トップへ

『ブラック・ジャック』超重要な伏線は後付けだった? 髪の色が白黒になった当初の理由

2023年10月29日 07:00  リアルサウンド

リアルサウンド

ブラック・ジャック ミッシング・ピーシズ (立東舎)

■連載50年、人気が衰えない『ブラック・ジャック』


  2023年は、手塚治虫の漫画『ブラック・ジャック』の連載が開始して50年という節目である。手塚治虫の少年漫画における最大のヒット作であるとともに、医療漫画という分野を確立した。現在に至るまで、医療漫画の最高峰に君臨し続けていることは間違いないであろう。


(参考:【写真】ブラック・ジャック展の展示風景や魅力的なグッズをみる" )


  六本木ヒルズにある東京シティービューで、「手塚治虫 ブラック・ジャック展」が開催されている。記者も先日行ってきた。来場した人はわかると思うが、とにかく原画の数が非常に多く、丁寧に見たら2~3時間あっても足りないくらいである。久しぶりに見ごたえのある原画展という印象を受けた。無免許のアウトローな医者ブラック・ジャックが、世代を超えて愛される理由は一体どこにあるのだろうか。


  まず、1話完結のスタイルなので、どの巻からでも読みやすいということにある。手塚治虫らしくキャラクターがしっかり立っているので、ブラック・ジャックが医者であるという基本設定さえわかっていれば、サクサクと読める。こうした部分は、手塚治虫のキャラ作り、ストーリー作りの巧さが発揮されているといえよう。そして1巻の中に重い話からギャグ中心の話まで様々な物語が詰まっているため、飽きずに読める。


  そして、これが重要なのであるが、医療的な知識がなくても読みこなせる医療漫画なのである。近年の医療漫画は医者や学者の監修を受けている例が多く、専門性が高くなりすぎである。医療技術を正確に描こうとするあまり、ストーリーに制約が生まれているように思う。手術のシーンにページが割かれ、病院内の人間ドラマばかりが描写されると、なかなかとっつきにくい。


 『ブラック・ジャック』は医者という職業を扱っているものの、フィクションを大幅に取り入れ、架空の病気もたくさん登場する。コンピューターを治す話もあれば、宇宙人を手術する話もある。細かい治療方法も正確とは言い難いものも多いが、これこそが漫画ならではの面白さではないだろうか。


■医療技術の紹介ではなく物語性を追求


  近年、医療に限らず、職業を扱った漫画の専門性が上がりすぎている。そして、内容に少しでも間違いや不正確な部分があるだけで、SNSで炎上している例を見かける。例えば歴史漫画だと、着物の帯の描写が間違っていたり、その時代に存在しない風習を描いたりしただけで、すぐに“着物警察”や“歴史警察”のような人物が現れて、漫画家を非難する例が目立つ。


  医療漫画など、現在の多数派の意見と異なる見解を描こうものなら大変だ。「医療デマを流している」などと糾弾されるであろう。そのため、編集者も漫画家も綿密な取材が求められるし、万が一の事態に備え、監修者を立てることも多くなる。これでは表現の自由が大幅に狭まってしまう。漫画なんだからフィクションや間違いがあったっていいじゃないかと思うのだが、どうも漫画と現実の区別がつかない人が多いようである。


  もっとも、手塚治虫も『ブラック・ジャック』の連載中は医療関係者からの抗議に悩まされた。問題ある描写を行って謝罪したこともある。可能な限り正確な描写を求める傾向は今も昔も変わらないが、今はSNSの存在ゆえ、かつてより余計に炎上しそうだ。記者は表現の自由を妨げているのは、漫画に謎の正確さを求める人々の声だと思っているが、とにかく医療漫画を描くハードルが上がっていることを思うと、『ブラック・ジャック』はSNS全盛の現代では生まれなかった作品と思う。


 『ブラック・ジャック』は医療技術の宣伝ではなく、あくまでも物語性を重視し、漫画らしい表現を重視し、追求した漫画である。医療“漫画”の金字塔といわれるのは、そうした理由にもよるのではないだろうか。


■通好みの楽しみ方ができる稀有な作品


  また、『ブラック・ジャック』は、未だに様々な形で新刊が発売される稀有な漫画でもある。雑誌連載のオリジナル版と単行本版を比較して読める『ブラック・ジャック ミッシング・ピーシズ』が、11月20日に立東舎から発売される。手塚は単行本化の際に大きく加筆修正する漫画家であるため、雑誌と単行本で細部が異なる箇所が多いのだ。エンディングがまったく別物になることは手塚ではよくあることだが(『火の鳥』などの代表作でも多々ある)、『ブラック・ジャック』にもそうした話が存在する。


  さらに、『ブラック・ジャック』には諸般の事情で、未だに単行本に収録されていない話もある。医療関係者から抗議を受けた「快楽の座」の話がそれだが、掲載されている「週刊少年チャンピオン」は「まんだらけ」などの古書店で10万円前後の値が付くなど、プレミア化している。こうした雑誌を蒐集し、全話を読もうとする人は少なくないのだ。そうした通好みの楽しみ方ができる点も、熱狂的なファンが多い要因なのかもしれない。


(文=山内貴範)