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イーロン・マスクが目論む「脳内チップで人間をアップデート」。ケロッピー前田が目撃した身体改造の最前線

2023年10月30日 17:10  CINRA.NET

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Text by 岩見旦
Text by ケロッピー前田

AIが人間の知能を超えるシンギュラリティが近づくなか、私たち人類はどのようにアップデートするべきなのだろうか? その答えを探るべく、TBS『クレイジージャーニー』などに出演する「カウンターカルチャーを追う男」ケロッピー前田が、身体改造の最前線をレポート。

イーロン・マスクが設立した脳とコンピュータを接続する企業「ニューラリンク社」の周辺取材、ケロッピー自身も参加した身体改造国際会議『BMXnet Conference』の議論の考察という2つのアプローチから、AI時代の身体改造を考えたい。

時代の寵児となったイーロン・マスクの周囲がますます色めき立っている。去る9月13日には初の公式伝記『イーロン・マスク』(上下巻 ウォルター・アイザックソン著、井口耕二訳、文藝春秋)が世界同時発売となり、それに次ぐように彼が手がける脳内チップ開発ベンチャーのニューラリンク社が初のヒト臨床試験の被験者募集を大々的にアナウンスした。

ついに人間のサイボーグ化を実現する脳デバイスの埋め込み実験がヒトに対して開始されることとなったのだ。

筆者は昨年11月30日、ニューラリンク社の会見イベント『Show and Tell』を取材するためにサンフランシスコを訪れた。Twitter(現X)買収のタイミングと重なったこともあり、セキュリティ上の理由からメディアがイベント会場内に入ることは叶わなかったが、イベント参加者らの取材を通じて、日本のメディアとしては最も現場に肉迫したと自負している。

ニューラリンク社は2016年に創業。2021年に、脳にチップを埋め込んだサルが念ずるだけでピンポンゲームをプレイする実験「マインドポン」を成功させ、昨年の会見イベントでは6か月以内にヒトでの臨床試験に踏み出すことを宣言していた。今年5月25日にFDA(アメリカ食品医薬品局)の承認を得て、脳とコンピュータを接続するというSF映画のようなテクノロジーが一気に現実味を帯びた。

ニューラリンクの革新性を説明すると、コイン大のデバイスにつながれた1,024本の電極を頭蓋骨に開けた穴から脳に縫い付け、その穴をデバイスですっぽり埋めて皮膚で覆い、ワイヤレスで充電も送受信もできるというもの。そればかりか、デバイスの装着は専用手術ロボットを使って15分足らずで行なうことができ、会見イベントでも等身大の人形を使ったデモンストレーションが披露された。

技術的には完成されており、安全性の実証試験と社会的な受容がなされれば、一気に普及させられるというのがアピールポイントだ。

ちなみに、9月19日にアナウンスされたニューラリンク社のヒト臨床試験の被験者募集では、アメリカ在住の成人で、頚髄(けいずい)損傷やALS(筋萎縮性側索硬化症)などの重い障害を抱える方を対象としている。当面は病気や障害の克服のための使用を目指すが、その先には、人工知能が人類を追い越すシンギュラリティの到来を危惧するイーロンが、AIとの共生のために脳とコンピュータを接続することで人間そのものをアップグレードしようという目論見がある。

ここにきてニューラリンクに対する世界的な注目が大きく高まっている理由には、昨年からの生成系AI、ChatGPTの急成長がある。9月18日、イーロン・マスクは米カリフォルニア州のテスラの工場で、イスラエルのネタニヤフ首相と会談した。

メディアではXの反ユダヤ的ヘイトスピーチの投稿について問題にされているが、同時に人工知能の危険性についても話し合われた。Xに投稿された「AI Roundtable」という約60分間のディスカッションでは、OpenAIの共同創立者グレッグ・ブロックマンやMIT(マサチューセッツ工科大学)のマックス・テグマークも加わり、加速するAIの進歩に対して国際的な安全基準をつくることが提案され、あらためてニューラリンクが人類とAIの共生のためのインターフェイスであることが強調された。

