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「末期がんはパワーワード」叶井俊太郎、最後に語る家族や仕事、書籍への思い「くらたまのあとがきは笑えない。だけど、良い文だよね」

2023年10月25日 12:01  リアルサウンド

リアルサウンド

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  2023年10月、ステージ4の末期の膵臓がんを患っていると告白したのが、映画プロデューサーの叶井俊太郎氏である。叶井氏ほど波乱万丈という言葉が似合う人も珍しいだろう。豊富な女性経験の豪傑として知られ、私生活では3度の離婚を経験。2009年7月に4度目の結婚で漫画家の倉田真由美氏と結婚し現在に至る。


(参考:【写真】インタビュー取材に応じる叶井俊太郎氏の姿" )


  仕事でも数々の伝説を残している。2001年に『アメリ』をヒットさせたのち、映画配給会社を立ち上げ、『日本以外全部沈没』などの数々の映画をプロデュースしていくが、破産も経験。2019年にサイゾーに転職後、同社の映画配給レーベルで宣伝プロデューサーを務めている。


   そんな叶井氏は、膵臓がんの宣告を受けても、「人生、特に未練がない」と語る。抗がん剤などの標準的ながん治療を受けることなく、今後公開される映画のプロデュースに一心不乱に打ち込む日々を送る。


 リアルサウンドブックでは、『エンドロール! 末期がんになった叶井俊太郎と、文化人15人の〝余命半年〟論』を発表した叶井氏に単独インタビューを行った。末期がん患者が15人の旧友や知人、識者と対談する前代未聞の本だが、「この本が制作できたのも末期がんのおかげ」と、叶井氏が常にポジティブだったのが印象的であった。


■膵臓がんの宣告を受けて感じたことは


――叶井さんは2022年6月に膵臓がんの宣告を受け、医師からは余命半年と伝えられたそうですね。自分ががんだとわかった瞬間、狼狽する人は少なくありません。しかし、叶井さんは悲しい気持ちにならなかったそうですが。


叶井:まったくならなかったですね。そもそも、この世に未練がないので(笑)。むしろ、早く死にたいと思っていたから、先生にも「半年で本当に死ねるんですね?」と念を押したくらい。くらたま(妻の倉田真由美氏)は泣いて落ち込んでいましたが、俺は半年という期限があるならそれに合わせて仕事を頑張ろうと思ったからね。


――余命宣告を受けてから、身の回りのことを見つめ直す時間もあったと思いますが、やりたいことは「仕事」だったそうですね。


叶井:周りからは、仕事を辞めて、旅行とか好きなことをやれと言われたけれど、のほほんとするよりも俺には仕事の方が面白いし、他にやりたいことがなかったんですよ。だったらもう仕事に集中しようと。映画の公開スケジュールは先まで決まっているし、それに向けた準備をできるところまでやろうと決めました。強いて言えば、これから作る映画のエンドロールに「叶井俊太郎に捧ぐ」と入れて欲しいなとは思いましたが。


――がんになったことを娘さんにもお伝えしたそうですが、叶井さんが「死ぬのは怖くない」と言ったら、娘さんの発言は「だったらよかった!」だったとか。


叶井:娘は俺のことを、末期がん患者として見ていないのかもしれない。昨日なんか、ハロウィンでセクシー警官のコスプレをやりたいから、ドンキで衣装を買うので1万円くれと言われたんだよ。さらに、来週は友達とディズニーランドに行くらしいんだけれど、入場料が値上げしたから2万円必要だと言うんですね。俺、末期がんなのに娘に短期間で合計3万円もとられたの。周りの友達関係、金持ちすぎないかと思ったけれどさ。


――ははは。普段通りの日常が続いているんですね。


叶井:普段通りというか、普段よりも金を使ってるよね(笑)。娘は彼氏もできたみたいだし、部活も忙しいし、友達と遊んでいるし、親の病気なんか関係ないんじゃないですか。


――でも、叶井さんは「子育てブログ」をサイゾーウーマンで連載されていたりと、だいぶ子煩悩という印象を持っていました。


叶井:小さい頃はよく一緒にいて、いろんなところに連れて行きましたよ。でも、もう中2だしさ、子育ては終わってるでしょ。自由に生きろ、ですよ。昔からとやかく言うようなことはなかったしさ。俺の病気で悲しんで落ち込むよりも、娘には好きなように生きてくれているほうが良いと思いますね。


■本を出そうと思ったきっかけは


――『エンドロール! 末期がんになった叶井俊太郎と、文化人15人の〝余命半年〟論』では15人の著名人と対談されています。企画を思いついたきっかけを教えてください。


