2023年11月02日 12:01 弁護士ドットコム
神奈川県の三浦半島に位置する中核市、横須賀市。歴史と自然豊かな地域だが、他の自治体と同様に「少子高齢化」という悩みを抱えている。
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現在の人口は約37万人。2030年には約35万人、2040年には約31万人になることが予測されている。それにともない、市役所の規模も縮小し、20年後に職員は「4分の3」、さらにその先には「2分の1」にまで減ると試算する。
「この先、市役所が成り立たない」という懸念の中、横須賀市では庁内の仕事のDX(仕事のやり方をデジタル技術に合わせて最適化すること)を進めてきた。
その一つが、全国の自治体に先駆けて今年4月に導入した「ChatGPT」だ。それから約半年、横須賀市には今、100を超える自治体から視察や問い合わせが殺到しているという。横須賀市から見えてきた生成AIと自治体の「未来」とは——。(弁護士ドットコムニュース編集部・猪谷千香)
「横須賀市ではなぜChatGPTを取り入れたのでしょうか?」
横須賀市が運営する青い鳥のbot「チャットくん」に尋ねると、即座に回答が返ってくる。
「横須賀市はスマートシティ推進方針およびデジタル・ガバメント推進方針に基づき、テクノロジーを積極的に活用し、業務の効率化と効果的な実施を図るためにChatGPTを導入しました」
これは、横須賀市が今年8月に開設した「他自治体向け問い合わせ応対ボット」だ。
ChatGPTを導入して以降、他の自治体から注目を集めてきた。8月時点ですでに80を超える自治体から問い合わせがあり、基本的な情報を共有できるよう開発されたという。
ただ情報共有するだけでなく、「職員の対応時間の削減と業務時間の削減」も目的というのだから、徹底している。
こうした取り組みを進めているのが、2020年4月に市役所に開設された「デジタル・ガバメント推進室」だ。10人ほどの職員が庁内のさまざまな業務の効率化を手がけてきた。
「その流れの中で、ChatGPTを導入しました。今年3月、ちょうどメディアでもChatGPTが注目され始めていて、市長から『ChatGPTが面白いから行政で活用できるか考えてほしい』という指示がきました。同時期に、僕も含めて職場の中で、ChatGPTを利用して仕事に活かせないか考えていたところでしたので、一気に『やるぞ』という雰囲気になって推進できました」
そう振り返るのは、デジタル・ガバメント推進室の主任、村田遼馬さん。市長の指示は3月29日で、新年度を迎えた4月には検討チームを立ち上げ、4月20日から全庁での実証実験をスタートするまでに1カ月もかかっていない。ChatGPT導入のプロセスを聞いて驚かされるのは、自治体らしからぬその「スピード感」だ。
では、ChatGPTにどのような仕事をさせるのか。言うまでもなく、ChatGPTは文章を作成することに長けた生成AIである。
「実は、役所内で文書を作成する業務がとても多いのです。正式な文書はシステムに登録するのですが、年間約9万件にもなります。登録していない文書や、電子媒体で保管している文書などを含めると、さらに多いです。ChatGPTは、この業務に効果がありそうだということは、初期の頃から予測していました」
まず、全庁で実証実験を始めることにしたが、職員に新しいツールをいきなり使ってもらうのはハードルが高かった。
そこで、村田さんたちは「LoGoチャット」に着目した。これは、自治体向けのビジネスチャットツールで、すでに庁内で利用されていたもので、村田さんたちは庁内のLoGoチャットから横須賀市が用意したサーバーを介して、外部のChatGPTにつなぐ仕組みを考えた。
たとえば、「横須賀市のデジタル活用のキャッチコピー案を作って」とLoGoチャットに入力すれば、横須賀市のサーバーからAPIによってChatGPTに問い合わせされ、「デジタル×横須賀 未来がここから始まる。」といったコピーが職員のもとに届く。
「職員には、広く使ってほしかったので、直接ChatGPTを使うのではなく、職員が慣れ親しんだ環境から安全に利用できるように構築しました」(村田さん)
