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折坂悠太×中村佳穂対談。「日本語の歌」の新局面を告げた『平成』『AINOU』から5年、その歌の現在地は

2023年11月01日 19:10  CINRA.NET

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Text by 松永良平
Text by 山元翔一
Text by 池野詩織

いまからちょうど5年前、ほぼ同時期にリリースされた折坂悠太『平成』と中村佳穂『AINOU』。

2023年になって振り返ると、この2作はそれまで各地のインディペンデントな音楽の現場で渦巻いていたものが大きなうねりとなって立ち現れて行く未来を予感させ、日本の新しい「歌」の行方を照らすような作品だったのではないか、ということ思ったりもする(カネコアヤノ『祝祭』もその重要な作品のひとつだと思う)。その当時の静かな興奮をいまでもたまに思い出す。

そんな折坂悠太と中村佳穂の初対談が『FESTIVAL de FRUE』企画で実現。このふたり、本人たちも「真逆」と度々口にするようにステージに立つまでのプロセスや「歌」に対する考え方は大きく異なっている一方で、大事なもの共有しているようでもあった。

個人的だけれど社会的で、だが私小説的ではない——そんなふたりの歌はどのように紡がれているのか。司会・執筆に松永良平を迎え、ふたりのめぐりあいとすれ違い、そしてそこから大事なものが生まれていった記録をここに記す。

左から:中村佳穂、折坂悠太

ーおふたりはそれぞれどれくらい前からお互いの存在を知っていますか?

折坂:私が初めて佳穂さんを認識したのは、たぶん渋谷O-nestで開催された『うたのゆくえ』の東京編(※)です。そのときはまだあんまり共演する人のことを知らなくて、自分のライブが終わって、物販コーナーみたいなところから見えるモニターに佳穂さんのライブが映ってたんです。

「なんだこの人、めっちゃ悔しい」みたいな感覚になりました。当時の私にはまだ、妙に共演者と張り合うような気持ちがあったんです(笑)。

ーそういえばその日、僕もDJでいましたね。翌年の京都編の2日目に、ふたりが出演したときの印象も強いですけど、その1年前にすでに意識していたんですね。

ー中村さんはどうですか?

中村:そのVOXhallでの「重奏」(※)とか、そのあとも何度か見させていただいているんですけど、どのライブが最初かはかわからないです。

だけど、京都ってやっぱ噂が回るの早い。「誰が一等イケてるか」って話をすぐするんですよ、みんな。それも、ネット上の人の話というより「誰かをライブで観た」って前提で喋る人が多い。

折坂:それはすごくありますね。

中村:そんな場で結構「折坂悠太って人、最近よく来るんだけど、なんかすごいかっこよくて」みたいな話をして。何年ぐらい前だろう? 古民家で歌ってらっしゃる動画をその話をしたあとに検索して見た記憶があります。

折坂:それだったら2017年かな。

中村:そうやって実際にライブを拝見する前からお名前は聞いていたんです。なんか「どこでもない」感じの人だなって印象があった。京都の人って感じでもないし、なんかシティの感じでもない。だけど、すごく広い土地を感じさせるような歌を歌ってる人だなって。

中村:その当時から、いつか会いたいと思っていたんですけど、京都の人たちがこの感じで噂するってことはいつか会える可能性はあるなと思ってました。

でも、私としては満を持して会いたい。なぜかそのときはそう思いこんでいて、ちゃんと面と向かって話せる場所というか、共演者がたくさんいるガチャガチャしているところで会うより、何か大事なときに会いたいなって思ってました。

ー出会いを温めようってことですよね。いますぐ会いに行きたいというより、出会うべきときが来るのを待つという。

中村:私、そういう癖がすごくあるんです。つくってもいまの自分では歌えない歌とかもすごくある。いま歌うと若いからダサいなと思って、その曲を出すのを溜めたり、そういう癖があるので。

