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入管法改正「最も危険な条文」止められず「タカ派は喜んでいる」 修正うったえた野党参考人・橋本直子准教授の後悔

2023年10月16日 10:22  弁護士ドットコム

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難民認定の申請者など、非正規滞在の外国人に関する収容・送還ルールを見直した「入管法改正案」が2023年6月9日、自民・公明両党や日本維新の会など賛成多数で可決、成立した。


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日本の難民認定は欧米諸国とくらべてケタ違いに数が少ない。また、その基準が厳しいだけでなく、入管の裁量に委ねられた決定過程を外部からうかがい知ることはほとんどできない。



申請者の代理人をつとめる弁護士や、熱心な支援団体が改正案の問題点を指摘し、異議を唱え、世論の批判もそれなりの高まりを見せたにも関わらず、国会内の数の力に押し切られるかたちで与党案が成立した。



こうした状況について、衆院の法務委員会で野党推薦参考人として唯一、修正協議をうったえた一橋大学・社会学研究科准教授の橋本直子さんは「私を含めた難民保護派にとって完敗でした」と振り返る。



なぜ、入管法案は修正されず、実質的にそのまま通過してしまったのか。今後、しばらく入管法の大きな改正を望めない中で、難民保護派は現状をどう受け止め、何にどう働きかけることが、状況の改善につながるのか。



これまでUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)やIOM(国際移住機関)、外務省などで難民保護や移民政策の実務に携わってきた橋本さんに、入管法改正と難民問題をめぐる現況を聞いた。



※なお、橋本さんは現役の難民審査参与員であるが、非常勤国家公務員としての守秘義務に抵触する内容は記事に含まれていない。



●「最も危険な条文は別にあった」

これまで外部講師として、入管職員に対して国際人権法や難民法の研修講義をおこない、2021年からは難民審査参与員もつとめるほか、入管政策について国会議員や官僚と断続的に意見交換してきた橋本さんは、その経験から、入管内でも「タカ派」と「ハト派」では考え方が大きく異なると話す。



「うちうちで話していると、入管内でも『タカ派』のやり方に疑問を持つ『ハト派』がいることがわかります。修正を求めても難しい(=変えられない)ことがある一方で、ここを押せば、難民保護派の意向を通せるという点については、これまでのやりとりからいくつか把握していました。参考人として訴えたいことはいろいろありましたが、修正案については、ここだけは譲れない点に絞って提案したんです」



報道にもあったように、国会の法務委員会の審議などで、難民支援者が改正案で強く反対していたのは、(1)難民申請3回目以降の場合、申請中でも強制送還の対象になりうる(=送還停止効の例外)(2)仮放免制度に代わる監理措置を導入する――という2点だった。



これについて橋本さんは、「3回目以上の難民申請者の代理人や仮放免者の身元保証人をつとめる弁護士が、この2点に反対する理由はわかります。ただ、私が今でも不思議なのが、どうして弁護士や支援団体の方たちが『第61条の2の9第4項第2号』を問題視しなかったのか、という点なんです」と話す。



当事者である難民申請者を危険にさらすとして、橋本さんが最も問題視した条文はどのような内容なのか。そして、与野党合意修正案では、条文中のどの箇所の削除が認められたのか。



(退去強制手続きとの関係) ・第61条の2の9第4項第2号 ◆無期若しくは3年以上の拘禁刑に処せられた者(刑の全部の執行猶予の言渡しを受けた者又は刑の一部の執行猶予の言渡しを受けた者を除く。)又は第24条第3号の2、第3号の3若しくは第4号オからカまでのいずれかに該当する者若しくはこれらのいずれかに該当すると疑うに足りる相当の理由がある者



・与野党合意修正案 ◆第61条の2の9第4項第2号から、第24条第4号カ(=刷物など文書図面を作成・頒布・展示した者)を削除する。 ◆第61条の2の9第4項第2号から、「疑うに足りる相当の理由がある者」を削除する。



