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日曜劇場『下剋上球児』ドラマとは異なる原案の面白さ 自信を失くした球児が甲子園を掴めた理由とは

2023年11月05日 12:00  リアルサウンド

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  TBS系列、日曜劇場でスタートした『下剋上球児』。鈴木亮平、黒木華らの好演にも支えられ、無名高校が甲子園をめざすドラマは、可能性に満ちた高校球児らしさで視聴者をワクワクさせている。しかし、この破天荒な物語は、実際にあったノンフィクションを原案としたもの。そこで、今回はその原案となった『下剋上球児』(カンゼン)の著者、菊地高弘氏にインタビューを敢行。ドラマとは少し違う、リアルな高校野球も見えてくる。


野球作家、まさかの日曜劇場?

――菊地高弘さんといえば、有望な中高生らと野球雑誌で真剣勝負をして、それを記事にする「菊地選手」として、野球雑誌界では知られた人です。その菊地選手名義での著書『野球部あるある』(集英社)シリーズなんかは、野球小僧らのバイブルかつ、おもしろおかしくテキトーに読む本でした。それが、日曜劇場の作家に?


菊地:いや、連続ドラマの候補になっていると聞いて、出版元のカンゼンの担当さんと一緒にドキドキしていたんですよ。


――実際にドラマになっちゃいましたね。


菊地:もうね、衝撃です。だって、あの『VIVANT』の日曜劇場ですよ。なんか、この世には日曜劇場の原作、原案者リストみたいなものもあるんです。山田太一さんとか、山崎豊子さんとか、もちろん、池井戸潤さんとか……。そんな中に、「菊地高弘」と並ぶ。変ですよ。


――菊地さん自身がバリバリに下剋上ですね(笑)。ただ、菊地さんが描いたのは、高校野球の世界でも話題になった三重県白山高校の夏の三重県選手権大会優勝。つまり、甲子園出場です。本物のノンフィクションです。


菊地:本の中にも書いていますが、ちょうど、第100回全国選手権の記念大会だったんです。規定で出場校も増えて、少し特殊な大会でした。


――キャッチフレーズが「本気の夏。100回目。」でした。最初から雰囲気が例年とは違っていました。


菊地:そんな中、三重県で無名だった白山高校が勝ち上がったんです。10年連続で夏の県大会初戦敗退だった学校です。たくさんのマスコミが流行したマンガにちなんで「リアル『ROOKIES(ルーキーズ)』」なんて報道した。もちろん、僕もアマチュア野球の伝え手として、取材に行くしかない。


――その取材をきっかけに、『下剋上球児』が生まれた?


菊地:いや、それだけでこの本は書けないです。ただ、リアルタイムの取材が大きな下地にはなりました。そして、僕は甲子園に行った軌跡を、ちゃんと調べなきゃいけない気になる。追加取材をすると、白山高校の方々も、地域、関係高校の方も、とても真摯に応じていただけた。


――「弱小校の甲子園出場!」だけの物語ではないですよね。


菊地:スゴイ話をいただいたと思いました。濃密な中身です。この材料で映像化されない書き手では恥だと思ったくらいです。それくらいに自分の中に手ごたえがありました。いや、まさか日曜劇場になるとは、思ってないですけど(笑)。


自己肯定感の低い高校生たちの成長と躍進

――その『下剋上球児』という本は、普通に地方で学校に通う、普通の高校生の話にも感じました。


菊地:特別な存在ではないですよ。野球でも有望な選手って、三重県だと愛知や岐阜、滋賀、和歌山なんかの有名私学に進むことが多い。三重県内にも強豪校はある。でも、公立の白山高校に入ってきた子たちです。


――その時点で挫折感がある?


菊地:そう思いました。自己肯定感が低いと表現しましたが、自分に自信がない。ヤンキー風になるんですが、それもなりきれない。


――ヤンキーと言っても、あちこちで暴れる昭和のそれとは違いますよね。


菊地:無気力というのが正しい気がします。行きたい学校に行けなかった、という気持ちがある。で、人生終わった、と思い込んでいる。すぐに部活をやめたがる。そして、刹那的に学校もやめて、近所で働こうとする。


――まあ、部活をやめたくなるのは、どこにでもある高校生の姿ですよね。


菊地:部員の多い強豪校なら「やめたければ、どうぞ」で終わったかもしれない。でも、部員の少ない白山高校では、そうはいかないのでエピソードが生まれる。


――青春のど真ん中で、いろいろ心が揺れる時期ですからねえ。


菊地:僕も元は高校球児です。嫌になって野球部仲間と都内の立川に映画を観にいったことがあります。しかも、選んだのはメグ・ライアンとトム・ハンクスの『ユー・ガット・メール』ですよ。坊主で恋愛コメディですからね。かなり、心が弱ってたと思う(笑)。


――切ない告白、ありがとうございます。だけど、菊地さんの母校から、わざわざ立川に行くんですね?