折坂:へえ、そうなんですね。

中村:自分のなかの「機が熟す」のを待つみたいな感覚なんです。「10組出るイベントで折坂悠太とやりませんか」みたいな話をもらっても、「なんかイマジナリーフレンドが『いまじゃない』って言ってるので、もうちょっとあとでお願いします」みたいな感じで辞退して。避けてるってわけでもなく、機を待って、いつかじっくり会えるといいなっていう意味では何年も気にしてた人だったなって思います。

折坂:私は「この人すごいな」って思ったら、あんまり会いたくなくなっちゃうタチなんですよね(笑)。

中村:ああ(笑)。

折坂:O-nestのときもモニター越しにも何か感じるところがあって、その日は中村さんとは全然喋らずに帰りました。

ーでも、興味深いです。2018年のその時期は、まだ『平成』(2018年10月)や『AINOU』(2018年11月)以前ですよね。ふたりにとって活動の節目になった作品の前にもうすでになんとなく意識しあっていたっていうのはおもしろい。では、本当に出会ったのはいつごろでしょうか?

折坂:奈良のときかな。

中村:そうですね。奈良の「NAOT」という靴屋さんがあって、そこの周年イベントかな(※)。お祝いの日に折坂さんと2組でやっていただけませんかってお誘いをもらって。お店のなかで40人くらいのキャパで抽選に当たったお客さんが来るようなイベントでした。そのときに、ゆっくりお会いした気がします。

折坂:うん、そうだった。

折坂悠太(おりさか ゆうた)
平成元年、鳥取県生まれのシンガーソングライター。2018年10月にリリースした2ndアルバム『平成』が『CDショップ大賞』を受賞するなど各所で高い評価を得る。2021年3月10日、フジテレビ系月曜9時枠ドラマ『監察医朝顔』主題歌を含むミニアルバム『朝顔』をリリース。2023年には音楽活動10周年を迎えた。最新アルバムは2021年10月リリースの『心理』。また、音楽活動のほか書籍の執筆や寄稿も行っている。

ーそれがまさに「機が熟した」感じ?

中村:そうです。

折坂:私もそういう感じだった、たしかに。なんていうのかな、場所も靴屋さんだしね、普通じゃないと思ったし、これはいいなという感じはあった。

中村:うんうん。

ー広い場所で「ついに運命のツーマンが実現する!」みたいなのとは違う、プライベート感に近いノリですもんね。

折坂:そうそう。

中村:たしか、あの日の楽屋には一升瓶が置いてあった。私はそれを飲んでいる人を見守っているみたいな感じで(笑)。

折坂:佳穂さんがいま読んでる本とかを紹介してくれたかな。

中村:そうだった。自分のなかのブームで、持ち歩いてる本を渡したりしてたのよ。

ーおもしろいね、秘密の場所で会いましょうみたいな感じ。

折坂:最後のセッションで何曲かやろうという話が出て、くるりの“ばらの花”をやったの覚えています。

ーYouTubeに残されていますね。

折坂:たぶん全部で3曲やったのかな。

中村:YouTubeにあがってるやつだけすごく記憶に残ってしまっているけど、お互いの曲もやりましたね。

中村佳穂(なかむら かほ)
1992年生まれ、ミュージシャン。20歳から京都にて音楽活動をスタートし、ソロ、デュオ、バンド、様々な形態で、その音楽性を拡張させ続けている。2021年7月に公開された細田守原作、脚本、監督のアニメーション映画『竜とそばかすの姫』の主人公すず/Belle の声、うたを担当し、同年末、millennium parade×Belleとして『第72回NHK紅白歌合戦』に出演。最新アルバムは2022年3月リリースの『NIA』。

ー「初めまして」みたいな会話をすることよりも、舞台上でセッションするほうがわかることってミュージシャン同士だし、きっとありますよね。

中村:そうですね。小さい会場だし、演奏も結構気楽に、リラックスしてできたのがすごく私のなかでは楽しかった。あとは、やっぱり思った以上にお互い違うグルーヴだったのはめちゃくちゃおもしろかったです。一緒に演奏してても「全然合わんじゃん」って(笑)。歌は合ってるかもしれないけど、演奏のグルーヴが全然。