おそらく法曹関係者以外、これらを読んでも、その内容を正しく把握するのは難しいだろう。問題となった条文について、橋本さんは次のように説明する。



「この条文の最大の問題は、第61条と第24条を読み合わせると『二重の推定』になっている点です。『犯罪を犯すかもしれない』と法務大臣によって疑われる人は比較的少なかったとしても、『犯罪を犯すかもしれないと法務大臣によって疑われる人』になるかもしれないと疑われる可能性は、誰にでもあります。



要するに、『疑うに足りる相当の理由がある』という文言が二重にかかっていることは、在留資格を持たない庇護申請者は全員、入管の胸先三寸で強制送還されかねないことを意味します。これに気づいた一部の法曹資格を持つ議員と私は、何としてもこの『二重の推定』を条文から削除しなくてはと思ったんです」



参院の法務委員会で野党側の参考人に呼ばれた元UNHCRの小尾尚子さんも「この条項は削除を求めます」と明言していたように、条文は問題視されていた。



「この条文には申請回数が記載されていません。この条文を理由として、一度も難民申請の結果が出ていない人も強制送還される危険性に、どうして弁護士や支援団体の方々が気づかなかったのか。修正案を通せなかったことの悔しさと合わせて、今でも不思議に思っています」



●法律が施行されれば「3回目」どころの話ではなくなる

「二重の推定」によって、誰でも送還されかねない状況の中で強制送還のリスクが上がるのは、一度も認定・不認定をされていないが、何らかの理由で入管に目をつけられた申請者だと橋本さんは言う。



「3回目以降の難民申請者は来日して長く、すでに支援団体や弁護士の方たちとのネットワークができている人も多いです。けれど、この条文が入ったことで、来日して日が浅く、支援者とのつながりもない初回の申請者も、在留資格がなければ、法律の文言上は全員、送還対象にできることになってしまいました」



二重の推定が削除されるかどうかが、修正案でやむなく妥協するか否かの個人的なバロメーターだったという橋本さんはこう続ける。



「もちろん『二重の推定』が削除されれば100%OKというわけでは一切ありません。廃案一択派の人々が修正案を受け入れなかったのは、難民申請3回目についての文言や監理措置が外れていなかったからでしょう。



ただ、送還停止効の解除については、弁護士がついている難民申請者は通知をもらえますし、退去強制令書発付や難民不認定処分の取り消し訴訟を起こしたり、相当の理由がある新たな書類を一緒に用意するなどの手段もあります。



でも、法律が施行されれば、3回目どころの話じゃなくなります。一部の野党議員や入管庁内の『ハト派』の努力で削除できたはずの『二重の推定』がそのまま残り、条文が修正されず通ったことを、広大な裁量権によって在留資格のない庇護申請者は誰でも強制送還できるこの文言を死守したかった『タカ派』は喜んでいると思います。



難民条約第33条2項には、凶悪犯罪者に関するノン・ルフールマン原則の例外規定があります。諸外国がどのようにその条項を国内法で解釈しているかの比較一覧表もつくって、衆議院の法務委員会で配布しました。ただ日本の『第61条の2の9第4項第2号』は、難民条約第33条2項に違反するものになってしまいました」



●「タカ派」を叩くだけでよいのか

衆院の法務委員会で、与党は、橋本さんらがうったえた修正案に合意した。だが、「入管法改正案は廃案しかない」という反対の声が挙がる中、野党がこの修正案を拒否した結果、政府与党案は実質的に無修正で可決された。



ここ数年、入管問題に対する社会の関心は、以前より高まっているものの、国民周知には至っていない。世論、そして国会の与野党の勢力図などを見れば、よほどのことがない限り、廃案に追い込むことは厳しい状況だった。



もちろん、広大な裁量によって外国人の人権を蔑ろにする入管のやり方や、民間ではありえない不透明さなど、多くの理不尽に声を挙げるのは大切なことだ。だが、結果的に法案が無修正で通ったことで、リスクを負うのは当事者である以上、難民保護派がどう対応するべきだったか、今一度、検証する必要はあるだろう。