菊地:近所だとバレるでしょ。だから、ちょっと遠くに行くもんです。


――まさに、「野球部あるある」ですね。


白山が甲子園に行けるなら、どこの学校でも行けるんだ

――実際に取材して、どんな選手たちでした?


菊地:変な話なんですけど「かわいいな」と思ってしまいました。普段、取材しているドラフト候補の選手たちは、野球に関する意識も高く、受け答えもしっかりしていて、感心することが多いんです。でも、白山ではそうならない。


――「越えていく壁」とか「さらなる高みへ」とか、アスリート的な大仰さがない?


菊地:本にも書きましたが、軟式ミットで試合やっていたくらいですよ。野球をしたことがない方のために捕捉すると、やわらかい軟式ボール用のミットやグラブは革が薄い。硬式ボールを捕ると手が痛くなる。ある程度ボールを捕ったら、気づいていいはずです。甲子園に行くチームでやることじゃない。こんな感覚でやっていて、勝てたの?  と思いました。


――そんな選手たちが、だんだんと強くなっていく?


菊地:そうかんたんでもない。監督の東拓司先生って、生徒のことをよく見ている方です。彼らが平気で裏切ることも、本能でやっていることも理解している。


――問題児の4人組「M4」とか、出てきますよね。


菊地:彼らの存在は、甲子園後の取材で聞いたんです。おかげでキャラクターが立った、というか、ストーリーができた部分です。東先生はそういう選手らを見て、「コイツはここまで。それ以上やらせると、やめると言いだす」「コイツはここまでOK」など、人を見ながら指導していく。


――問題児の中心人物、伊藤選手などは?


菊地:彼の場合は学校生活の方で問題が多い。だから、野球では練習に来て、楽しくやってくれたらいい、という感じだったようです。


――でも、そんな選手が甲子園への道を拓いた。


菊地:ポイントになった菰野高校戦のキーマンですからね。実は、彼への取材は最後までできなかったんです。あちこちで彼のことを話してくれたんですが、球場で見た選手としての伊藤像とかみ合わない。でも、取材できると、本気で語ってくれました。


――本に描かれる伊藤選手として一致した?


菊地:何度もやめたがったのも事実。2年生の冬に「がんばろー」と思ったのも本当らしいです。でも、あくまで彼なりに、という感じ。夏の決定的場面では、「ボーッとしていた」そうです。信じられない(笑)


――それで甲子園行っちゃうんですもんね。


菊地:もちろん、ラッキーもあったと思います。言ったように100回大会で変に空気が重くて、シード校が次々に負けたし、白山の天敵だった津商業が海星に負けたこともある。ただ、白山が強くなっていたのも事実です。東先生は、有望な中学生のリクルートもしていましたしね。ただし、それでも、ドラフト候補になるような子は来ない。白山に来るのは、そうでない子たちでした。


――どうやって、強くなれたんでしょう?


菊地:最初は東先生にやらされていたんだと思います。でも、それを続けていくと、いつしか先生の手を離れていく。先生がおっしゃっていましたが、選手たちが本能でやっていけるという域にたどり着くんです。


――高校生ですもんね。数カ月で別人みたいに成長できるポテンシャルがある。


菊地:野球部員がひとりになってしまったときにも残り、廃部を食い止めたのが青木隆真選手で、彼の弟も白山野球部に入った。その青木兄弟のお父さんが感慨深げに話してくれたのが忘れられません。「白山が甲子園に行けるなら、どこの学校でも行けるんだ」って。そういうことだと思います。


学校ごとに伸び方は違っていい


――どこの高校でも甲子園をめざしていいんですね?


菊地:この本にスーパーマンは出てきません。どこにでもいる高校生。多くの人がクラスにひとりくらいはいた野球部員の姿って、記憶していると思う。原風景みたいなものじゃないかな。そして、そんな子たちが、「甲子園」と言いながら、ちょっと一生懸命になる。なんか、かわいくないですか?


