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「ライドシェアは結局、儲かる都会に流れてくる」交通環境の悪化に懸念の声 都内で反対集会

2023年10月25日 14:51  弁護士ドットコム

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一般のドライバーが自家用車を使って乗客を運ぶ「ライドシェア」。タクシー不足を背景に岸田文雄首相が10月23日の所信表明演説で検討を表明したが、実現には課題も山積している。10月24日に国会で開かれた集会では、交通渋滞の深刻化や運転手の労働環境悪化など、反対意見が相次いだ。(牧内昇平)


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●「ライドシェア企業はディスラプター(破壊者)だ」

ライドシェアとは、タクシーやバスの運転手のように「第二種運転免許」を持たない一般のドライバーが自家用車を使って乗客を運び、料金をもらうビジネスのこと。現在は過疎地の一部を除いて「白タク行為」として禁止されているが、タクシー不足が深刻化しているのを受け、岸田文雄首相は10月23日の所信表明演説で「ライドシェア解禁」を検討すると表明した。



「地域交通の担い手不足や、移動の足の不足といった、深刻な社会問題に対応しつつ、ライドシェアの課題に取り組んでまいります」(岸田首相による臨時国会所信表明演説)



一方、ライドシェアの拙速な導入には反対意見も湧きおこっている。米ウーバーなどITプラットフォーム企業が海外で展開してきた同ビジネスではさまざまな問題が生じているからだ。首相の演説から一夜明けた10月24日、東京・永田町の衆議院第一議員会館では導入に反対する市民グループ「交通の安全と労働を考える市民会議」が集会を行った。



初めに登壇したのは国際運輸労連の浦田誠政策部長だ。世界各国の交通運輸産業に詳しい浦田氏は、ウーバーなどライドシェア企業が米国では「ディスラプター(破壊者)」と呼ばれていることを紹介した。



「ライドシェア企業は『マッチングサービス』と称し、運賃やエリアごとの台車数など運輸業の規制に従わず、タクシー業界に殴り込みをかけてきました。こうした不公平な競争のもと、米国のタクシー業者は壊滅的な打撃を受けました」





こうしたライドシェア企業の振る舞いは一見、利用者にとっては価格や利便性の面でメリットが多いように思える。しかし実は多岐に渡る問題が隠れていると、浦田氏は海外の事例を基に指摘する。



「タクシーより運賃が安いのは、ライドシェア各社が赤字覚悟でタクシーより低い運賃を設定しているからです。しかしその運賃は需要と供給の変動で何倍にも跳ね上がります。ハリケーンや大雪、あるいはテロが発生した時にも値上げが起こります」



「ライドシェアを呼べばすぐ来るのは当然です。タクシーに比べてものすごい台数が運行しているからです。こうした不公平競争は、交通渋滞の悪化、公共交通の利用者減という問題を引き起こします」



渋滞などと共に心配されているのが、事故や運転手による犯罪の増加だ。日本のタクシーの場合、事業者が運行管理や車両整備などに責任を負っている。しかしライドシェアの場合それらが手薄になるという懸念がある。国土交通省もこの点を認識している。



<日本のタクシーと米国の主要ライドシェア企業の比較として、輸送回数では、日本のタクシー約5.6億回、米国主要ライドシェア企業が約6.5億回と、おおむね似たような数字となっておりますが、例えば、令和2年における交通事故死者数につきましては、日本のタクシーで16人、米国の主要ライドシェア企業では42人、身体的暴行による死者数につきましては、日本のタクシーにおいてはゼロ、それに対し、米国の主要ライドシェア企業では11名、性的暴行件数につきましては、日本のタクシーでは19件、米国ライドシェア企業におきましては998件となっております>(3月22日、衆院国土交通委員会での堀内丈太郎・国交省自動車局長(当時)の答弁)



浦田氏はこう指摘する。



「ウーバーには運転手の評価制度があり、これによって悪い運転手は淘汰されていくとしていますが、米サンディエゴでは34件の婦女暴行事件をくりかえしたウーバー運転手もいました。このシステムが本当に機能しているかは疑問です。様々な事実を突き合わせるとライドシェア解禁の主張には大きな疑問符がつきます。ライドシェアは悪貨が良貨を駆逐するビジネスモデルと言えるでしょう」



