2023年11月05日 09:10 弁護士ドットコム
1973年に発売されて以来、今年で50年となる「オセロ」。ボードゲーム研究家の長谷川五郎氏が考案・パッケージ開発した日本発のゲームで、日本は世界王者の輩出が最多という「オセロ最強国」とされる。
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そんな国内でのトップ争いが激しいオセロ界に強豪を送り出し続けているのが、東大合格者数がトップクラスで弁護士も多数輩出している麻布中学校・高等学校の「オセロ部」だ。2022年の世界選手権では同部OBの浦野健人さん(2018年卒)が優勝を果たすなど、オセロ界でも「名門」の地位を確立している。
部員はどうやって強くなっているのか。OBで全国ベスト16まで進んだ経験のある宍戸博幸弁護士と同校を訪問し、その強さの秘密を探った。(編集部・若柳拓志)
部活動中の同校を訪れると、十数人の部員が、ぎゅうぎゅう詰めの部室で所狭しと盤を並べていた。対局前は和気あいあいと雑談していた部員だが、始まると一転して真剣な表情に。ものすごいスピードで石を置いていき数分で決着、すぐに次の対局を始めていた。
さぞ毎日のようにオセロに専念して強くなっているのだろうと推察するが、「自由闊達・自主自立」の校風を掲げる麻布らしく“フリーダム”な活動をしているようだ。
顧問の村上健教諭は「オセロに飽きたら別のボードゲームをやったり、運動場で遊んだりといった感じですね」と話す。OBの宍戸弁護士も「ちょっと早めにオセロは切り上げて、運動場でひたすらサッカーをするというのが普段の部活動でしたね」と当時を振り返る。
「ゆる~く」活動しているが、オセロの対局となった時の部員の表情は真剣そのもの。相手が打ったらすかさず自分も打つといった勢いのある対局を繰り返している。
現役生トップは、小倉竜太郎さん(高2、オセロ連盟の段位は四段)。日本オセロ連盟レーティング(2023年10月27日時点)で「37位」の強豪だが、「もっと強くなりたい。全国大会で優勝したい」という。オセロに出会ってなければ「何をしてたか見当もつかない」といい、「(入部して)本当に良かったなとずっと思ってます」と笑顔を見せた。「オセロ漬け」を自称する小倉さんだが、学内試験で上位1割付近に位置するなど勉学も疎かにしない。
その小倉さんが「勉学では全然かなわない」というのが、同期で部長を務める秋永優仁さん(高2、二段)だ。
個性あふれる60人ほどが在籍するオセロ部を率いる秋永さんは「多くの部員が活動している様子や、(大会などで)実績をあげていくのを見るのが嬉しい」とマネジメントの楽しさを口にする。コロナで途絶えていた合宿を2022年に再開した際も、新しい合宿所を見つけることに尽力した。将来の夢は「裁判官」と教えてくれた秋永さん。部活動と勉学の両立については、「休み時間に宿題したり、スキマ時間を見つけて勉強はこなしている」とし、オセロは大学進学後も続けたいという。
顧問の村上教諭は3度世界チャンピオン(1996年、1998年、2000年)になった経験を持つ「レジェンド」。今なおレーティング「12位」という国内屈指のトッププレイヤーだ。オセロ部は、村上教諭が麻布に英語科教諭として就任した1988年に創部された。この経緯から、「若き強豪の熱意で部が発足した」と思ってしまいそうだが、実はそうではない。
「当時は五段で、世界チャンピオンになる前です。中学3年生のクラスでオセロの話をしたら、興味を持った生徒が、部活として作ってくれたんです。授業の最初に『詰めオセロ』を黒板に書いたり、試験問題が簡単すぎたという生徒用にプリントに載せたりしてました。もちろん正解しても無得点ですが(笑)。もしかしたら創部のきっかけくらいにはなったのかもしれません」
こうして全国的にも珍しいオセロ部が誕生し、2017年と2018年開催の「オセロ甲子園」で優勝。昨年にはOBから念願の世界チャンピオンが生まれた。強豪であり続けるほどオセロが麻布に根付いた理由はどこにあるのか。
村上教諭は「自分の面白いものに徹底的に邁進する麻布だから受け入れられたという面はあると思う」という。