――今でも、全国で3500ほどの学校が出場している大会です。目撃者は多いでしょうね。


菊地 野球の強豪校でもね、そこは変わらないんです。「コイツ、バカだな」と思う、かわいげのあるヤツがいる。僕は全部ひっくるめて好きなんです。


――できもしない目標でも、一生懸命になっていい時期ですからね。


菊地 僕でさえ「こんだけがんばったのにっ!」っていう、高校野球への愛憎みたいなものが今でも残っています。大学時代は野球なんか見なかったくらいです。ただの逆恨みなんですけどね。


――必死にやってうまくいかないと、嫌になることありますよ。特に若い時期は。


菊地:結局、ニート予備軍みたいになって、そこから野球雑誌の編集者になって、今に至っているのが僕です。でも、取材先でドラフト候補にもよく会いますが、僕と同じようにバカなところがあったりする。やっぱり、そこはかわいいと思ってしまう。


――立派なアスリートでも、中身は中学生や高校生です。多感ですよね。


菊地:だからかなあ、昨日まではダメだったのに、急に伸びてくる子にシンパシーを感じてしまう。


――変われるのは、高校生の特権ですから。


菊地:野球って、不確定要素が多いんです。ボールという道具を投げて、長い棒で打ち返す回りくどいスポーツです。格闘技みたいにフィジカルの差が勝負に直結するわけじゃないじゃない。ちょっとの差なんか、一発勝負ではひっくり返る。波乱が起きるものなんですよ。ラグビーでは、こうはいかない。


――野球のよさでもあり、残酷さでもありますね。


菊地:白山高校が甲子園に出たのはおもしろいんです。でも、白山みたいな学校ばかりで美しいのか?  という問いはあります。強豪私学の選手だって、みんながんばっているんですよ。これが報われなくていいのか、とも思ってしまう。


――やっているのは、10代の学生。ただの部活です。「甲子園」という言葉は、そこをわからなくする変な力もあります。


菊地:県大会最後の試合。最後にサードの岩田選手にボールが回ってくる。彼は「これを捕ったら申し訳ない」という罪悪感さえおぼえてしまったと、取材で話していました。リアルはそうなんです。弱小校が強豪校を破ったという、勧善懲悪みたいな話ではない。


――勝ったり負けたりするのが、本来の野球。そういうスポーツにつくられている。


菊地:だから、学校によって役割が違うように思います。強豪校は向上心や野心に訴えて、選手を伸ばす。白山のような高校は、とりあえず運動部をやって生活力をつける。野球はその手段です。そういういろんな学生たちが、勝ち負けしてみようというのが、夏の大会でしょうね。今年は慶應高校が、楽しんで、自分たちで考えてプレーする「エンジョイベースボール」で全国制覇しました。でも、あれは慶應高校の子だから、あのやり方がよかったのだと思います。


――ほかの高校ではうまくいかない?


菊地:白山なら「エンジョイ」をはき違えるでしょうね。だから、東先生が『ここから甲子園!』とスローガンを立てたのがよかったと思います。めざすのは勝手です。



ドラマにも通じるもの

――今、菊地さんに聞いているのは、あくまでノンフィクションの白山高校の物語です。2018年に甲子園出場をした事実の話。でも、ドラマは野球を知らない人さえ楽しめるように、ちゃんとドラマしていますね。


菊地:僕が描いたのは、あくまでノンフィクションとしての『下剋上球児』です。多くの人に伝わるフィクションとして、連続ドラマを見据えて描いていません。だから、全く違う話として、楽しんでもらえればいい。


――だけど、案外近い印象もありますよ。


菊地:そこは、しみじみとうれしかったです。白山高校を取材していた、あの残暑の時期に通じるものがあります。僕が感じた白山高校の大好きだったところを、ドラマのスタッフの方がちゃんと残してくれたように思えて。ちょっと泣いてしまいました。


――学校名も、登場人物も、全部物語として変わっているのに、鈴木亮平さんや黒木華さん見ていると、なんだか、「うんうん」となる。


菊地:僕が描いたのはドラマとは別のストーリーです。でも、通じる部分はある。人間の愛おしさとか、三重県の地域の方々のあたたかさとかは、同じです。まあ、僕は野球を通して「人間を描いている」と思っている人間です。野球のプレーヤー目線で、『野球部あるある』をやっていたころから、そこは変わらない。鈴木さんや黒木さん、ドラマのスタッフの方々がつくり上げる『下剋上球児』にもシンパシーを感じられて、感激しています


――電車の駅のシーンとか、高校生らしい感慨を思います。


菊地:コンビニ少ないから、ファミチキ愛好者とかね、小ネタを拾ってくれています。うれしいんですよ。もちろん、三重県の人からすると、都合上、土地の位置関係とか違うけど、それは県の人だからこそ突っ込める部分。楽しんでほしい。


――この本を読みたくなる人も多いでしょうね。ただし、これって、小説じゃなくて、野球のノンフィクションコーナーにあるんですよね。栗山監督の本の横にあるイメージ。話題の本のコーナーにないと、ちょっと見つけにくいかも。


菊地 まあ、僕は『野球部あるある』の著者ですから、普通はそこなんですよ(笑)。興味がある方はぜひノンフィクションコーナーを覗いてみてください。
(取材協力:高校野球酒場 球児園)