●「運転手が労働者として保護されない」

日本労働弁護団に所属する木下徹郎弁護士は、ライドシェアの運転手たちが個人事業主として扱われる危険性を指摘した。



「日本国内の労働者は労働基準法などの様々な法令に守られています。しかし、労働者と扱われない就労者にはこれらの保護がおよびません。では、ライドシェアの運転手は果たして本当に個人事業主なのでしょうか。運転手はアプリを通じて客を乗せるように指示されており、『労働者性』を帯びていると言うべきです。海外では、ウーバーとの裁判で運転手を労働者だと判断している判決が複数出ています。本来は労働者なのに、プラットフォーム企業が一方的に個人事業主として扱っているだけです」





個人事業主として扱われるとどうなるのか。国際運輸労連の浦田氏によると、米国などのライドシェア運転手は賃金や年休が保証されていない。燃料費も自己負担の上、労働条件の不利益変更があっても会社側は団体交渉に応じない。事業が軌道に乗り始めたら収入を減らされるという運転手の声が相次ぎ、米ニューヨークでは2016年、運転手の85%の手取り収入が最低賃金以下だった。一方的に解雇に似た扱いを受けた例も多く報告されているという。



木下弁護士によると、日本で海外のようなライドシェアが始まった場合、運転手が裁判を起こして労働者として認めさせる選択肢はある。しかし、司法判断が出るには時間がかかり、それまでのあいだ運転手たちは法的な保護を受けられない状態になってしまう。



木下氏は、「大きく言えば、ライドシェアは労働者保護のあり方に対する挑戦です」と指摘した。



●「タクシーは公益性を担っている」

桜美林大学の戸崎肇教授(交通政策)は、現在のタクシー不足を課題山積のライドシェアで補おうとすることに警鐘を鳴らした。



「今日、タクシーの公共性はますます高まっています。高齢化が進み、バスや鉄道などの公共交通がどんどん廃れていますが、それを支えているのはタクシーです」





戸崎氏が警戒しているのは、ライドシェア産業が「クリーム・スキミング」になるのではないかという点だ。「クリーム・スキミング」とは、「牛乳から、おいしくて高価なクリーム部分だけをすくい取る」という意味。転じて、ある分野で利潤の多い部分にのみビジネスを展開することを言い表す。収益性の低い昼間の運行が敬遠され、深夜早朝帯にのみ供給が集中する可能性があるということだ。



「ライドシェア企業が入ってくれば、当然儲かる時間しかやらないでしょう。現状のタクシーは、儲かる時間帯の原資を持って儲からない時間帯も運行しています。私たちはサービスの安定的な供給に意を注いでいるでしょうか? また、地方はどうなるでしょうか? はじめは地方にも入るかもしませんが、最終的には儲かる都会に入っていくでしょう。タクシーは公益性を担っています。それに対してライドシェアが24時間の供給、高齢化・過疎化を支えることができるのか。政府はそれを確かめた上で判断すべきです」



10月24日の集会では現役のタクシー運転手もマイクをにぎった。全国自動車交通労働組合神奈川地方連合会の佐藤秀幸副委員長は、横浜市内を中心に乗務しているという。佐藤氏は開口一番、「タクシー不足なのでライドシェア解禁というのは、あまりにも短絡的で根本の問題解決には至らない愚策です」と指摘した。



「タクシーはあります。神奈川県にも約1万台あります。それを動かす乗務員が不足しているだけです。その乗務員も現在、少しずつ増えつつあります。ライドシェア解禁の前に、稼働しているタクシーのやりくり、営業区域の見直しや運転手の働き方の見直しなどを業界全体で考えるべきです。(ライドシェアを検討している)神奈川県ではライドシェアの車の管理をタクシー会社が行ってくださいとのことでした。『だったらうちの乗務員になれ』というのが会社の本音だと思います。台風、大雪などで鉄道やバスなどの公共交通機関が止まるなか、タクシーだけは最後まで稼働し続けてきました。ライドシェアがやろうとしていることでタクシーにできないことはないと確信しています」





●「ライドシェアとタクシーは共存共栄できない」

労働組合「ウーバーイーツユニオン」の立ち上げに携わった川上資人弁護士はこう語った。



「タクシーは運行管理者や整備士を置き、安全管理のためにコストをかけています。運転手もプロで、研修を受け、経験も積んでいます。それらを一切行わないライドシェアが同じ市場で競争したら共存共栄できるわけがありません。ニューヨークでは2017年12月から18年2月の3カ月でタクシー運転手が6人連続で自殺したんです。ライドシェアを解禁したら、東京もこういう状況になってしまいます」





岸田政権が進めようとしている「日本版ライドシェア」にはまだ輪郭がはっきりとしない部分も多い。今後の国会などでの議論が注目される。