叶井:サイゾーの揖斐憲社長のアイディアですよ。最初はがんの闘病日記を出そうと思ったんですが、内容が重くなりそうじゃない? でも、対談であれば面白くできそうだなと。俺が付き合いがあって、一般の人でもわかる人をリストアップしたのが、今回の対談相手の15人。マニアックな人からメジャーな人まで、幅広い人脈があって良かったです。


――15人は、叶井さんが今だからこそ会っておきたい人だったのではないですか。


叶井:そうだね。死ぬ前に会っておきたい人たちだし、人生を振り返るいい機会になったかもしれないな。中には10年以上会っていなくて、改めて2人で話してみたいと思った人もいます。Kダブシャインなんて、学生の頃から知っているけど、誰だか忘れかけていたけどね(笑)。


――対談ページの扉には、各対談相手が「余命半年と宣告されたら……」という質問の回答が、それぞれ異なっていて面白いです。その人の生き様や死生観を表しているように思いました。


叶井:敢えて何もしないという人が多いよね。やっぱり自分と感性が似ているなと思ったよ。実際、死ぬまでにしたい趣味や娯楽なんて、そんなにないもん。敢えて仕事をリタイアして、趣味に集中するようなタイプは周りにいないですね。


――特に印象深かった方は誰ですか。


叶井:全員面白かったけれど、スタジオジブリの鈴木敏夫さんは、よく対談してくれたなと思いますよ。がんで余命1年と宣告された徳間書店の徳間康快社長が、がんを克服するために猿の脳みそを食べていた話とか、社員は聞いて驚くんじゃないかな。俺、宮﨑駿監督とも何度か食事に行ったこともあるんだけれど、ジブリのエピソードも面白かったですね。宮﨑監督はタバコを吸うから、鈴木さんは海外で喫煙所を探す苦労が多かったとか。あ、鈴木さんには次のジブリの新作の話も聞いたけれど、あんまりしてくれないね(笑)。


■結婚生活はなぜこんなに続いた?


――エッセイストで小説家の中村うさぎさんは、叶井さんが倉田さんと出会うきっかけをつくってくれた方だそうですね。


叶井:はい。くらたまを紹介してくれたのはうさぎさんです。食事の時に、これからくらたまを連れていくからと言われて、対面したのがきっかけ。だから、うさぎさんには感謝していますね。対談中も、ずーっとうさぎさんは喋り続けていたね。彼女も病気で死の淵を彷徨っていた時期があったし、今はもう人生に未練がないと言っていたので、そのへんは俺と気が合うのかもしれない。


――中村さんは、「結婚生活は絶対に続かないと思った」とおっしゃっていますね。しかし、叶井さんの4度目の結婚生活は、なんと15年も続いています。


叶井:以前から、すぐ離婚するんじゃないと、ずっと言われ続けていましたね(笑)。ここまで続いたのが自分でも驚きです。長続きした理由を考えてみると、はじめて出会った時、俺、くらたまと同じ本を結構持っていたんですよ。中瀬ゆかりさんと岩井志麻子さんとの対談でも話したけれど、犯罪もの、自殺のエピソードなどの興味の対象が近くて、くらたまと会うと1日中話すこともあったな。


――持っていた本の分野が似ていたということですか。


叶井:そうそう。あんまり本ってバッティングしないじゃないですか。実際、ないでしょ? だから珍しかったんだと思う。あと、子どもが生まれたのは、結婚生活が続いた理由として大きいよね。子育てという共同作業を一緒にやったのは良かったと思います。


――あとがきに、倉田さんからのメッセージも載っています。読み終えて感想は。


叶井:真面目な文章だったね(笑)。本人には「笑えないよ!」と言ったけど、彼女の心境はああいう感じなんでしょうね。でも、みんなが絶賛しているなら、よかったと思いました。ただ、「あとがきはちゃんと原稿料出るんでしょうね?」と突っ込まれたよ(笑)。俺もサイゾーの社員だし、揖斐社長に言いにくいから、「タダかもしれないよ」と言ったら、「そりゃそうだよね……」としょげていました。だから、くらたまは内容より原稿料を気にしていたと言っておきます(笑)。でも、そこはまあ、気にするよね。プロの書き手で、原稿で食っている人だから。


――倉田さんから、サイゾーに請求書は届いているそうです。


叶井:早いね(笑)。いい文章書いて褒められた私はタダなのに、あなたは印税貰ってずるいと言われたら俺も嫌だから、原稿料が出るのはいいことですよ。あ、俺の印税は、社員だからどうなるのかわからないけれど、くらたまのおかげでニュースになって、Amazonで結構予約が入っているみたいだよね。


