2023年11月12日 09:21 弁護士ドットコム
すでに雪をかぶった北アルプスが輝く長野県白馬村。冬ともなると国内外からスキー客が訪れるスキーリゾート地として有名だ。その白馬村に2021年、27歳(当時)の村会議員、加藤ソフィーさん(30歳)が誕生した。
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今年(2023年)7月に出産して、9月から仕事復帰を果たしたが、任期はあと1年半。議員になり母親になって「政治」について考えたことを聞いた。(ルポライター・樋田敦子)
村政史上最年少で、人口8575人の白馬村の村議になった加藤さん。300票を獲得し12議席中10位で当選した。今年話題になったのは、加藤さんの産休問題だ。議会の規則に新たに盛り込まれた産休の規定に従って6月5日から産休を取得した。
長野県内の地方議員が産休を取得したケースは初めてで、加藤さんの産休取得はニュースにもなった。
「産休中の定例議会は6月と9月だったので、規則に従って、産前6週、産後8週を取得しました。育休についての規定はないので、その後は産休の延長の形で休みをいただき、学校の来賓として出席する行事があったので、9月末から復帰しました。仕事のある日は、夫が育児。12月の定例会は、京都から母が来てくれます。もう予約してあります(笑)」
そう加藤さんは話す。
白馬村は議長が女性だが、女性議員は30歳になった加藤さんのみ。周りは50、60代の男性議員ばかりだ。定数12名と人数が少ないため、ほとんどの議員が委員を兼任し、加藤さんも産業経済委員、議会広報特別副委員長などを兼務している。子育て、福祉から農業、観光、下水道に至るまで、幅広い情報収集と現状認識が必須となる。
「白馬村は観光の町なので経済は回っています。しかし住む人に優しい町かというと、財政的にも厳しく、福祉や子育て支援などには、手が回っていないというのが現状です。女性も若者も誰もが参加できる開かれた議会にしていくことが目標です」
加藤さんは、フランス人の母親の故郷、南仏で生まれ、父親のビジネスの地、白馬で育った。小中学校時代は冬になるとスノーボードに明け暮れたといい、白馬で育ったことは、今の彼女を作り上げるうえで、重要なファクターだったようだ。
「京都で高校時代を過ごし、10代の後半は都会に憧れ、東京で過ごしたこともあります。しかし精神的に参ってしまい、15年に留学したオーストラリアやニュージーランドで、自分に必要なのは、自然だということに気づいたのです。精神的に厳しかった時は、自然が足りなかった、と思いました。
さらにシドニー大学の英語学校で、食、気候変動、環境問題などをテーマにした教材を使い学習したことで、自然に囲まれた環境の中で農業をやりたいと思い始め、白馬に帰ってきました。
地元のスポーツブランドのカフェで働きながら独学で農作業を始め、2019年、スキー場の中で自然派喫茶SOLを経営するようにもなった。一方でオーガニックやビーガンにもこだわり、白馬オーガニックマーケットの開催を6年前から続けている。
村議への出馬を誘われたのは2020年。種苗法の改正が国会で審議されることになり、オーガニックマーケットとして白馬村議会に「種苗法の慎重審議をお願いします」と陳情を出す事に。その陳情書を書いた経験から、30代の先輩女性議員に「議員をやってみないか」と言われ、そのときは一旦断った。さらにその後誘いを受け、出馬を決意した。
「母の影響もあってか、以前から社会問題には興味がありました。心の底では、誰か若い人が出たらいいのに、と思っていましたが、選挙に出る機会があるのなら、人任せにするよりは自分で出てみよう。自らも動かなければならないと考えたのです」
選挙運動も加藤流で行った。カフェを営業しながらの運動だったため、無理はしなかった。街頭演説はしない。街宣カーを走らせない。自転車で地域を回り、YouTubeで動画を配信して訴えた。ポスター貼りなどは、友人が担い、疲れたらカフェで焼き菓子を食べながら方策を練ったという。使ったお金は、チラシ折り込み料の2万円だけだった。
「選挙運動は、私ができるやり方でないと、当選しても無理することになるのではないかと思いました。最初から猫をかぶって後で失望されるよりもいいでしょう(笑)。訴えた公約は、有機給食の実施や有機農業の推進など、食に限定しました。議会の仕組みも分からなかったし、私ができることは食しかないと思ったのです」
白馬村は、大半の地方議会がそうであるように、地区の推薦を得て、そこで選ばれた人が、候補者として選挙に出るのが通例だ。地区の推薦もなく選挙に出る人は「全国区」と呼ばれるそうで、加藤さんは自分のスタイルを通して「全国区」で当選した。
20代はわずか一人。誘ってくれた女性議員は任期半ばで辞め、補選で当選した議員も男性。議長は女性だが、女性比率は16%。日本の政治の世界の縮図通り、男性多数で年齢的にも高齢で、世代間ギャップもあった。
「きっと周囲の先輩議員の方は、“なんだこの若造は!”みたいな感じだったと思います。私は鈍感なので、あまり感じませんでしたが……。
威圧的な発言をする人もいて、響いているのかいないのかわからない中で、自分の言いたいことを言い通すということは、めちゃくちゃ難易度高めだなと最初は悩みました。でもお互いのことを知ってきて、次第に信頼関係が深まっていったというか。探り探りやっていくうちにコミュニケーションが取れるようになりました」
