2023年10月01日 11:01 弁護士ドットコム
ジャニーズの性加害問題を受けて、各社はジャニーズ事務所のタレントについて、CM起用を打ち切る動きをみせています。未成年に対する性加害という悪質な事案であることから、企業イメージが損なわれるという判断なのでしょう。
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特に欧米では子どもに対する性加害に敏感に反応するので、国連人権理事会もこの問題について関心を持っています。そこで、注目されるのが「ビジネスと人権」というテーマです。
人権侵害は、直接的には国家や個人からなされることが多いため、ビジネスと人権の関係をどう捉えるべきなのかが問題になります。会社は営利を目的にしている法人ですが、人権についてどこまで配慮しなければならないのでしょうか。(ライター・岩下爽)
そもそも「人権」とは何でしょうか。わかっているようでわからないという人が多いと思います。人権に関する定義は様々ありますが、法務省の見解によれば、「人権とは、人間の尊厳に基づいて持っている固有の権利」とされています。
日本国憲法では、「国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる」と規定しています(第11条)。
人権には、大きく分けて、「自由権」、「参政権」、「社会権」の3つがあります。自由権は、「表現の自由」や「思想・良心の自由」というように国家の干渉を受けずに自由に権利を行使できるというものです。参政権は、「選挙権」や「被選挙権」のことです。社会権は、生活保護など国家の救済を求めるものです。
性被害については、誰と性関係を持つのかを決める権利である「性的自己決定権」の侵害に該当します。通常、性加害をするのは自然人(生身の人間)なので、性的自由という法益を侵害した場合、「強制性交等罪」や「強制わいせつ罪」として刑罰に処せられます。
ただ、加害者とされるジャニー氏は既に他界しており、共に事務所経営をしていたメリー氏も他界しているため、仮に性加害の事実を立証できたとしても「被疑者死亡」として不起訴になる可能性が高いと言えます。
一方、ジャニー氏の民事上の責任は、時効が完成していなければ、相続人であるジュリー氏に責任は引き継がれるため立証できれば損害賠償を請求することは可能です。
次に、会社に所属している人が性加害を行った場合に、会社は責任を負うのかということが問題になります。たとえば、法人の役員が業務外で性犯罪を行った場合には、あくまで当該個人の責任になるので会社が責任を負うことはありません。
一方、法人の役員が従業員に対して性犯罪を行った場合には、個人として責任を負うだけでなく、法人も責任を問われる可能性があります。法人には、従業員を安全に働かせる義務があるため、従業員がセクハラやパワハラを受けた場合には、安全配慮義務違反として法人に責任が課される可能性があるからです。
このことから、近年「ビジネスと人権」はSDGsの一環として重要な取り組みと位置づけられています。日本でも、2020年10月、「ビジネスと人権に関する行動計画に係る関係府省庁連絡会議」において、企業活動における人権尊重の促進を図るため、「ビジネスと人権」に関する行動計画が策定されました。
この行動計画では、①政府、政府関連機関及び地方公共団体等の「ビジネスと人権」に関する理解促進と意識向上、②企業の「ビジネスと人権」に関する理解促進と意識向上、③社会全体の人権に関する理解促進と意識向上、④サプライチェーンにおける人権尊重を促進する仕組みの整備、⑤救済メカニズムの整備及び改善が定められています 。
国連人権理事会の「ビジネスと人権」作業部会の専門家が8月4日に日本記者クラブで記者会見を行いました。その会見では、ジャニーズ事務所の創業者による性加害問題について、「事務所のタレント数百人が性的搾取と虐待に巻き込まれるという憂慮すべき疑惑が明らかになった。日本のメディア企業は数十年にわたり、不祥事のもみ消しに加担したと伝えられている」とメディアを批判しました。
また、ジャニーズ事務所が設置した「外部専門家による再発防止特別チーム」が8月29日に公表した調査報告書では、「マスメディアの沈黙」と題して、メディアの問題点を指摘しています。その内容は、ジャニー氏の性加害の問題については、過去にいくつかの週刊誌が取り上げていたにもかかわらず、ジャニー氏の性加害を取り上げて報道すると、ジャニーズ事務所のタレントを使えなくなるとの危惧から、報道を控えていたというものです。その結果、報道による牽制が働かず、ジャニー氏による性加害が継続されることになり、被害が拡大しました。
メディアには、権力者に対して表現活動を通して牽制を効かせることが求められています。ところが、ジャニー氏による性加害問題に関しては、ジャニーズ事務所からの圧力を恐れ、報道を控えるという報道倫理に反する行動を取っていました。
最近になって、テレビ朝日の社長、民放連やNHKの会長がジャニーズ問題について「反省しなければならない」とコメントを発表するようになりましたが、それは、ジャニー氏が亡くなり、ジャニーズ事務所の力が弱くなったから言えるようになったとも考えられます。つまり、ジャニー氏が今も健在であったなら、従前のように報道せずに終わっていたかもしれません。
企業が持続的に経営を続けていくためには、社会の構成員として社会と共存していかなければなりません。そのためには、コンプライアンス体制をしっかり作り、人権侵害がないか常に確認していく必要があります。
特に、社員や取引先に対して優越的地位に基づく権利の濫用は許されず、そのようなことがあれば、すみやかに改善していかなければなりません。そのためには、社内の体制として、問題がある時こそ隠蔽するのではなく表に出すことが重要になります。
また、メディアは、広告主である大手企業や芸能界で力を持っている芸能事務所の問題に対しては、広告料の減少やタレントの出演拒否などの影響を考え「大人の事情」として、これまでは報道せず目をつぶってきました。
しかし、今回の事件のように、その背後には被害に苦しんでいる被害者がいるということを忘れてはなりません。「大人の事情」という都合の良いキーワードを使うことで、自分達の行動を正当化することは許されません。報道に携わる人は、常に被害者の存在を意識し、権力者たちの行動を監視していかなければなりません。
今回の騒動を受け、ジャニーズ事務所は、社長は交代したものの、ジュリー氏が100%株主のままで、代表取締役にとどまるということで、実質的には何も変わっていません。このままでは、ジャニーズ事務所のCMは減少し、所属タレントのテレビの出演も減ることになるでしょう。
一部に、「タレントに罪はない」との主張も見られますが、出演契約などは、ジャニーズ事務所と契約を結ぶことになるので、ジャニーズ事務所が被害者に賠償金等を支払い、コンプライアンス体制を整えない限り、相手企業は契約を見合わせざるを得ません。NHKも新たな起用を見合わせると発表しています。
「ビジネスと人権」はSDGsの観点から重要なことであり、企業は、人権に配慮しながらビジネスをしていく必要があります。最近、ビッグモーターの不正など企業の不祥事が続いていますが、企業経営者は、今一度気を引き締めて人権に配慮した経営ができているか確認してみる必要があるのではないでしょうか。