イーロンの伝記を執筆したウォルター・アイザックソンは、彼のトラブルメーカーぶりが同時に非凡な才能を爆発させてきたと書いており、短期間でニューラリンクを実用化に導きつつあるのも彼の驚くべき推進力があればこそだろう。

ニューラリンク社に対しては、動物福祉違反の疑惑などさまざまな批判もあるが、昨年の会見でイーロンは「自分が埋め込んでもいい」と断言しており、筆者がニューラリンクに期待を寄せる理由は、彼自身も埋め込むつもりでこの技術を開発していると信じるからなのである。

「最新の話題はサイボーグ、つまり、マイクロチップやマグネット、電子機器などの体内埋め込みだね」。2018年にそう語ってくれたのは、今年ドイツ・ベルリンで行なわれた身体改造国際会議『BMXnet Conference(ボディ・モディフィケーション・エクスチェンジ・ネットワーク・カンファレンス)』(以下、BMXnet)の主催者ステファン・ストレスティックだ。その後、ニューラリンクが大躍進したことはすでに紹介したが、筆者の専門であるカウンターカルチャーとしての身体改造についてはどうだろう。

ここでいう「身体改造」とは、タトゥー、ピアスおよび過激な身体の加工・装飾の総称のこと。英語では「ボディ・モディフィケーション」と呼ばれているが、臓器移植や美容整形を含む「人体改造」と区別して「身体改造」と訳している。

そんなニッチなジャンルで国際会議が成り立つのかと思うかもしれないが、今年の『BMXnet』の参加者は講師やスタッフを含めて600人。ピアッサーやタトゥーアーティスト、業界関係者や研究者を主な対象としており、レクチャーやディスカッションが中心なイベントなため、十分すぎる参加数と言えるだろう。昨年と比べても100人増、そのほとんどは若い世代だという。パンデミックを経て、世界中から身体改造業界のベテランから若い世代までが集まる貴重なチャンスということで筆者も参加することとなった。

先に挙げた主催者ステファンの言葉にある通り、今年で17年目となる『BMXnet』が「身体改造」をテーマとする国際会議として特別なポジションにあるのは、「ボディハッキング」と呼ばれる、マイクロチップやマグネット、電子機器などの体内埋め込みといった新しい身体改造を広くアピールする現場となったからである。

いまでは、人間に埋め込むマイクロチップといえば、個人認証IDとして用いてドアの開閉や車のカギ、書き換え可能なNFCチップなら名刺替わりに使われることを知っている方も多いだろう。またスウェーデンではマイクロチップで電車に乗れるなど、社会的な規模での取り組みも行なわれているが、そのもともとの発端も『BMXnet』であったという。

2013年、アーティストのティム・キャノンがワイヤレスで体温などの身体情報を送信する電子機器「サーカディア」を左の上腕部に埋め込み、DIYサイボーグとして大きくメディアで取り上げられた。その最初の発表の場となったが『BMXnet』であった。埋め込み施術をサポートした身体改造アーティストのスティーブ・ヘイワースは「医療機器でないデバイスを体内に埋め込む最初のケース」と絶賛した。

それは見た目の奇抜さやファッション性よりも機能性や利便性を追求する、まったく新しい身体改造のジャンルが始まるきっかけとなった。ティムは2015年にはLEDが点灯する埋め込み機器「ノーススター」を開発し、彼とその仲間たちがそれを埋め込んだことでふたたびメディアに注目された。

『BMXnet』に始まるボディハッキングのムーブメントは、2015年、ラスベガスで毎年行なわれる国際ハッカー会議『DEFCON(デフコン)』に「バイオハッキング・ヴィレッジ」という部会を立ち上げるかたちで派生し、2017年にはティムら重要人物が登壇した。

また、筆者が2018年にボディハッキングに特化した国際会議『BDYHAX(ボディハックス)』を取材した際、「スマホの次にはマイクロチップの時代が来る」という内容が議論されるほどの盛り上がりをみせた。ボデイハッキングは身体改造カルチャーの枠を超え、未来のテクノロジーと結びついてサイボーグ時代の先駆けになるのではないかと期待された。