折坂:そうだね。

中村:弾いてるときの間の取り方が違うんですよね。私はなんとなく回転するようなグルーヴで弾く癖があるけど、オリくんはもうちょっと違うグルーヴの感じ方。タメが違うというか。だからタイム感の違う長縄跳びで、お互いジャンプするタイミングを計ってるみたいな感じで。

折坂:ふたりで会話しても割とそういうところがありました。そのときもその楽屋で「今日どんなふうにしましょうか」って話しているときも、なんか全然話が合わなくって(笑)。音楽の共通言語みたいなのが全然ないというか、言葉で「こんな感じでやりましょう」って全然すり合わせられなくて、もうどうにでもなれって感じで本番やったのは覚えてます。

中村:オリくんがどう思ってるかわかんないですけど、本質的にいいと思うものの選ぶセンスは結構私と近いと思うんです。京都のミュージシャンとやってる「重奏」のメンバーも、私が京都でピカイチ好きな人たちを選んでいらっしゃる。

「よくこの私が大好きメンツを!」みたいな驚きのメンツ。そういう「いい」と思う本質的な部分の選び方が近かったり、なんか感動する芯の部分はすごく近い気がする。

折坂:うんうん。

中村:歌に対するすごくコアなところは近いけど、そのあとに付随してくる人生だったり、バイブスの流れが違って。「何を大事にしてるか」とかだと、わかりあえる感じだけど、バイブスとかグルーヴの話になると、「え?」ってなる(笑)。

YouTubeのコメントとかを見ると「最初の2秒ぐらいに鍵盤に指を置きかけて、思い直してマイクを手に取る場面があるよね」ってコメントもあって。たしかに、「これはピアノ弾くとめちゃくちゃになるわ」って思って、序盤で諦めたんです。ここで私が違うグルーヴをぶつけたら、なんか全然歌えない気がした。そういうことは、オリくんに対しては奈良のときから思ってますね。

―ふたりとも自分が相手の受けに回って、とはほとんど考えずに歌い切ってますよね。

折坂:それはお互いにできない気がします。お互いに削っちゃうことはない。そこがね、おもしろいというか。合わないけど、安心していられる感じはあるかもしれないですね。

中村:たしかに歌ってても「譲ってる」って感覚はなかったですね。

中村:それで、しばらくしてオリくんが私に連絡をくださったんです。「中村さんはすごい感覚が違う人なんですけど、話がしたくて」って。

そのとき、新宿のルノアールで落ち合って、選挙の話とかをしたんですけど、「中村さんは遠くで爆発する花火みたい」って言われたの、めっちゃ覚えてる(笑)。

折坂:あー、言ったかもしれない(笑)。

中村:でも、たしかに「なんかわかるなー」って思った。大事なことは一緒なんだけど、お互いに違う部族の長と喋ってるみたいな感覚なんです。

折坂:同じ大陸を生きてはいるけど、違う神様がいるみたいな。やっぱり弾き語りをやっていたころから、部族が違う人同士ががっちゃんこしてやっている場所にヤバさとか、充実感を感じることがあったんです。

そのあと、いろんな界隈とライブをやってきたけど、なんかあんまり「ここにいたい」って場所はそんなになくて。「なるべく自分と遠い人」を欲する感覚が未だにずっとある。そういう意味で、佳穂さんにすごく魅せられるものがあるかな。

―「遠くで爆発する花火」ってすごい比喩です。

折坂:そうですよね(笑)。その新宿の日は、ルノアールで話していても埒があかなくて、そのあと新宿の路上で話し込みました。そのときに音楽の話とかもできたことを覚えていますね。

