2023年11月07日 13:50 弁護士ドットコム
「いじりから、いじめから、失礼から、男の暴力から、貧乏から、娘にぶらさがってくる家族から。あたしは逃げて、逃げて、逃げ切ってやる」——。自伝的小説の連作短編集『私労働小説 ザ・シット・ジョブ』(KADOKAWA)を刊行したブレイディみかこさん。
【関連記事:【前編】ブレイディみかこさん、報われない「シット・ジョブ」への視線、コロナ禍を経た英国の変化】
第一話「一九八五年の夏、あたしたちはハタチだった」では、憧れだった英国への渡航費用を稼ぐため、地元の福岡で水商売をしていた頃のことを描いている。主人公は日本を脱出して英国で自分の人生を生きようと決意し、中洲のクラブと天神のガールズパブを掛け持ちして働いた。
ブレイディさん自身が英国に憧れたのは、高校時代に自分と他の生徒たちとの社会的格差を実感したことがきっかけだったという。本書にこめた思いについて、オンラインでインタビューした。(ジャーナリスト・角谷正樹)
「私はシット・ジョブの家庭の子どもでした。父親も肉体労働者でしたし、ワーキングクラスの家に育ったのですが、高校は進学校に入ってしまったので、まわりには会社の重役や弁護士や医師とかの子どもが多かったんです。
そういうときに、イギリスに行けば労働者階級がかっこいいらしいと知り、これは行くしかないと。日本は1億総中流と言われる時代で、みんなそれを信じていたおかしな時代でした。明らかに貧乏な子どももいたし、中流階級の親のような仕事をしていない家の子どももいたのに。存在すること自体が時代に合っていないと言われているような、肩身が狭い時代でした」
そんなアウェイな環境だった高校時代。通学費用を稼ぐため、校則で禁じられたアルバイトをしていたのが学校にばれ、教師に呼び出された。
「『通学の定期券を買うためにバイトしてるんです』と言ったら、先生から『そんな家庭が今時あるわけない』って目の前で言われました」
翌日、髪の毛を金髪に染めて登校したという。「私にしてみれば反抗だったんですね。ふざけんなと。その管理の仕方は下手だから、管理能力の無さを示してやろう、みたいなことを考えていました。私は本当に反抗的な子どもで、先生たちに嫌われました」
当時、ブレイディさんの心の支えになったのがセックス・ピストルズの音楽だった。
「ジョニー・ロットンが言っていたのは『俺はアイルランド移民の子どもでワーキングクラスなんだ』。そういうインタビューを雑誌で読んでいました。あの人の価値観がすごく好きだったし、『俺は貧乏な家庭の出身なんだ』と誇りを持って言うところがまぶしかった」
だが、いざ憧れの英国に着いてみると、そこでの暮らしは生やさしいものではなかった。第二話「ぼったくられブルース」では、主人公がロンドンで英語学校に通い始めた頃のことが描かれている。
ホームステイ先で部屋代を払っているのに家事を手伝わされる理不尽。その家を飛び出し、上流階級の家にベビーシッターとして住み込んだが、そこで直面したのは使用人に対するあからさまな差別だった。
当時実際に受けた仕打ちを、ブレイディさんは「彼らは身寄りのないかわいそうな移民の子を助けてあげている、いいことをしていると思っている。ただし、前提として同じ尊厳のある人間とは見ていない。まったく悪気がない。悪気がない故の恐ろしさ」と振り返る。
現在の英国は、インド系の富豪であるリシ・スナク氏の首相就任に象徴されるように、人種の面では多様化した社会となっている。その一方で、英国人に染みついた階級意識はなかなか揺るがない。第四話「スタッフ・ルーム」では、主人公が民間の保育園で保育士をしていた頃のエピソードが描かれるが、これも実際にブレイディさんが勤めていた保育園での体験が元になっている。
「その保育園に子どもを預けに来るのはミドルクラスの人々が多かった。そういう人たちは、外国人を差別してはいけないと思っているんです。だから私にはすごく優しい。声をかけてくれるし、尊重もしてくれる。人種差別をするのは知的ではないしダサいという意識があった」とブレイディさん。
その一方で階級差別は厳然と存在した。あるとき、労働者階級出身の保育士実習生の言葉遣いが園長に問題視される。「イギリスでは言葉をしゃべると階級が分かる部分があります。労働者階級の言葉遣いから、彼女の普段の生活までをも蔑んだのです。この人たちは、階級差別は差別だと思っていないなと感じました」
そんな英国社会の負の面を体感しながらも、永住先に選んだブレイディさん。
その理由を「日本よりも居やすいからです。いろんな差別は丸出しだけど、まだ表に出ているだけ戦いようがある。日本では差別にしても、ハラスメントにしても、深刻な問題は確実にあるのにふわっと隠されているというか、誤魔化されているというか、直視しないでおこうとする人が多い気がする。私はそういう社会のほうにより居心地の悪さを覚えてしまいます」と説明する。
本書は自伝的小説とされている。描かれた内容のどこまでが実際にあったことか、気になるところだが、「それはご想像にお任せします」とブレイディさん。
「私はもうすぐ還暦ですが、20歳ぐらいの時のことを、こういう強烈な印象を残した人がいたなとか、誰かに言われた刺さった言葉などはよく覚えています。ですが、どういう経緯でその言葉を言われたのかとか、その人の素性がどうだったとか、もう詳細には私は覚えていません。
そもそも、40年前の会話をテープに録音して持っているわけでもないですし。つまり、覚えている言葉や、会った人の印象とかを中心に置いて、その周辺に物語を作ることになる。それに、人間って、自分の脳の中で、都合のいいように記憶を作り変えているかもしれないなと思うんです。本当に苦しかったことは、鮮明に覚えているとつらくて前に進めないから記憶から消しているかもしれないし、逆に、死ぬほどきつかったと思うことでも、その時に戻ればそうでもなかったのかもしれない。
純然たるノンフィクションでは出来ないからこそ、私小説というジャンルもあるのではないでしょうか。エッセイ、ノンフィクションと、作品によってどのジャンルかを尋ねられることも多いのですが、私自身はジャンルを気にしたことはないです。ジャンルレスな書き手でいたいというのは、もう数年前から言ってきたことですし。ただ、書くもののジャンルは違っても、『私』を軸にしている点は共通しているかもしれませんね」
ブレイディ みかこさん:
ライター・作家。1965 年、福岡市生まれ。96 年から英国ブライトン在住。日系企業勤務後、保育士資格を取得し、「底辺保育所」で働きながらライターとなる。著書に『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮社、のち新潮文庫)、『両手に トカレフ』(ポプラ社)など多数