2023年9月7日から10日までの4日間、ドイツ・ベルリンにて身体改造国際会議『BMXnet』が開催された。あくまで専門家を対象としたもので、朝から夜までそれぞれのトピックスについてのレクチャーやディスカッションなどが同時進行で行なわれた。

タトゥーやピアスについての技術的なワークショップを伴う講義のほか、身体にフックを貫通して吊り下げるボディサスペンションのデモンストレーションなどもあった。インドの身体改造の歴史、18世紀や19世紀のタトゥーやピアスについてのリサーチなど、ここに来なければ聞けないような貴重な情報満載の講義が続いたが、ボディハッキングに関わる今年の最重要トピックスは「マグネティック・インプラント」についてのものだろう。

最難関と言われる顔面のボディサスペンションのお試し版に挑戦した筆者(上)と体験後(下) (撮影:ケロッピー前田)

マグネティック・インプラントとは、表面をコーティングした強力なネオジム磁石を体内に埋め込むもので、インプラントの開発者スティーブ・ヘイワースが2004年に生み出した。指先などに磁石を埋め込むことで磁界を感じることができるという特殊な身体改造で、マイクロチップと並んで人気があるボディハッキングのひとつである。今回はその開発者であるスティーブ・ヘイワース自らが開発秘話を明かした。

スティーブ・ヘイワース(撮影:ケロッピー前田)

スティーブによれば、以前から考えていたアイデアは、磁石を埋め込むことでバンドなしで腕に時計を張りつけたり、つるのないサングラスを顔に固定したりするというものだった。実際につくってみると、時計と磁石に挟まれた皮膚は痛みを伴い、ずっとそのままにしておくと皮膚の変色などの問題が予想された。目の周囲に磁石を埋め込んでゴーグルを固定しようというアイデアは実現されずに終わった。

そこにトッド・ハフマンという人物が現れる。ある人が事故で指先に小さな金属片が刺さったら、磁界を感じるようになったという話を耳にし、彼はそれを試してみたいというのだ。すぐさま試してみるとトッドは磁界を感じる体験をした。体内に埋め込んだ磁石は電磁界に接触するとそれ自体が小刻みに振動する。体内に埋め込んでいるとその振動は「触感」として、つまり「磁界を触ったように」感じるのだ。スティーブも同様のものを自らに埋め込んで磁界を感じた。すぐに同様の試みの志願者たちが現れたが、指先ということもあって、磁石のコーティングの仕方や埋め込むときの場所などさまざまな試行錯誤が行なわれ、いまでは誰でも磁界を感じる感覚を手に入れられるようになった。

ちなみに指先に磁石を埋め込むアイデアを思いついたトッド・ハフマンは、ニューロサイエンス(神経科学)を大学で学び、遺体を冷凍保存して未来に蘇生しようという「クライオニクス」の先駆けであるアルコー延命財団に研究者として2年間勤めた。その後、彼は頭部だけを冷凍して保存している人たちを蘇生するため、脳のデータをコンピュータ上にアップロードする技術「ブレイン・エミュレーション」の第一人者として知られるようになった。脳の研究と身体改造の意外な接点がここにもあることには驚かされる。

4日間の会議の最終講義の枠で、筆者は「日本の身体改造30年史」について講演するチャンスを得た。1990年代に始まるタトゥーやピアスの流行から、縄文時代のタトゥー、サイバーパンクのアイデアは日本で始まった話まで、新刊のバイリンガル本『モディファイド・フューチャー』(ケロッピー前田著、フューチャーワークス)に書いたことを英語で約90分間スピーチした。そして、もちろんニューラリンク社の現地取材に挑んだことも説明した。

ニューラリンクの実用化まで少なくとも5年間はかかるだろう。そのあいだにも新しい身体改造はあらゆるかたちで登場してくることになるのだろう。これからも身体改造国際会議『BMXnet』の動向から目が離せない。