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万博工事の遅れ「超法規的に短縮を」発言はあり得ない 専門家が酷評「過労ニッポンを繰り返すのか」

2023年10月14日 08:21  弁護士ドットコム

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2025年開催「大阪・関西万博」のパビリオン建設が遅れている問題をめぐり、自民党・万博推進本部の会合で、2024年4月に建設業で導入される時間外労働の上限規制から外すよう求める声が出たと報じられ話題となっている。


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朝日新聞デジタル(10月10日)によると「人繰りが非常に厳しくなる。超法規的な取り扱いが出来ないのか。工期が短縮できる可能性もある」「災害だと思えばいい」といった意見が出たという。



政府側は11日、「議論になったことは正式にはない」と否定的な考えを示し、自見英子万博担当大臣も「いのち輝く未来社会のデザイン」という万博のテーマと「相いれない」と発言したと報じられた。



「超法規的」「災害」との単語が飛び出たことは波紋を呼びそうだ。これら意見の意味するところは何なのだろうか。労働問題に詳しい笠置裕亮弁護士に聞いた。



●時間外労働の上限「原則として月45時間、年360時間」

——話題の前提となっている「2024年4月に建設業で導入される時間外労働の上限規制」とはどのようなものでしょうか。



8本の労働関係法令を束ねた働き方改革法が、2018年6月に成立し、2019年4月から順次施行されています。中でも目玉となったのが、「時間外・休日労働の上限規制」です。



過労死が相次ぐなど、国際的に見ても異常な長時間労働が蔓延している状況を改善するべく、罰則付きでの労働時間の上限規制が導入され、休日労働を含まない時間外労働の上限は「原則として月45時間、年360時間」とされました。



他方、予見できない事情の発生により臨時的に限度時間を超えて時間外労働を行わなければならない特別の事情がある場合は、36協定の特別条項を労使間で締結する必要があります。その場合であっても、(1)時間外労働の時間数は年720時間以下にしなければならず、(2)時間外・休日労働の合計時間数は単月100時間未満、2~6カ月の複数月平均80時間以下でなければならない、(3)月45時間を超えることができるのは年6カ月までに限られるという規制がかかります。



この上限規制は、ほぼ全業種に対して施行日以降適用されていますが、建設事業・自動車運転業務・医師・鹿児島県及び沖縄県における砂糖製造業は、適用が5年間猶予されています。



建設業に関しては、「災害時における復旧及び復興の事業」についてのみ、猶予期間経過後も、時間外・休日労働の合計時間数を月100時間未満とする規制及び刑事罰の規制が適用されないということになっています。



●「超法規的」「災害」…上限規制を無理やり適用除外にしようとする詭弁

——「超法規的」とはどのような意味でしょうか。



一般的には「法律とは反する措置を取ること」を意味します。



今回でいえば、法律で定められた規制を、法律上の除外規定もないのに適用しないという措置を指しているものと思われます。



——「超法規的な取り扱いが出来ないのか」「災害だと思えばいい」といった発言の趣旨はどのように考えられますか。



規制の適用除外を行うには、「災害時における復旧及び復興の事業」に該当する必要があります。しかし、万博のパビリオン建設が、このような事業に当たるはずがありません。無理やりにでも適用除外とするため、「超法規的な取り扱いが出来ないのか」という発言が出ているのでしょう。



「災害だと思えばいい」という発言は、この適用除外の要件に無理やり当てはめるための詭弁です。



これまで、サミットやオリンピックなどの国家的大事業が起こるたびに、関係者から過労死の悲劇が生まれるという歴史が繰り返されてきました。



必要性さえあれば、今回のような例外が安易に許されるということになれば、長時間労働を抑止し、過労死の連鎖を防ぐという法律の趣旨とはまったく相いれない事態となってしまいます。労働時間の上限規制が、穴だらけの「ザル法」となりかねず、極めて問題です。



使用者としては、建設労働者の健康管理に十分配慮し、工期等からして従業員に対する安全配慮義務が遵守できないのであれば、安請け合いするべきではないでしょう。



——そもそも「超法規的な取り扱い」という言葉はどんな時に使うのでしょうか。前例はありますか。



いわゆる日本赤軍事件で、身柄を解放する法的な理由は何もないにもかかわらず、人質の生命を重視した日本政府が犯人グループの要求に応じて、獄中にいたメンバーを解放したという例が有名でしょう。



人命がかかっているなど、緊急性が極めて高いと言える場合に限り、「超法規的な取り扱い」がなされてきたといえます。



しかし、本件にはまったくそのような事情がありません。むしろ、工期に間に合わせるために過労死を生じさせるようなことがあれば、日本の労働環境の過酷さが国際社会において一層明らかになるだけであると考えます。




【取材協力弁護士】
笠置 裕亮(かさぎ・ゆうすけ)弁護士
開成高校、東京大学法学部、東京大学法科大学院卒。日本労働弁護団本部事務局次長、同常任幹事。民事・刑事・家事事件に加え、働く人の権利を守るための取り組みを行っている。共著に「こども労働法」(日本法令)、「新労働相談実践マニュアル」「働く人のための労働時間マニュアルVer.2」(日本労働弁護団)などの他、単著にて多数の論文を執筆。
事務所名:横浜法律事務所
事務所URL:https://yokohamalawoffice.com/