―その話し合いの夜がモーニング娘。の“ザ☆ピ~ス!”をふたりでカバーしたYouTube動画につながったわけですよね? そういう関係の深まり方はおもしろいですね。

―コロナもあったからあいだが空いたということもあるかもしれないけど、奈良で2019年に共演したんだから一気に仲よくなって、もっと早くに起きていてもおかしくなかった。でも「機が熟す」のが必要だったわけで、そのとき折坂さんのなかで中村さんの存在がすごく残ってつながっていったわけですよね。

中村:まさに「“ザ☆ピ~ス!”やらないですか」って連絡が来たのは、新宿でオリくんと話したあとですね。私が「機が熟す」のを待つのは、知識や技術が追いついてないとアウトプットするときにビビってしまうからなんですよね。「これは大丈夫です」って自信を持って出せるタイミングを待っちゃう。

なのでオリくんが政治のこととかも考えて、ふたりのセッションで何か発表しようって持ちかけてくれた話はすごく嬉しいんだけど、自分のなかですべて腑に落ちた状態でそれが出るかちょっとわからなかった。だから、もう一度会っていろいろ話をしました。

そのときに私の未熟さとかを自分で話しながら理解していって、すごくそれが楽しかったんです。でもオリくんから「そういう考え方を持ってるんだったら、中村さんと共演するのはもう10年ぐらい先がいいんじゃないか」って言われて、寂しくなった(笑)。

折坂:自分で誘っておきながらね(笑)。私はゼロか100かの人間なんで。

中村:「10年も先か、うーん」とか考えてたら、「“ザ☆ピ~ス!”を歌うのってどうですか。あの日、店内で流れててすごくいいなって思ったんですよね」ってまた連絡があって。

私はオリくんを尊敬しているからこそ、機が熟したうえで出したいと思っていたんです。でも「自分の未熟さとかも受け入れながらやる」ということも含めて、ふたりで歌うことも「機が熟してる」ことになるんじゃないかと思えて。だから京都で落ち合い直してあの曲を歌ったことは、すごく覚えてます。

―折坂さんのなかでも「10年後」と一度は言っておきながら、「いや、やっぱりいまだ」と感じる部分が大きかった?

折坂:佳穂さんの「機が熟す」の考え方には、そのときは納得したんです。でも、ふたりの違いがわかってきたからこそ、そのとき私が取り組みたかった選挙へのアクションにすごくつながるなと思ったんですよ。違う人たちが同じものに向かうからこそポジティブなことになる。

「この人、違うんだ。だから、もうちょっと機が熟すのを待とう」じゃなくて、「違うままでいまやる」ってことが自分のやりたかったことにむしろ一番近いんじゃないかって気がしたんです。だから、また再度「やってみませんか」って連絡したのかな。

―そういう関係性のあり方って、いろんな局面であるべきことなんですよね。主張同士をぶつけたら相容れないに決まってる。そうじゃない意味での「機が熟す」を探ってゆく考え方ってすごく重要だなと感じました。

中村:なのでたぶん、本質的なところを違えてはいない。あ、だから最初に一緒に歌ったときと一緒ですね。譲ってるって感覚より、「間合いを取ってる」みたいな感じかもしれない。一番いい距離感を。

中村:「これくらいの距離のほうがよく喋れる」っていうのは、普段からの仲のよさとはあんまり関係ない感じがする。オリくんとはなんかすごく間合いを取りやすくて嬉しいと思います。

―今回この対談は、この11月に開催される『FESTIVAL de FRUE』にまつわる企画でもあります。折坂さんは2020年の初出演以来、数回。今回もエルメート・パスコアールの八戸公演ではソロで出演します。一方、中村さんは今回初出演。すれ違いのようでもあるけど、めぐりあいのようでもあると感じます。

折坂:初めて出た『FRUE』は、コロナ禍だったのもあり「なんかすごい久しぶりに歌った」みたいな感じでしたね(※)。その年の日本勢しか出てなかった感じと、2022年に出た感じと、実はそこまでガラッと変わった印象があんまりなくて。それは考えてみるとおもしろいところだなと思ってます。

折坂:国際色豊かなフェスだから、とかいう理由じゃない「『FRUE』っぽさ」が場所やライブのつくり方にすごく出てるんだなって思い返して感じます。なんかあそこだけよくわかんない国みたいな感じがある(笑)。それはたぶん、お祭りのつくり方にも通じる魅力なんだろうなと思います。

―中村さんは『FRUE』は、これまで気に止めたりしてました?

