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ヤフーニュース1人勝ち状態にメス?公取委が調査報告 専門家「メディアとの交渉促す狙い」

2023年10月10日 10:41  弁護士ドットコム

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公正取引委員会は9月、ヤフーやLINEなどニュース配信サービスを運営するプラットフォーム(PF)事業者とニュース(記事)を提供する新聞社やテレビ局などのメディアとの取引実態に関する調査報告書を公表した。


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PF事業者は記事提供の対価として「許諾料」をメディアに支払う一方、記事の閲覧回数(PV)に応じて広告主からの広告収入を得る仕組みとなっている。



報告書によると、メディアの約6割が許諾料支払額が最も多い配信先として「ヤフーニュース」を挙げ、消費者の約2割が同ニュースをもっとも利用するサービスに挙げたとする。



●背景に「PF事業者に不満を持つメディア」

さらに調査に回答した220のメディアのうち、約4割がPF事業者からの許諾料が事業継続上不可欠だとしているとして、「ヤフーとの取引の必要性が高いニュースメディアが多く、ヤフーは、取引先であるニュースメディアとの関係で優越的地位にある可能性がある」と指摘。ヤフー以外のPF事業者についても、個別の取引関係において優越的地位にある可能性は否定されないとする。



そのうえで、取引上の地位が相手方に優越するPF事業者が、一方的な契約変更等で著しく低い許諾料を設定する場合、「優越的地位の濫用」となり得ることなどを挙げた。



調査では、契約に定める許諾料に不満なメディアが、契約締結時点で約4割だったが、締結後になると約6割に増加。不満の理由として「算定基準の不明確さ」を挙げたのは約7割だった。メディア側は公平な許諾料を決めるための具体的な契約交渉ができないと指摘していた。



ヤフーは、調査報告書の公表を受け、「パートナー各社とは、今後、より一層密なコミュニケーションに努めるとともに、双方に健全かつ建設的な議論ができるように関係性を築いていきます」としている。



PF事業者がメディアの経営に大きな影響を与えていることがあらためて浮き彫りとなったが、仮にPF事業者が「優越的地位の濫用」と当たる事態となった場合、具体的にはどんな規制や処分があるのだろうか。また、今回の報告書の狙いは何だろうか。公正取引委員会での勤務経験をもつ籔内俊輔弁護士に聞いた。



●「取引上の強い立場を利用し、不利益を受け入れさせる」

——「優越的地位の濫用」とはどのようなものですか。



一言でいえば、取引上の立場が強いことを利用して、取引相手にとって不利益となることをしぶしぶ受け入れさせることです。



過去に公取委が優越的地位の濫用として調査した事案としては、ドラッグストアやネット通販大手等の大規模小売業者が納入業者に対して返品や減額等を行っていたケースがあります。



——公取委が調査した後はどうなるのでしょうか。



これらの事案は、調査を受けた企業側が改善計画を行う「確約手続」というプロセスを経て調査は終了しており、行政処分はなされていません。



2018年12月に施行された改正独禁法で「確約手続」は導入されましたが、それ以前の事案では、数十億円の課徴金が課された事例もありました。



「確約手続」導入後は、企業側には課徴金を回避できるメリットがあり、公取委側にも調査に要するコストを軽減できる早期に改善計画が実現できるため、優越的地位の濫用事案は「確約手続」で処理がされることが多くなっています。



●「優越的地位」があること自体は独禁法違反ではない

——どのような場合に「優越的地位の濫用」として独占禁止法違反に問われるのでしょうか。



大きく(1)取引先との関係で「優越的地位」があることと、(2)取引先に不当な不利益を与える「濫用」行為が必要となります。



ある企業が「優越的地位」があるか否かの判断基準について、その企業の市場シェアや売上高などの絶対的な基準があるわけではありません。



原則として、個別の取引先との関係を一つひとつみて、個別に検討することとされています。たとえば、ある企業Xは、取引先Aに対しては優越的地位にあるが、取引先Bに対しては優越的地位にはないということもあります。



