清潔なトイレは、気持ちよく働くためには欠かせない。中には従業員がトイレ掃除を当番制で行っている会社もあるが、度を越せば退職する理由になるようだ。
福岡県に住む40代後半の男性(事務・管理/年収500万円)は、以前勤めていた会社で、
「社員が当番制でトイレ掃除をしていました。プロの清掃の方以上にピカピカに仕上げる必要があり、いつも2時間くらいかかっていました。出張から帰り、その足で夜中に掃除だけしに会社に来ていたことも」
と打ち明ける。一体、どんな会社だったのだろうか。編集部は男性に取材を申し込み、詳しく話を聞いた。(文:國伊レン)
従業員らはトイレ掃除・命という変な雰囲気のある会社
男性曰く、その会社は部品メーカーで、従業員数は100人程度と中小企業ではあるものの、数十億円の年商があった。男性は6年前に営業職として中途入社し、顧客対応、納期調整、製品仕様の打合せなどを行っていたそうだ。
当時の年収は400万円程。40時間の固定残業代が出ていたというが、実際は残業時間が40時間を超えることが多かったようだ。
「それを超えた分については、事前申請にて承認が得られた残業のみ残業代が出ていました。ただトイレ清掃の時間は、残業として承認されませんので無給です……」
ちなみにトイレ掃除の時間は決められていなかったそうだが、就業時間外に掃除することが常だった。残業時間にカウントされないので無給で、それもプロ以上の出来を求められることに、従業員らは文句を言わなかったのだろうか。ところが、
「私以外の従業員はトイレ掃除にやる気を出し、”トイレ掃除・命”みたいな変な雰囲気のある会社でした」
と、異常な熱量で取り組んでいたそう。その背景には「整理整頓、清潔がそこで働く従業員の心も清らかにし、良い製品づくりに繋がる」という創業者である前会長の考えがあったとか。
「前会長はカリスマ性があったらしく、現役を退いたあとも、従業員は前会長の教えを忠実に守ろうとする雰囲気がありました。中途入社の私は、単なるトイレ掃除にそこまで入れ込むことに、ただ驚いていました。しかもクオリティが低いと、誰からともなくクレームが入り、やり直す羽目になっていました。なんか、みんな洗脳されているような気がしました」
従業員らのトイレ掃除への入れ込みように、男性はドン引きしていたようだ。
出張と当番が重なれば帰社して22時からトイレ掃除
出張とトイレ掃除当番が重なることもあった。そのようなときは誰かに頼もうとしたが、誰も引き受けたがらなかったという。
「出張から帰り、その足で夜中に掃除だけしに会社に行っていたこともありました。出張から帰社すると毎回22時を過ぎていましたから、掃除が終わる頃には24時を過ぎていました。夜中、誰もいない会社でせっせとトイレ掃除していると、『あぁ、残業手当も付かないのに、俺、何やっているんだ?』という気持ちになり、なんともやるせない気持ちでした」
出張帰りの疲れた体で、無給で2時間にも及ぶトイレ掃除は相当堪えただろう。それでも絶対にサボることはできなかった。
「翌日サボったことを冷たい目で見られます。全員からの圧を感じます。そのため嫌々でも会社に戻り、トイレ掃除をしていました」
”トイレ掃除・命”の従業員たちの冷たい視線のほうが、よほど堪えたようだ。
1年半ほど働いたのち、男性は退職した。辞めた理由について、
「必要以上にトイレ掃除にこだわるところなど、前会長の教えを盲目的に信じて行動しようとする従業員の姿を見て、『合理的かどうか自分の頭で考えられないのか?』と疑問を持ったからです。ある意味思考停止している部分もあると感じ、転職しました」
と答えた。
丁寧な掃除を心がけるのは良いことだが、どんな理由があるにせよ2時間はやりすぎだ。「思考停止」状態の従業員らが働く会社を見限ったのも無理もない。そんな男性の現在の勤務先では、トイレ掃除はプロの業者が行っているという。