中村:ずっと前からイベント自体は知っていました。でも、そこも「機が熟す」のをずっと待っていました。

以前から出演の打診をくださっていたし、本当にいいイベントだとは思ってて、ただ失礼な言い方ですけど、ハマりすぎる気がして。自分としては、「その日のベストアクトになりたい」ってのとはちょっと違うけど「一番の思い出になりたい」というのが私にはつねにあって、あと1年くらい待つ気持ちでいたんです。

でも、夏に『FESTIVAL FRUEZINHO』(※)に行かせもらって、アマーロ・フレイタスなど素晴らしいライナップで本当に感動ました。国際的とかそういうことでなく、みんなすごく人間としてチャーミングで気が合いそうな人たちで、根底に音楽が好きな人がたくさんいたのを感じられたんです。

中村:でも一方で「ここで一等賞かぁ」と思って、「あと1年修行がいるな」って気持ちにもなった。それをシンプルに主催の山口さんたちにも伝えたんですよ。「イベントは素晴らしいけど、私としては真剣に考えている分、自分の力がちょっと足りない気がする」って。

そしたら、「中村さんは十分足りていると感じているし、ぜひ出演してほしい」って再度推してくれて。それを話せたことで、自分のなかで腑に落ちる部分がたくさんあったんですよね。それで今回のために、「間違いない」って思う人たちを、集めることにしました。『FRUE』のみなさんと対話することによって、自分のなかの機がいい意味で早まったんですよね。だからいまはめちゃくちゃ楽しみだし、今年の『FRUE』ではすごく自由に歌える気がします。

中村:そういう「ズレ」みたいなものって、オリくんも気にしたりする?

折坂:またこれもまったく違うなと思ったけど、本質的にはもしかしたら似てるのかもしれない。私の場合は、できるだけ理想の活動は「毎年同じことをしたい」なんです。

中村:あー! 全然逆だー!

―それは同じメンツで演奏を研ぎ澄ましていくような意味?

折坂:子どものときからそういうところがあるんです。同じ状況だからこそ、自分がこういうふうに変わったんだとわかるっていう。

要は、私も佳穂さんと同じで変化を楽しみたいんですよ。だけど、そのアプローチがたぶん真逆なんです。私はステージ上での自分の位置や、歌の位置をなるべく定めていきたい。そのなかで、今日の自分や今年の自分が去年に比べてどうなっているかをじっくり見てみたいところがあるのかなと、いま話を聞いていて考えていました。

―たしかに、真逆のようで、そこまで逆でもない気がしてきた。要は自分の芯を据えて変化を見届けるというアプローチは共通というか。

折坂:佳穂さんは、むしろものすごく芯がちゃんとあるからこそ、その発想なのかなって話を聞いて思ったんですよね。私の場合は精神的な芯がどこか弱いんですよ(笑)。すぐフラフラしちゃう。だから、そういうふうに周りを固定することでやっていきたいってところがあるのかな。

中村:オリくんは、舞台上でその人(バンドメンバー)がどういう経過を経てきたかとかもすごく見ているって言ってるよね。そこは私とはすごく違うなって思う。いまの話でもすごく自分の変化のあり方が、内向きというか。同じラインナップで変化を楽しむ、同じラインナップだけど絶対違うってことをわかっていて歌う、ってことでしょ。

折坂:うん、そうですね。

中村:逆に私は、そのときのライブに同じ考えの人を集めたい。ずっと一緒にいる人じゃなくて、いろんなところに点在している「自分のアイデアに一番近い人たち」を星のように選んで集めてるっていう。