公取委のガイドラインでは、「優越的地位」の判断基準としては、取引先Aにとって企業Xとの取引継続が困難になることが事業経営上大きな支障を来すため、企業Xが取引先Aにとって著しく不利益な要請等を行ってもこれを受け入れざるを得ないような場合にあたるか否か(該当すれば企業Xは取引先Aに対して優越的地位にある)、とされています。



取引先Aにとって企業Xとの取引を行う必要性が高い(重要な得意先である)かどうかが判断のポイントです。



取引の必要性は様々な事情を総合的に考慮して判断されますが、たとえば、取引先Aの全売上のうち特定の企業X向けの売上が多くを占めている事実は、企業Xが取引先Aに対して「優越的地位」にあることをうかがわせる事情の1つになるでしょう。同様の趣旨で、公取委は、ヤフー等のPF事業者とメディアとの関係について「優越的地位」の可能性を指摘したものと思われます。



しかし、取引を継続していれば特定の取引先と取引継続が重要になってくるということ自体はよくある話であり、「優越的地位」があること自体は独禁法違反というわけではありません。



優越的地位の濫用にあたるためには「濫用」行為を行う必要があります。



——「濫用」に当たるか否かはどのように判断されますか。



あらかじめ予測できないような不利益をあたえるものであるか否か、また、著しく過大な不利益を与えるものであるか否か、といった観点から検討されるといわれています。



報告書では、PF事業者が一方的な契約変更等で著しく低い許諾料を設定する行為が例示されていますが、これは事前に予測できない不利益を課すものであり、こうした行為は「濫用」に当たる可能性が高いといえます。



また、報告書では、メディアからは、許諾料の「算定基準の不明確さ」が不満として紹介されていますが、**PF事業者が許諾料の算定基準について情報提供や交渉に応じないといった一方的な対応をとることも優越的地位の濫用として問題になる可能性はあります。 **



●調査報告書の狙い「事業者間での自主的取組を促す」

——公取委の調査報告書にはどのような意味があるのでしょうか。



公取委は、様々な業界の取引実態を把握するための調査(実態調査)をしており、特にデジタル分野ではデジタル広告、クラウドサービス、モバイルOS等の分野について調査しています。



これら実態調査の報告書では、違反の未然予防のため独禁法上問題となる可能性がある行為が例示されており、例示されている行為が実際に行われていることを公取委が把握すれば、違反事件として調査がなされる可能性もあります。



もっとも、今回の報告書については、今まで外部からはよく分からなかったPF事業者とメディア間の取引実態や取引条件等に関する双方の意見を整理しており、公取委としては関係事業者の協議、交渉により課題を解決、改善することが望ましいと考えているようです。



報道によれば、ヤフーは今回の公取委報告書の公表を受けて、メディアとの間での契約見直しや実績などのデータ開示、透明性の向上などを検討しているようです。



公取委は、適切な取引条件は取引を実際に行っている事業者間での協議、交渉によって決定されるべきものであり、そのような協議、交渉が適切に行われることを後押しするというスタンスであるように思われます。



こうしたスタンスは、いきなり違反の疑いで調査をしたり、法律を作って解決したりする手法ではなく、まずは事業者間での自主的取組を促すものであり、穏当な手法といえると思います。




【取材協力弁護士】
籔内 俊輔(やぶうち・しゅんすけ)弁護士
2001年神戸大学法学部卒業。02年神戸大学大学院法学政治学研究科前期課程修了。03年弁護士登録。06~09年公正取引委員会事務総局審査局勤務(独禁法・景表法違反事件等の審査・審判対応業務を担当)。12年弁護士法人北浜法律事務所東京事務所パートナー就任。16~20年神戸大学大学院法学研究科法曹実務教授。
事務所名:弁護士法人北浜法律事務所東京事務所
事務所URL:http://www.kitahama.or.jp