ただいまだに、新しいことに対する抵抗勢力はあり、なかなか議論が進まないこともある。例えば「議会の審議の様子をYouTubeで配信しよう」と提案したときは、実現しなかった。すでにケーブルテレビの中継があるからという理由だった。
「そもそも若者は、テレビそのものを持っていないし、ケーブルテレビだと放送時間が決まっているので録画しなければならない。若い人にも政治に関心をもってもらい、政治に参加してもらうため、当時の広報特別委員長と副委員長がネット配信を提案していたので私も賛同したのですが、だめでした。これは任期中になんとか実現したいと思っています」
白馬村の高齢化率は32.5%。少子化の問題も深刻だ。公約に掲げた有機給食は、村がセンター方式の給食のために実現はできないと却下された。給食の無償化も陳情があって審議されたが、財源が厳しいという理由で否決されたという。
白馬村はスキー関連の観光事業で生計を立てている人が多くスキー場の雪不足は、ここ数年深刻だ。いち早く2019年に村で「気候非常事態宣言」を出したものの、ゼロカーボン政策には着手できていないなど、加藤さんにはジレンマもある。今は自分と同じ年代の多くの村民の意見を聞き、それをなんとか政策に生かせるようにしているという。
「2年半、どうやったらみんなが政治に関心をもってくれるか悩み続けてきました。情報にアクセスしやすくして、興味を持ってくれた人に、より分かりやすく説明できるように、共感してもらえるようにとめちゃくちゃ考えました」
日本全国でクマの出没も大きな問題となっているが、白馬村もペンションの近くまでクマがやってきたという情報が流れる。
「クマばかりではなく、猿やシカ、イノシシによる農作物の被害も大きな問題です。白馬には本当はシカがいなかったのですが、南のほうから北上し標高2000m地点までやってきて、エサになる高山植物を取っていきます。動物愛護の問題もありますが、すでに人間が生態系を壊している中で、殺さないでいたら、甚大な被害になります。私は厳格なベジタリアンやビーガンではないので、猟友会で仕留めたシカやイノシシは食べています」
どこの地方もそうであるように、若者の政治参加に対する高いハードルがある。白馬村のほとんどの若年世代が、進学や就職で都会に出ていき選挙には帰ってこないこと。
一方でウインターシーズンになれば、ホテルや民宿に都会から“居候”という働き手が流入するのだが、住民票を異動する人は少なく、選挙には行かない。住民票問題もネックになって、いずれも投票率が上がらない理由になっている。高齢の議員は『誰かいれば出てほしいけれど、あとに続く人がいない』と次の選挙にも臨む雰囲気で、若者の立候補は増えていかない。
「若い人にとって任期が4年というのもかなりのハードルです。しかも議会の報酬も決して高くない。この村で、1人で暮らしていくには十分ですけれど、家族がいて、家を建てたい、車を買いたい、ちょっと旅行に行きたいとなると、できないような額です(白馬村は21万6000円)。事業をしながら議員をやって、政治の勉強もしながら、村民の声を聞くというのは、本当に大変な仕事なのです。
私も20代前半は、政治は違う世界のことだと思って、投票に行っていませんでした。しかし、自分たちの生活は政治にこそ基盤がある。生活に繋がっていないと思うけれど、すべてがつながっているのです。だからこそ多くの人に参加してほしい」
興味を持ってもらおうと、議会の一般質問前には議会の仕組みや自身がどんな質問をするか、などをインスタライブで配信し、ポットキャストでもその様子は聴くことができる。東京都や地方の女性議員とも対談する。なんとかして政治に対する関心を高めてもらえればと精力的に活動しているところだ。
妊娠、出産を経たことで、何か心境の変化はあったのだろうか。
「ほかに誰も子育て支援をする議員がいなかったので、これまでも子育てに関してはいろいろ勉強してきました。その甲斐もあって子どもが生まれたからといっても、そんなに変わりはないです。母乳で育てているので、搾乳したりするのは大変ですが、普通に育ってくれています。自分の食事がそのまま子どもにいくことを思うと、さらに食に対するこだわりは強くなったような気がします」
ただ気候温暖化の問題などは、雪不足に悩む村民のためにもなんとかしていかなければならないと考えている。
「私たちの世代がなんとかしなければ、次世代に負の問題を残してしまいます。これは解決に向けて動かなければいけないと切実に思うようになりました。
子どもが生まれたら、きっといろいろ諦めなければいけないと思っていましたが、周囲の力を借りながら両立してやっていけそうな感じがしています。今は議員と育児優先なので、これがやりたいという目標のようなものはありません。とりあえず頭が固くなるのを阻止して、これはこうだと決めつけないで、柔軟な大人でありたいと考えています」
有権者の51.7%が女性であるにもかかわらず、日本の女性国会議員の割合は、16.0%。町村議会ではもっと低く、11.7%となっている。「比率を30%に引き上げる」とこれまで政府は言ってきたが、数字は上がらず、達成にはかなりの時間を要する様相だ。女性議員がいなければ、女性たちの意見も通らないのにーー。
若い世代の政治参加。女性議員の増加。問題は山積しているが、子どもがいてもいなくても、女性たちが生きやすい社会が実現していくために加藤さんの世代が積極的にアピールしてほしいと考えている。