Text by 九龍ジョー
Text by 山元翔一
Text by 廣田達也
Text by 株式会社金斗喜
庶民のための娯楽や芸術、いわば「ポップカルチャーの先駆け」ともいえる大衆文化が華開いた江戸時代。市井の生活や風景、流行のエンタメなどを描く「浮世絵」は、印刷技術の発展とともに人気を博し、のちにはゴッホをはじめ海外の画家にまで影響を与えたとされる。
浮世絵のなかでも、とりわけ当時のスターだった歌舞伎役者をテーマとする「役者絵」は、ファンのニーズに応える商品という意味で、現代のグラビアやブロマイドなどにも通じる。
この役者絵を令和に甦らせようとこのたび筆を執ったのが、気鋭の日本画家・塩崎顕だ。浮世絵をいまの感覚で再構築する作品で知られ、これまでも『スター・ウォーズ』や『進撃の巨人』、マーベルのヒーローなどとコラボした浮世絵を発表している。
今回、役者絵のモデルとなったのは、人気の若手歌舞伎俳優・尾上右近。推し文化全盛のいまだからこそ、その原点に遡る試みは注目に値するだろう。
塩崎顕(しおざき けん)
東京都町田市生まれ。多摩美術大学大学院美術研究科修了。日本と日本に関わる文化・風俗・風景など、古来より日本で伝えられてきている浮世絵をはじめとするさまざまな様式を、現代の感覚で再構築して作品として発表する作家である。近年は歌川派、北斎などといった浮世絵師達の世界観をベースにした作品を次々と発表しており、『スター・ウォーズ』や永井豪のキャラクターなどをはじめ、コラボレーションも数多く手がける。2023年9月1日公開の『ホーンテッドマンション』(2023年)の浮世絵特別ビジュアルも担当した。(外部サイトを開く)
―現代において、歌舞伎役者の役者絵が描かれることは珍しいのでしょうか。
塩崎:歌舞伎座前の絵看板のように、演目にちなんだ題材を描く絵師はいらっしゃいますが、今回のように、実在する役者さんを描くというケースは、あまりないと思います。
江戸時代の浮世絵、特に主要ジャンルであった役者絵や美人画は、リアルタイムで活躍しているスターを描くもので、庶民の人たちがそれを手に入れて、見て楽しんでいた。そういう意味で、役者絵は、ただ描くだけではなく、できるだけ手にとってもらうことにも意味があるのかなと。
―今回は役者絵を団扇に仕立てるということで。
塩崎:団扇は、歌舞伎の小道具としてもなくてはならないなんですね。今回のプロジェクトは、KABUKUMONOという浮世絵文化や伝統工芸にまつわる技術を次世代につなごうという企画から私に声がかかったものなんです。団扇については「藤浪小道具」という明治5年創業の歌舞伎向け小道具会社が制作を担当してくれました。
塩崎顕が手がけた役者絵『夏祭浪花鑑』の原画
尾上右近をモデルに、歌舞伎の演目『夏祭浪花鑑』(左)と『京鹿子娘道成寺』(右)の一場面を題材にした団扇。『夏祭浪花鑑』は「伊場仙」、『京鹿子娘道成寺』は「小丸屋住井」という伝統ある会社がそれぞれ製作した(外部サイトを開く)
塩崎:今回は版画ではなく、私が肉筆で描いた作品をデジタルに落とし込んで印刷したものとなります。団扇自体は古くからの製法を使った職人の手づくりなんです。
―団扇のかたちと絵の大きさがマッチしていますね。
塩崎:人物の上半身を大きく描いたもので、役者絵のなかでも「大首絵」と呼ばれたりするサイズになります。表情までわかる大きさなので、ある程度モデルに写実的に似せますが、使うのはあくまで日本画の技術です。鼻の稜線ひとつとっても、一本の線の入れ方でガラッと印象が変わってしまうので、繊細な作業になります。
―モデルとなった尾上右近さんとはお会いしたんですか?
