「和気町は、自治体界の地下ドルです。」
「マイナー自治体を 推せ!!」
8月に東京ビッグサイトで開催された同人誌即売会・コミックマーケットの期間中、ゆりかもめの車内には、そんなキャッチコピーを用いた広告が掲出された。
世間一般にはマイナーな存在である「地下アイドル」を自ら引き合いに出すという自虐混じりのPRを行ったのは、岡山県和気町である。人口約1万3400人の小さな町だ。地下ドルと一体どのような関係があるのだろうか。和気町にこの取り組みの目的を尋ねた。(取材・文:昼間たかし)
和気町はこれから全国を目指す地下アイドル
和気町がゆりかもめに広告を掲出したのは、コミックマーケットの企業ブースに初出展したことを告知するためだ。和気町では8月からアニメ化もされた平尾アウリ氏の漫画『推しが武道館いってくれたら死ぬ(推し武道)』の複製原画展も開催している。
広告掲出はイベントの告知に加え、同町の公式ファンクラブ「和気町ファンクラブ」に入会し、和気町を推してくれる人を増やす狙いがあった。
一見すると最近よく聞く「聖地巡礼」の案内のようだが、作品の内容を知っている人はこう思ったのではなかろうか。
「なんで和気町?」
「そもそも和気町ってどこ?」
『推し武道』は、岡山県で活動するご当地アイドルグループを応援する女性オタクが主人公の漫画だ。そのなかで和気町は、登場人物の出身地として僅かに語られているだけである。作中でも目立たず、岡山県民でも訪れたことのある人が少ないと言われる和気町。にも関わらず、作品を軸に大々的にPRを行っているのだ。
コミケの様子。和気町ファンクラブへの入会案内をしている(写真:和気町提供)
写真:和気町提供
今回の企画は、2022年7月に企画者のひとりである新井清隆さんが「地域おこし協力隊」として和気町に着任したことで実現した。協力隊のミッションとして和気町の魅力を都市部に伝えていくことになった新井さんは、役場の職員の日笠さんが過去作成した企画書を見つけた。
一度も町外に住んだことがないという、生粋の地元民である日笠さんは、地域を盛り上げるアイデアをいろいろと提案していたが、どれも日の目を見ずにいた。着任する前はプロモーション関連の企業にも勤務していた新井さんは、アイデアをまとめた資料を見たときに、こう思ったという。
「企画書と呼べるものにはなっていない……でも、そこにはとてつもない熱さがあったんです」
そんな膨大なアイデアの中から新井さんの目に留まったのは、以前提案したものの不採用になっていた『推し武道』とのコラボ企画であった。
早速、新井さんと日笠さんは『推し武道』の出版元である徳間書店と交渉を始めた。そこで新井さんの口から出たのが「和気町は自治体界の地下ドル」という言葉だった。
「移住して知ったのですが、岡山県内でも和気町に行ったことのない人、あるいは和気町を知らない人もいました。認知度の高い自治体をメジャーアイドルとするなら、和気町はこれから全国を目指す地下アイドル。『推し武道』で地下アイドルが武道館を目指して活動する姿と通じるものがあったんです」
そう語る新井さんの熱い思いが響いたのだろう。原作者も徳間書店も協力を惜しまなかった。原作の全コマの使用許可、複製原画の貸し出しに加えて、作品中の和気町出身キャラクターを、当時廃校の危機が叫ばれていた町内の県立和気閑谷高校出身という設定にまでしてくれた。
役場内での説得も成功し、「和気町ファンクラブ」の設立や複製原画展などイベント開催といった各種PRが2023年に始まったというわけだ。
和気町の高齢者も「推し活」を楽しんでいる
ここまでなら、よくある漫画を用いた町おこしと同じだが、和気町がすごかったのが、地元での作品の認知度向上を怠らなかったことである。日笠さんは町内の高校や商工会で、作品やイベントのことを知らせて回った。そうした結果、生まれたのは作品のファンと地元の人たちとの交流だ。
「商工会と共催で“推し武道”とコラボしたグルメマップを作成し、スタンプラリーを開催したんです。町内の飲食店は限られているので、地元民もよく利用している店ばかりです。そうした店にグルメマップを手にしたファンの方がやってくると、自然に会話して交流が生まれているんです」
さらに作品のキャラクターの等身大パネルを町内の各所に配置した。交通の便がよいとは言えないなかで、どうやってパネルにたどり着くのかRPG感覚で楽しみつつ、町内を堪能する仕掛けも行った。
これが功を奏したのか、既に何度も和気町を訪れている作品ファンも現れた。中には、今年になって10回以上も和気町をリピートしているファンもいるという。作品を入り口に、和気町のファンになってもらいたいという日笠さんたちの思いは確実に実を結んでいる。
地元の人たちが故郷の魅力を知る機会にもなっているようだ。日笠さんはこう話している。
「高齢化も進んでいますし、私の出身校でもある和気閑谷高校も、必ずしも地元の人たちの進学先ではなくなり、町外に進学する若者も増えています。作品を通じて交流が生まれ、地元の人たちが地域の魅力を再発見する機会になってほしいと思います」
ファンが訪れることで、地元の人たちへの刺激も大きいようだ。中には作品にどハマりし「推し活」をしている79歳もいるそうだ。
昨今の「聖地巡礼」という町おこしでは、なにかと経済効果、すなわち「儲かる」ことばかりが注目されがちだ。和気町の場合は、ファンと地元の人たちの双方に町の魅力を知ってもらい、かつ地域のファンを増やすことに目標を定めている点が他とは異なっているだろう。これをきっかけに和気町という地名はメジャー化していくのか。