中村:なんだろう、私はその星の見つけ方がかなり外向き。でも、オリくんとは結果的に見つけてるものは近い感じがする。

折坂:そうそう、そんな感じです。

折坂:いまのバンドのメンバーとは結構長くやっているんですけど、ずっと見ているからこそ体調とか気分の変化とか、私も含めてみんな波があって、「いまこういう感じなんだ」という感じを、わざわざ話さずとも、何となく感じ取りながらやっている。佳穂さんの言う「自分に近い星」の感じを、私は彼らのなかに毎回見つけていくというか。

普通の友達同士だったら別にバイブスが合わなければその日会わなければいいけど、バンドだとライブがあるし、舞台に出てしまったからにはもうやるしかない。どんなに元気がなかったり、気持ちがざわざわしていても、その日一緒に音を出すしかないし、曲がはじまって終わるごとに音楽家としてピリオドを毎回つけてく。

だからこそうまくいくこともいかないことも同時に起きて、一瞬一瞬のなかに葛藤がある。そういうことがやりたいんだろうなと思っています。

折坂悠太

―「葛藤」というワードに対して中村さんは?

中村:葛藤は本番までなるべく排除しておきますね。私の場合、まずメンバー全員で集まって関係性をつくって、次はひとりずつ個別で3時間会って、「この人は1か月後にもう1回会ったほうがベストかも。でも1回お茶する時間を挟もう」とか、3人で会ったあと「この人は1時間後に呼ぼう」みたいなことするんです。

もちろんそれがベストじゃないこともあると思うけど、私なりにかなり調整をして、その人たちがベストで仲よくなる状況を自分からつくっていく、ってことからはじめるんです。集めてくるのはパワープレイでも、そうやってメンバー同士の調整は本当に繊細にやる。

で、舞台に上がるときはその繊細さを全部オフにして、あとは野となれ山となれと思ってやるんです。もう関係性ができあがっているから、私がどう立ち回って、どうなったとしてもキャッチしてくれる人がいる状態なので、私は自由で、一番傍若無人になれる(笑)。オリくんとは対極にいるなとすごく思いますね。

―違いすぎておもしろいけど、でも別の星の話はしてないっていう印象が結果的にはありますね。

折坂:歌詞に関してはどうですか? 詞を書いてるときに誰かの顔が浮かんでるかとか。

中村:幼稚園からの気質なんですけど、そのときに起きた現象を俯瞰して書く癖がありますね。すべてのシーンにおいて、自分があんまり介在してないかもしれない。だから日記のようではあるんだけど、「こう思った人がいる」って書き方かもしれない。

折坂:なるほど。私も結構近いところがあるかもしれない。個人的なことが一番遠くに届くという感覚が私にはあって。個人的なことが社会的なことになる、というか。なので、自分のプライベートで起きていることを一度置いて音楽をやるのが難しいし、自分の個人的なこととか自分の状態がライブにしても作品にしても乗ってしまうところがある。

でもそのうえで、その個人的なことを私がどう感じたかを歌っているというよりも、みんなに共通する問題か何かがあって、私も自分のなかにある「それ」を見ている感覚でやっているんです。歌を聴いた人が「なんでそのことを知ってるんだろう」と感じるような言葉を何か見つけられたら、と思いながらつくっている。

中村:私、谷川俊太郎の『二十億光年の孤独』(1952年)が好きなんですけど、内省的に考えているときのほうが広がりを感じることがあるんですね。それはオリくんの歌も同じで、「宇宙やん」って思うことがある。

折坂:ありがとうございます。たしかに歌っているときに宇宙っぽいものが生まれるのは、目指しているところではあるんですよね。いまは大きい会場でやらせてもらっているけど、それが長い人生で全然変わっても、音楽の質量というか、その宇宙の質量は、全然真面目に変わらない自信がある。

―おふたりとも「自分をさらけ出してるぜ」みたいな私小説感とは違うわけですよね?