「難民保護派がすべきことは、入管内に『ハト派』を見つけ、その人たちを外から応援して、当事者を一人でも多く守る政策や法案を実際に通すことだと私は思っています。入管では、どうしても『タカ派』が目立ちますが、『ここまでやってくれるのか』という『ハト派』も中にはいます。『タカ派』を叩くだけでは、成果は出ません。



修正協議を提案した私は、強固な反対派の人たちから非難されました。でも、審議中も、入管法改正をめぐる顛末についてコラムを書いたときも、実は『自分も修正案に乗ればよいと思っていたけれど、それを口にできる空気はなかった』と、入管問題に造詣の深い弁護士、公的機関の職員、ジャーナリストや評論家、議員の方々から、個人的にたくさん連絡や温かい応援の言葉をいただきました。外国人の人権・人道を訴える人たちが、違う意見を一切認めないという態度は、リベラルの本来あるべき姿とは思えません」



●第三者機関の設置も先延ばしに

もう1つ、橋本さんが後悔しているのが、第三者機関の設置についての文言だった。



「第三者機関は各国各様で、単純な比較はできず、外国の制度をそのままコピペすれば良いわけではありません。ただ、庇護申請者数が日本とはケタ違いの国々から、成功と失敗の事例を学ぶ意義はあります。



どういう権限を持ち、どういう法的な位置づけで、第三者機関を日本で設置できるか。検討を始めるという文言を法的に履行義務のある附則に入れていた修正案には、意味があったと思っています」



だが、設置を検討するという附則修正もなくなったことで、日本で第三者機関が設置される時期は、また大きく後退した。



「これは、難民認定手続き上の意味だけではありません。日本には、政府から独立した人権委員会もありませんが、これは国際的にもはや通用しないことです。



『第三者機関設置検討の文言が入れば、遂に人権委員会の設置まで持っていけると思ったのに、本当に残念!』と、わざわざ私に個人的に連絡してきてくれたリベラル派公務員もいました」



衆議院法務委員会の与野党議員は今秋、海外視察でイギリスを訪問した際、第三者機関がどのように機能しているかを学ぶため、英国上級審判所を訪れたという。視察のアレンジの一部を側面サポートした橋本さんは、第三者機関の設置をはじめ、新たな枠組みをつくるためには、政策決定者に地道に働きかけることが必要だと話す。



「国会議員が視察に行くとなれば、担当省庁の役人も勉強せざるを得なくなります。他国はどういうことをしているか、具体的に学んでもらえるような仕掛けをつくるのは大事なことです。弁護士の方々も海外とのネットワークはあるはずなので、それを利用できるのではないでしょうか。正直、法案が提出されてから動いてもまったく手遅れで、10年後、20年後を見据えて動いていくべきです」



改正入管法は、2024年春に施行される。修正できなかった条文をたてに、入管がさらなる強大な裁量権をどう行使するか。「現時点では本当にわかりません」と橋本さんは言う。



例を見ないほどの裁量の大きさ、ブラックボックスと称されるように情報開示をしてもほとんど黒塗りという不透明さ、庇護申請者への人権侵害・・・。入管の中では、主義・主張にかかわらず、その実態を知れば、多くの人がおかしいと感じることが起きている。



そのことを難民・移民問題に関心のない人たちにも知ってもらい、世論の関心を上げていくことが、今、当事者のためにすべきことではないだろうか。(取材・文/塚田恭子)



【プロフィール】はしもと・なおこ/一橋大学大学院社会学研究科准教授。専門は難民・移民政策、国際難民法。 大学院卒業後15年ほどUNHCR、IOM、外務省、法務省などで人の移動、人権問題、難民保護、移民政策に関わる。英語および日本語で主に難民・移民問題を中心に教育、研究、発信を続けている。