■最大の未練は漫画の続きが読めなくなること


――それにしても、叶井さんは末期がんなのに元気溌剌に見えます。その辺を歩いている人より元気というか……


叶井:そうは言うけれど、実際は体調は良くないんだよね。本当は末期がんの人は、インタビューなんて受けちゃいけないんだよ。だって、病気なんだから! 余命半年と言われて、1年半過ぎているから、もうそろそろ……じゃないかな? 最近はがんが大きくなって臓器を圧迫し、食事が思うように取れなくなった。胃を半分に切って食道と小腸を結ぶ手術をしたから20~30kgくらい痩せたんですよ。だから、常に体調は悪いよね。食事も1人前は無理で、お粥くらいしか食べれないし、集中力もなくなっている。でも、今のところは仕事に大きな支障は出ていないかな。


――今、叶井さんが力を入れて取り組んでいる仕事は何でしょうか。


叶井:映画『ホラー版花咲かじいさん』と『ホラー版桃太郎』は、プロデューサーとしてお金集めもやっているので、成功させたいと思います。末期がんの方が、逆に仕事がやりやすいんですよ。監督を含む周りの人も俺が末期がんと知ったうえで仕事をしているから、何かと気を使ってくれるし。普通は断られるようなお願いごとも、「叶井も死んじゃうからなあ」と言って優先してもらえるから、スムーズに進んでいます。


――2~3倍速で仕事が進んでいる感じですかね。


叶井:ありがたいことに、来年の8~9月まで上映スケジュールが決まっていますよ。その頃には俺は生きていないと思うけれどね(笑)。仕事をしていて、末期がんは仕事に使える“パワーワード”だと思ったよ。ある女性に「最後のお相手をして欲しい」なんて話したら、相手は「私でいいの?」と言ってくれたりさ。こっちはもう性欲がないからギャグで言っているだけなんだけれど(笑)、いろんな面で融通が利くし、お願いごとはすべて通ると思う。明日死んでもおかしくないと言ったら、すぐ会おうと言ってくれる人ばっかりだよ。


――そんな叶井さんですが、唯一未練があるとすれば、読んでいる漫画の続きが読めないのが辛いそうですね。どんな漫画が気になっているのでしょうか。


叶井:最近だと『ベルセルク』だね。『ベルセルク』は俺が死ぬまでに終わらないだろうから、ラストが気になるな。森恒二さんの監修のもとで再開したけれど、森さんは生前に三浦建太郎さんからラストまで聞いているそうじゃない。俺ももうすぐ死ぬから、最後を教えてくれと言いたいよ(笑)。


――叶井さんの本業である映画はどうですか。


叶井:来年、再来年もメジャー、インディーズともに面白い映画が出てくるだろうね。やっぱり、新しい映画が見れなくなるのは悲しいな。死んでしまえば面白いものに触れられなくなるのは、やっぱり心残りかもしれないね。


■末期がん患者以外にも読んで欲しい


――娘さんなど、ご家族のことは心配ではないですか。


叶井:俺は、娘の成人式や結婚式を見たいとか、そんな気持ちって毛頭ないんだよね。普段から、お前は自由に生きろ、好きなことをやっていいんだよと言っているから。娘が自立して親に媚びなくなった時点で、自分の中で子育ては終わっているので。中学生になった途端に親とも遊ばなくなったし、親離れして、いい子に育ったんだと思いますよ。


――この本をどんな人に読んでもらいたいと思っていますか。


叶井:末期がんという病気に関心がある人や、対談相手のファンの人にも手に取ってほしいですね。あと、知られざる90年代の異常なエンタメやサブカルの世界の裏話も満載です。僕も忘れていた、嘘のような本当の話が載っています。だから、映画業界や当時のカルチャーに興味がある人たちは読んだ方がいいと思うよ。


――まさに、叶井さんが末期がんになったからこそ完成させることができた、貴重な一冊だと思います。


叶井:糖尿病を患って今闘病中の中原昌也の現状も知ることができます。最後に電話を切るときが切なくてさ。書籍で読んでもリアリティがあるんだよね。


――この本がベストセラーになったら、もしかすると第2弾が制作される可能性もあるのではないでしょうか。


叶井:そうですね。売れたら、第2弾を考えたいね。そのときももちろん、末期がんというパワーワードを使ってね(笑)。だから、売れて欲しいなと思いますよ。


(文=山内貴範 写真=山平敦史)