折坂:そうですね。

中村:私もそうです。私は作品づくりにおいて、時代とか流れを見るように心がけているというか。

「なんか数年後にアルバムができる気がする」って思ったら、その数年後先に一番かっこいい音楽をつくってそうな人を探すところからはじめるので、結局どういう曲になるか自分ではまったく想像できないんです。そういう意味だと、私小説的な歌ではないような気もする。

中村佳穂

折坂:そういえば、佳穂さんのレコーディングに行かせてもらったことがあったじゃないですか。

中村:あった、あった。オリくんに完成前の『NIA』(2022年)を聴いてもらって、感想を聞く会があったんです。あのアルバムをつくっていたとき、もうわからなくなりすぎて、なぜかオリくんを呼んだんです。

折坂:そのときにも、すぐ思ったんですよ。歌詞をよく聴くと、佳穂さんが俯瞰で自分を見ている部分は意外と私とも通じるなと。パーティーがあって、あるひと言を言ったらみんなが「それそれ!」って言うかどうか、みたいなところで詞をつくってる感じ。

中村:えー、嬉しい。自分でもどう転ぶかわからないやり方で作品をつくり続けてるし、だからこそ私はいろんな人を引っ張ってきてチューニングを合わせているんです。

あのときも折坂悠太という人の言葉を自分の作品に入れて、自分の心持ちが変われば作品も変わるんじゃないか、みたいなある種、人頼みのところがあったんだと思います。詞の選び方とかもまったく一緒だって思えるぐらい同じ感覚だった。

折坂:レコーディングに行っても絶対できることないと思っていたんですけど(笑)、わからないなりにそのときいろいろ言って。「こういう詞があるんだ」「そっか、わかる。私はこう思う」みたいな感じで話した覚えがありますね。

中村:まだ曲順も悩んでいた時期だったので、オリくんの見方で詞の流れを見てもらって、かなり参考にさせてもらいました。

折坂:口出すだけって楽しいじゃないですか(笑)。自分がつくるのとは違うから。

―でも、しょっちゅう会って毎晩飲み歩いてんだよみたいな仲だったら「レコーディング見に来てよ」って誘うのはあるかもしれないけど、そういう関係性ではないところで中村さんも呼んでるし、折坂さんも出向いているのがおもしろいですよ。

中村:そうですね。

折坂:変な日でしたよね(笑)。

中村:レコーディングメンバーに友達がいるわけでもないのに、突然、折坂悠太のみの試聴会が開かれるっていう(笑)。

折坂:エンジニアさんと中村さんと私だけだったんですよ。私がそのときだけプロデューサーみたいな(笑)。

中村:そう、無理やり聴かせて「どう?」みたいな。

―そんなエピソード初めて知りました。やっぱり、この関係性がおもしろいですよ。そういう意味では「機が熟す」って言葉を何度も使っているけど、何年かに一度そういう「機」が訪れてるわけでしょ? そういう意味ではね、またそのうち「機が熟す」したとき、もっとすごい何かが起こるかもしれない。

中村:オリくんの今後はつねに楽しみで嬉しい存在ですね。よくある言い方になっちゃいますけど、本当に同じ時代に生まれてて、生きてくれて、すごくありがたいなってすごく思います。

支えになるというか、絶対頑張ってることがわかるから。どこか遠い星で「絶対に同じぐらい頑張ってる」と思える人がいるのは人生にとって豊かなことだし、それはすごく嬉しいことなんです。

折坂:遠くで佳穂さんの花火が上がっているのをずっと感じながら、私も頑張ってこの線香花火をなるべく綺麗に感じていたいです。

中村:ははは。でもね、自分が綺麗だと思う瞬間をずっと見てるって、きっとすごい胆力がいるよね。オリくんと共演ってことだったら、いまなら私は全然、明日でもOKです。

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