塩崎:描きはじめる前に、一度ご挨拶をしました。いまっぽい好青年で、でも、そのあとに彼の自主公演『研の會』で舞台を拝見したら、芸事に生きている人はえらいもんだなと思いました。出てくるだけで、空気が一変する。
私にとっては、いわゆる古典歌舞伎をナマで観るのは初めての経験だったんです。しかも右近さんの自主公演ですから、自分でテーマも掲げて、挑戦して、歌舞伎界を盛り上げるんだという心意気も伝わってきました。
―役者絵の題材としたのは、その『研の會』で上演された『夏祭浪花鑑』(※1)、『京鹿子娘道成寺』(※2)という二つの演目で、それぞれ主役を右近さんが演じている場面です。
塩崎:この演目については、いろいろ調べました。過去の映像を見たり、かつて浮世絵に描かかれたものも確認しましたし、右近さんに提供いただいた写真もありました。ただ、それ以上にありがたかったのが、藤浪小道具さんをはじめ歌舞伎に精通した方たちからのアドバイスでしたね。それこそ右近さんを幼少期からご存知の方たちでもあったので。
―そもそも日本画家であった塩崎さんが、浮世絵に関心を持つようになったきっかけは何だったんですか。
塩崎:昔から葛飾北斎の浮世絵など、好きで観賞してはいました。幕末から明治にかけて活動した月岡芳年という浮世絵師がいて、彼の現代的な画風にも惹かれたり。
ただ、自分で浮世絵を描くようになるとは考えたこともありませんでした。そしたら6、7年前かな、銀座の画廊である版元の方を紹介されたんです。
月岡芳年『藤原保昌月下弄笛図』(1883年) ロサンゼルス郡美術館 所蔵 [CC BY-SA 4.0 (https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0)], via Wikimedia Commons
―版元というのは、いまでいう出版社みたいなものですか。
塩崎:そうですね、商品を企画したり、絵描きと職人をつないだり、できあがった作品を販売したりします。出版社のルーツともいってよいかと。2025年に大河ドラマになる蔦屋重三郎(※)の「蔦屋耕書堂」などが有名ですよね。
私が紹介されたのは「版三」という版元で、『スター・ウォーズ』を浮世絵化した商品をつくりたい、とのことでした。あいだに入ってくれた方が、「塩崎くん、そういうの得意だよね」って(笑)。私自身、それまで浮世絵の制作現場に接することすらなかったので、まずは楽しそうだなと思いまして。
―しかも題材は、世界中の誰もが知る『スター・ウォーズ』という。
塩崎:最初に依頼されたのは二点あって、ひとつはミレニアム・ファルコンでした。タイトルは『星間大戦絵巻「千年飛鷹流水図」』です(笑)。白い機体を浮かび上がらせるために、下地の部分に狩野派の絵師が得意とした金地の表現を取り込みました。
もうひとつは、賞金稼ぎのボバ・フェット。ヘルメットを被っているため表情が出せなくて、すると浮世絵的な雰囲気は出しづらいんですね。なんとか線の運びや太さ、強弱などを駆使して描きました。
―それまで描いてきた日本画とは違いましたか。
塩崎:ええ、いちばん違うのは、木版画なので、私の描いた原画を彫って版に起こし、それを摺るという工程があることですね。そのため絵師としては、色指定をしたり、仕上がりをイメージする必要があります。
摺師さんから、見本が送られてくるんですけど、同じ版木でも、手で刷る圧力によって、線の見え方が変わってきます。ボバ・フェットのヘルメットの傷ですとか、微妙なムラまで再現しようとすると彫師さんも大変で、コストだって跳ね上がってきます。
なので、絵師としては、いろんな条件を呑み込みながら、絵に落とし込んでいくんです。そういったことを実際の制作過程のなかで、版元や職人さんから学ばせてもらいながら、ここまでやってきた感じです。
―ちなみにデジタル的なツールは使われますか。
塩崎:使います。下図(下書き)は、ほぼデジタルですね。デジタルで試行錯誤をした上で、和紙に筆で描くことが多いです。デジタルの恩恵を受けながら、アナログのよさも活かしています。
塩崎:そもそも印刷についていえば、プリンターなら一度に大量に刷れるところを、一枚一枚、手で摺るわけですからね。でも、プリンターでは版画風の色の再現は無理なんです。版木に上から紙を押しつけると、下から絵の具が吸いついてくる。この版画のやり方でしか出ない味があるんですよね。また、その紙を漉く職人もいます。それぞれの工程での密なコミュニケーションがあってはじめて、いい絵が生まれるんです。
