレガント」が口癖のヘンダーソン先生は、ふたりがダミアンを想う気持ちからそうしているのを見抜いて感激し、3人にほかの教師と野外学習をするように命じる。


 通常、有力者や有力者の息子と仲良くしようとする取り巻きは、何か見返りを求めて付き従っているイメージがある。ところがエミールとユーインは違うのだ。出会った当初はどうだったのかわからないが、いっしょに時を過ごすうち、この3人の少年の関係性は対等になる。「インペリアルスカラー」をもらえるという噂のあるお菓子を、アーニャ、ベッキー(アーニャの親友)、ダミアン、エミール、ユーインのうちひとりしかもらえず、ゲームで対決した時も、泣いているアーニャを見てダミアンはわざと負けるのだが、エミールやユーインは譲ったりお菓子を分けたりしない。ダミアンも彼らからお菓子を奪わない。これは通常の取り巻きのイメージとはかけ離れている。いっしょに罰を受けようとすることもあれば、ゲームでは対等な立場で参加する。ダミアンにとってもエミールとユーインにとっても、間にあるのは主従関係ではない。まぎれもなくこの3人は友だちなのだ。


 アーニャへの恋心だけではなく、ダミアンとふたりの少年たちとの友情も、本作の見どころである。6歳でありながら、無意識のうちに彼らは友情を育んでいる。当たり前のようにそれができるのはダミアンが権力を振りかざさないからだろう。


■ダミアンを待ち受ける運命は?


 ダミアンは父や兄に起因するプレッシャーから逃れられるだろうか。これは本作のあらすじにも大きく関わるポイントである。ロイドに協力するアーニャ、ロイドの標的デズモンドの「じなん」で父を尊敬するダミアンには、どうか平和で幸せな結末を迎えてほしいと願ってしまう。とはいえスパイであるロイドとデズモンドはいつか決着をつけるはずだ。


 それぞれが持つ隠し事は、メインキャラから成る疑似家族だけではない。隠し事は伏せられたままなのか、いつか明かされるのか……。アーニャ、そしてダミアンは今後どうなるのかも含めて、『SPY×FAMILY』のページをめくる手が止まらない。


(文=若林理央)