「オセロは『子どものゲーム』という印象は今でも根強く、『囲碁や将棋に比べると非常に簡単な奥行きのないゲーム』という考えの人もまだ多い。しかし、麻布生は自分が面白いと思ったものは社会がどんな評価をしていようが気にしない」
「(麻布の教育理念である)『自主自立』のとおり、麻布生は自分で考えて自分で律して行動できる。そしてそれを地道に実行できる。たとえ社会的評価が低かろうと、『価値』を自分の判断基準でしっかり評価する人が麻布生には多いように思います。私はそれがとても嬉しいんです」
村上さんは教諭として、オセロの盤上で工夫する能力、局面を集中的に考える能力が「学習面でのメリットにもなると思う」と“アピール”してくれた。
入部してはじめて本格的に取り組む子も少なくない。宍戸弁護士もその1人だ。
「野球部に入ろうと思ってたんです。ところが、見学する日が掃除当番で、掃除してたら、もう皆グラウンドに行っちゃってたんですよ。どうしようかなと教室にいたら、オセロ部員が来て、『ねえ君、オセロに興味ないかい』って勧誘されました。
遊びではやったことがあったので、『コテンパンにしてやろう』と思ってついていったら、高校2年生の先輩にボコボコにされてしまって。『キミ弱いね』と言われてカチンときて、その場で入部を決めました」
入部後は5月の文化祭の頃までに基本や定石(最善と評価されている打ち方)を教えてもらい、部員同士で対局を重ねるなどして上達。ボコボコにされた先輩にも、1年経たずに勝てるようになった。
「中高問わず、対局し合うので、どんどん勝手に強くなり、大会にも出場していつの間にか強くなっていくという感じ。負けるとすごく悔しいです。同学年に負けたときなんかは特に。定石を確認したり、さらに対局をやったりしました」
オセロは盤上すべての情報がプレイヤーに公開されている「確定完全情報ゲーム」で、打った石が想定以上に効果的だったという「結果的に幸運」ということはあれど、サイコロの出た目次第といった「ランダムな運要素」が入り込む余地はない。プレイヤーの実力のみが問われる「厳しさ」が確実にある。
村上教諭は「言い訳できないんです。自分の実力がなかったから負けたとしか言いようがない」と話す一方、「すごく謙虚さを学べる場所でもあります」と指摘する。
「どんなに強い人でも、たとえば将棋の羽生(善治)さんでも10回指せば3回負けるわけですから、常勝はあり得ない。負けることで『自分はまだまだ』と謙虚になれる。その姿勢がさらに強くなろうとする向上心につながるわけです」
村上教諭は、オセロには「熱中し始めた頃からまったく変わることのない魔力がある」と熱く語る。今の目標はもう一度世界選手権に出ることだ。
「世界チャンピオンになった時の喜びといったら、雲の上を歩いているような感じでしたね。最高のやりがいでしたし、(世界大会の)あの緊張感は病みつきになります」
そして、ゲーム性以外の魅力については、「人と人とのつながり」を挙げる。
「オセロは一人ではできません。盤を挟めばそれはもう人間同士の『交流』なんです。その楽しさ、素晴らしさを現役の部員には味わって欲しいし、卒業後もぜひ楽しんでもらいたいと思っています」
宍戸弁護士は、オセロ部での「人と人とのつながり」を通じて、在籍していた頃を「自分のタイプを見極められた場だった」と振り返る。
「自分の世代でもの凄く強かった部員は、ストイックに研究するタイプでしたが、私は強さを追究することには『これ以上は厳しいな』と思って、部をマネジメントする方が楽しいと感じるタイプでした。それを見極められる場にいられたことは良かったなと思います」
オセロに取り組んでいた経験は弁護士業にもいきているという。
「オセロでは、数手先を想定しながら対局します。先の流れを予想しながら最善の一手を考える癖がついたおかげで、弁護士の仕事をするなかでも数手先を読んで最善の方法を選択できるようになりました。読みの鋭さはオセロが鍛えてくれたものです。
初対面の方と話す『つかみのネタ』としても重宝しています。皆さんオセロはご存知ですから、そこから話題が弾むこともあります。『昔オセロをやっていたので、裁判で白黒をつけるのは得意です』などという営業ジョークもよく使っています。成約につながっているかは秘密です(笑)」