ChatGPT導入にあたり、指摘されていたのが、セキュリティの問題だ。そもそも、市役所の業務端末から、セキュリティ上、ChatGPTにアクセスできなかった。入力した内容が、外部に漏れる懸念もあった。
そこで、横須賀市では「ChatGPTの学習には使われない(OpenAI社の規約)API経由にすること」「入力情報を学習に使われないようオプトアウト申請すること」「職員に機密情報や個人情報を入力しないよう指導すること」などの対策を立てた。
実証実験は今年4月20日から41日間まで実施された。6月3日にデジタル・ガバメント推進室がまとめたアンケート調査によると、職員約3800人のうち、実際に使っていたのは5割程度で、期間中に2万5897件の利用があったという。
「文章案の作成や要約・校正」「アイデア・案出し」での利用が多かった。当初は「知りたい情報の検索・調査」が最も多かったが、最終的にはChatGPTに向いていないために減っていく傾向にあった。
最大の成果は、アンケートに回答した職員のうち約8割が「仕事の効率が上がる」「利用を継続したい」と答えたことだろう。ヒアリング結果でも、業務時間が短縮されるという効果があったという。
こうした結果を踏まえ、今年6月から横須賀市はChatGPTを本格的に導入することとなった。一方で、実証実験では、「課題」も見えてきた。
「ChatGPTは、きちんと指示を出さないと、有用な回答が返ってきません。実証実験のアンケート調査でも、4割の職員が『適切でない答えがある』という認識を持っていました」(村田さん)
ただ、「全員が必ず使えるようになる」などの目標は掲げていない。
「職員の質問スキルを上げていく必要はありますが、全員が使えるようになれるとは思っていません。他の方面の用途、たとえば、文書のファイルを読み込ませて要約させるbotを作成して、今使ってもらったりしています」
たとえば、こんな事例がある。よりわかりやすい「消防用設備の検査や指導のための文書案」をつくらせ、現場勤務が多く多忙な消防士の職員の負担軽減をねらった。実際に消防局予防課の担当者からは、「業務が円滑化した」という声があったという。
「使い始めてくれた職員からは、こんなふうに使ってみたけどどうだろうといった声も聞かれるようになり、うれしいです。どんどん幅が広がっています」(村田さん)
ところで、気になるのがChatGPTを利用するためのコストだ。
「ChatGPTの利用自体は、文字単位で利用料金が決まるのですが、職員2000人が利用していて今の見込みですと月額5、6万円で済むのではないかと思っています。比較的コストはかかっていませんので、まずは費用対効果を考えるよりも、どのように使っていけるかを模索しています」
先述した通り、ChatGPTには的確な指示(プロンプト)を出す必要がある。このため、2週間に1度のペースで、市役所内部向けの研修資料を出しているという。今後は、プロンプトのコンテストなどを実施していきたいと村田さんは話す。
横須賀市の導入事例は、他の自治体からも注目を集めている。問い合わせや視察がひっきりなしに続く。
「一番聞かれるのは、導入の経緯と、利用ルールやガイドラインをどうしたかということです。ただ、僕たちにとって大事なのは、生成AIであっても、これまでと同じように、情報の取り扱いには十分気を付けることです。
たとえば、インターネットに個人情報を打ち込んではいけないという基本的なルールは、"生成AIだから守らなければいけない"わけではありませんよね。
それに、ガイドラインの規則を細かく縛ってしまうと、利用に対するハードルが上がってしまい、職員の利用率が落ちてしまう懸念もあります」
横須賀市は今年8月、note株式会社と協力して、AIを活用した全国の自治体の事例が集まるポータルサイト「自治体AI活用マガジン」( https://govgov.ai/ )を開設した。現在、横須賀市を含めた11自治体が参加し、成功事例や失敗事例を共有するなど、自治体の枠を超えた情報共有をしている。
「本格的にスタートされている自治体、これから始められる自治体など、これからやりとりをしていきたいと思っています。少しずつ横の連携も広がっているところです」
今、全国でChatGPTの導入事例は増えている。少子高齢化によって人口が減少し、縮小する地方自治体の模索と挑戦が続く。