ただ、それもこれも仕事があってのこと。腕のある職人さんも、その腕を奮う場がないと技術が廃れてしまうし、材料や道具も失われていきます。なので、浮世絵の需要を掘り起こしていくことも大事だなと。
―木版画としての浮世絵は、作品でもあると同時に流通商品であったわけですしね。
塩崎:私は一点ものの絵も描きますし、そのよさもあります。ただ、こと浮世絵に関しては、やはり多くの人の目に触れたり、手にとってもらったりして、楽しんでもらえるのがいちばんだと思います。そういう意味でいまの時代、映画やアニメのキャラクターが題材となるのは、自然なことかもしれません。
―『デビルマン』『進撃の巨人』『スパイダーマン』『Fate/Grand Order』……など、塩崎さんは幅広いジャンルの人気コンテンツを浮世絵化、いずれも高いクオリティーで話題となり、原作ファンにも好意的に受け入れられてきました。その大前提として、二次元的なコンテンツと浮世絵との相性のよさもある気がしますが、どう思われますか。
塩崎:当然、相性はいいですよね。特にスーパーヒーローものなんかだと、特徴的なカラーリングだったりするので、輪郭と色だけでも認識してもらえますからね。
もちろん明るい暗いとか、立体の表現もありますけど、私が浮世絵を描くときに大事にしているのは、線と面です。描く対象の、外側の輪郭を見てとるんですね。これは浮世絵にかぎらず日本画の特徴でもあるかもしれませんが、アウトラインの美しさはつねに気にしています。
―『スター・ウォーズ』のハン・ソロを描いた浮世絵(『はんそろ 星間大戦物語』)は、監督にも喜ばれたとか。
塩崎:そうなんですよ。5年ほど前、『ハン・ソロ/スター・ウォーズ・ストーリー』の公開時、来日したロン・ハワード監督に原画を寄贈したんです。その絵を見て、ハン・ソロ役のオールデン・エアエンライクさんも喜んでくれたみたいで。
―ハン・ソロが富樫、チューバッカが弁慶とそれぞれ『勧進帳』(※)の扮装をしていました。塩崎さんがある作品を浮世絵としてアレンジする際に、どんなことを意識しているのでしょうか。
塩崎:まず、キャラクターの場合、顔ですとか特徴となる部分は押さえる、ということですかね。そのうえで、「自分だったら欲しい」と思えるところまでアレンジを加えて、構図なども考えます。その際、作品の世界観やキャラクターの背景を踏まえていないと意味がないので、そこのリサーチにも時間をかけます。
塩崎:私が知らない作品の場合、ゼロからのリサーチなので、数日間費やすこともあります。それもあって納期によっては、正直、お断りするケースもたくさんあるんです(笑)。私自身、日本画家としての作品制作も別にありますし。
―最近は、オリジナルの浮世絵作品も描かれるとか。
塩崎:コラボではないかたちでの浮世絵もやってみたくなったんです。歌川国芳の浮世絵に、猫が集まって文字になる「猫の当て字」というシリーズがあって、それの現代版を描いてみたり。猫がルンバに乗ってたり、ポリバケツをひっくり返したりするんですよ。
『今様浮世絵札』(左から:「すたば美人」「すまほ美人」「びいる美人」「きんぎょ玉」)
『今様・猫の當字(ねこのあてじ)「ねこ」』
塩崎:思えば、これまで描いてきた日本画の作品でも、見てくれた人がフッと笑ってくれたらいいなと思うようなものがけっこうあるんです。
―もともと浮世絵師の資質があったわけですね。
塩崎:たとえば江戸時代とか、町民たちに人気の役者やエンタメを浮世絵師が描いたわけですよね。おこがましい話ですけど、そういう絵師たちを身近に感じることがあります。
ただ、当時の売れっ子の絵師は、質量ともにすごいんですよ。流行を取り入れるスピード感も求められていたと思いますし。そう思うと私はまだまだです。でも、とにかく描く人間がいないと、浮世絵に関わる職人の方たちの技術も廃れてしまうし、材料や道具も失われてしまう。
ですから、求められてきたものに応えながら、また、いろんな人や物事との接点も広げながら、浮世絵を描いていきたいと思います。まずはこの完成した役者絵団扇を、今度、右近さんに直接お渡しすることになっているので、その日が楽しみです。
CINRAでは尾上右近へのインタビューを後日公開