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昭和の働き方の象徴「年収の壁」をなぜ崩せないのか 政府は新支援策で「働いたら損」を解消したけど…

2023年10月29日 10:01  弁護士ドットコム

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物価高騰が続く中、生活が苦しくならないようにするには年収の増加が求められています。政府もこれを後押しするため最低賃金の引上げを行うなどの対応をしています。ところが、時給を上げても「年収の壁」があるため、労働時間を減らすなどして年収が上がらないようにする動きがあります。


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ただでさえ、人手不足で大変な状況なのに、最低賃金を上げたことでパートやアルバイトの人に働いてもらえる時間が少なくなるという悪循環に陥っています。そこで、政府は、2023年10月から、扶養されている人が「年収の壁」を超えて働いても損をしないように、「年収の壁・支援パッケージ」をスタートしました。



「年収の壁・支援パッケージ」とはどのようなものなのでしょうか。また、そもそも「年収の壁」は壊すことができないのかについて考察したいと思います。(ライター・岩下爽)



●壁を超えて働くと、損をしてしまう仕組み

年収の壁には、一定金額を超えると税金が課税されるという「税金の壁」と、一定金額を超えると社会保険料の負担が発生するという「社会保険の壁」があります。今回導入される「年収の壁・支援パッケージ」は社会保険の壁を緩和するためのものです。



(1)「社会保険の壁」の内容



一定の規模以上の会社で働いている場合、106万円以上の収入があると社会保険(健康保険、厚生年金)の保険料の負担が発生します。これが「106万円の壁」です。また、サラリーマンの配偶者など厚生年金や健康保険の被保険者に扶養されている人は、年金や健康保険の保険料を納付する必要はありません。この扶養に入れる限度額が130万円です。これが「130万円の壁」です。



年収の壁は、年収の額が一定額を超えると損をするという制度設計になっていることに問題があります。つまり、106万円や130万円という年収の額を基準に保険料が免除されるかどうかが決まるため、この額を超えないように働かなければなりません。



なぜ、このような金額が設定されているかは明らかではありませんが、収入が少ない人の負担を軽減するための措置なので、これまでは肯定的に捉えられてきました。しかし、共働き世帯が増え、パートやアルバイトをする人が増えるようになると、「年収の壁」による制約が顕著に表れるようになりました。



企業は働いて欲しいと思っていて、労働者も働きたいと思っているのに、働き過ぎると社会保険料の負担が発生するため労働を制限せざるを得ないというのは不合理としか言いようがありません。



●少数派である専業主婦の優遇は時代にそぐわない

日本では、「夫は外で働き、妻は専業主婦として家庭を守り、子どもは2人」というのをモデルケースにして制度設計がなされてきました。そのため、専業主婦を優遇する措置が多くあります。



しかし、かつてはGDPの額がアメリカに次ぎ日本は世界第2位でしたが、2010に中国に抜かれ3位になり、2023年にはドイツにも抜かれ4位に転落すると見込まれています 。円安や物価高も急激に進み、夫の収入だけでは生活ができず、妻が働かざるを得ない状況になってきています。



もちろん、男女雇用機会均等法の施行により「女性の社会進出」が増えたということもありますが、その多くは生活が苦しいから女性も働かざるを得ないというものであり、富裕層の家庭ほど専業主婦が多いのが現状です。つまり、少数派である専業主婦を優遇するということ自体が時代にそぐわないものになってきているということです。



●「年収の壁・支援強化パッケージ」の内容

このようなことから、政府は、企業への助成「キャリアアップ助成金」を使うことで「年収の壁」による労働時間の抑制に対処することにしました。この助成金は、年収の壁を超えたときに、手取りが減った分を企業が補填した場合、国が助成金を支給するというものです。具体的には次のような内容になっています 。



(1)「106万円の壁」への対応



厚生年金や健康保険に加入した場合に手取り収入を減らさないために、労働者1人当たり最大50万円を支援するというものです。たとえば、年収104万円だった人が、年収106万円になることによって、社会保険料が16万円発生した場合、手取りは106万円-16万円=90万円になってしまいます。そこで、社会保険料相当額16万円を国が助成し、企業がその16万円を労働者に支払うことで手取りを106万円にするというものです。



(2)「130万円の壁」への対応



繁忙期に労働時間を延ばすなどして収入が一時的に上がったとしても、事業主がその旨を証明した場合には扶養として社会保険料を引き続き免除できるようにするというものです。事業主が一時的な賃金増加であると証明書を交付するだけで、基準額を超えているにもかかわらず扶養の地位を認めるということで、お金を掛けずに「年収の壁」による制限を回避できるのが大きな特徴です。



●時限的な措置なので根本的な解決にはならない

「年収の壁・支援強化パッケージ」は、「年収の壁」付近の収入で働いている人が一時的な収入アップによって実質的に損をしないようにするという点はある程度機能するかもしれません。しかし、あくまで時限的な措置なので、根本的な解決にはなりません。



根本的な解決をするためには、社会保険料の扶養による免除をなくすことが必要だと考えます。そもそも、扶養で社会保険料の免除が受けられるのは、いわゆるサラリーマンの配偶者に限られています。自営業者の配偶者は専業主婦(夫)であっても国民健康保険料や国民年金の保険料を払わなければなりません。



つまり、同じ専業主婦(夫)であっても、サラリーマン家庭ならば保険料が無料なのに対し、自営業者の場合には保険料を払わなければならないという不平等な制度になっています。



「年収の壁」を排除するためには、全員が平等に保険料を払うようにすることが必要です。ただ、このような主張をすると、「収入がないのに保険料は払えない」や「弱い者いじめだ」などの反論が返ってきます。



しかし、それは自営業者の配偶者も同じことです。自営業者の配偶者は収入がなくても保険料を払えるということはないはずです。保健医療や年金という利益を受ける以上、保険料を負担するのは当然のことです。扶養義務者が家事という形で受益を受けているのであれば、扶養義務者が配偶者の保険料を負担することは何ら不合理ではありません。



ちなみに、経済的に保険料の負担が厳しい場合には、「保険料免除制度」というのがあります。もし、保険料の支払いが難しいという場合には、この制度を利用して保険料の負担を回避することができます。



なお、国民年金については保険料が定額ですが、健康保険については報酬に比例するので、収入が少ない場合には保険料も少なくなります。106万円や130万円という金額を気にして働くのではなく、働きたいだけ働けるような環境を作ることが大事です。



ただ、所得が少ない人に社会保険料の負担を求めることは、痛みを伴う改革なので、国民からの反発が予想されます。そのため、政治家は誰も抜本的な解決を図ろうとはしません。選挙対策として耳触りの良い「助成金」や「減税」は打ち出すものの、批判を受けるだけで自分らにメリットがない社会保険の改革には手をつけないというのが多くの政治家の考えです。したがって、今後も社会保険の抜本的な改正は期待できず、「年収の壁」を壊すことはできないでしょう。