Text by ISO
Text by 生駒奨
2023年、ウェス・アンダーソンの新作が続々と公開されている。9月1日には『アステロイド・シティ』が劇場上映され、Netflixでは9月27日の『ヘンリー・シュガーのワンダフルな物語』を皮切りに、4日連続で彼の新作映画が配信された。
ウェス・アンダーソンの作品のルックは独特で、ポスタービジュアルや予告編を見ただけで「彼だ」とわかる。強烈な個性、作家性を持つ監督だといえる。
新作が相次ぐいま、あらためてその作家性について考えてみたい。彼の作品から感じられる「ウェスっぽさ」の正体とは何なのか? 独特のビジュアル、一筋縄ではいかないストーリーは、どんな背景や意図によって生み出されているのだろうか。映画ライター・ISOが考察する。
ウェス・アンダーソン(中央)
1969年、アメリカ・テキサス州ヒューストン生まれ。小学生のころに演劇の脚本を書き始め、大学時代に俳優のオーウェン・ウィルソンと映画の共同制作を始める。『アンソニーのハッピー・モーテル』(1996年)で長編映画監督デビュー。2014年の『グランド・ブダペスト・ホテル』は第64回ベルリン国際映画祭で『銀熊賞』を受賞。そのほかの監督作品に『ダージリン急行』(2007年)、『ムーンライズ・キングダム』(2012年)、『犬ヶ島』(2018年)などがある。
パステルカラー、レトロ感、シンメトリー……ウェス・アンダーソンの映画に登場しそうな風景画を投稿するInstagramコミュニティ、AWA(Accidentally Wes Anderson)の写真をもとにした展覧会『ウェス・アンダーソンすぎる風景展』。2022年に韓国で初開催されると、SNSなどで大きく話題となり驚異の25万人を動員。今年の春には日本にも上陸し、その大盛況ぶりから今秋にも渋谷で再開催することが決定している。
また今年に入り、AIが生成した「もしウェス・アンダーソンが映画『〇〇』を撮ったら」という動画シリーズも登場し「確かにそれっぽい」と世界中で大バズりしたことも記憶に新しい(ただしこれに関してはウェス本人が「あまり見たくない」と否定的な声明を出している)。これらの現象から読み取れるのは、ウェス・アンダーソン映画の人気が以前にも増して高まり、「ウェスっぽい」という概念が人々のあいだで一般化しつつあるということだ。
そんなウェス・アンダーソン監督の最新作、『アステロイド・シティ』が9月1日に日本公開となった。この映画の特徴は、複雑な「3層構造」にある。
作品の舞台となるのは1955年のアメリカ南西部、砂漠の町アステロイド・シティ。巨大クレーターが有名なこの町でジュニア宇宙科学賞の祭典が行なわれるが、授賞式の途中で宇宙人が現れ……というストーリーだが、それはじつは「劇中劇」。その劇が劇作家によってつくられる過程を紹介するテレビ番組を描く、入れ子構造の作品だ。予告編からポップでカラフルな映画を期待していると、突然モノクロのTV番組が始まり冒頭から虚をつかれるはずだ。
説明が困難ということもあるだろうが、予告やあらすじからはその複雑な設定は読み取れず、ポップなウェス・ワールドを期待した観客からは「内容が理解できなかった」「設定がよくわからない」という感想も散見される。ただ、本作が「ウェスっぽい」か否かと訊かれると、間違いなくウェス100%と断言できる作家性剥き出しの作品であった。
では、そのウェスの作家性(=ウェスっぽさ)とはいったいどういうものなのだろうか。『ウェス・アンダーソンすぎる風景展』でみられるようなポップなパステルカラーやレトロ感だけに留まらない、奥行きある「ウェスっぽさ」の中身を分析していきたい。
ウェス作品をウェスたらしめているのは、やはりビジュアルのユニークさだ。なかでも彼の作家性を際立たせているのは奇抜な色調である。長編監督デビュー作である『アンソニーのハッピー・モーテル』(1996年)は後年ほどの顕著な個性はないものの、こと色調においてはすでに異彩を放っていた。主人公らが着る赤と黄の衣装は強盗映画と思えないほど鮮やかで、いまと通じる嗜好を感じ取ることができる。
この赤と黄という2色は他作品でも効果的に使われており、とくに『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』(2001年)のグウィネス・パルトロウの黄色い毛皮コート、ベン・スティラーの赤ジャージが印象的だ(ちなみに新作『アステロイド・シティ』のタイトルロゴも赤と黄で構成されている)。
その後は作品を経るにつれ、徐々に全体が淡い色調に変わっていくが、現在のトーンが確立されたのは『ムーンライズ・キングダム』(2012年)だろう。だがそれ以前も以後も、ウェスはキャラクターを特徴づけたり、時代を切り分けたり(同時にアスペクト比を変更するパターンが多い)、テーマを表現する手段のひとつとして有効に色を活用してきた。
面白いのは、その色がときに世間の持つイメージとまったく噛み合わないという点だ。『ライフ・アクアティック』(2004年)や『グランド・ブダペスト・ホテル』(2014年)で、激しい銃撃戦が鮮やかな水色やピンクに包まれていたのは唯一無二の表現だろう。『アステロイド・シティ』も喪失を描く作品であったが、それを思わせないほどのポップな水色と黄色が画面を支配していた。全体の可愛らしい色調を楽しみつつも、そんな感情や表現と色のミスマッチや、そこに秘められた意味合いを探るのもウェス作品の楽しみ方のひとつである。
『アステロイド・シティ』より ©2022 Pop. 87 Productions LLC
ウェス作品のビジュアル面でもうひとつ大きな特徴といえばその構図。多用されるのは焦点となる人物を中心に配置され、対称構図で水平に撮る肖像画のようなショット。ドキュメンタリータッチの対極にある人工的な画づくりだ。『アステロイド・シティ』のモーテルをはじめ、建築物が縦に割れたミニチュアハウスのようにつくられているのも毎度お馴染みの演出である。そのミニチュアのような建築物のなかを、扉や階段、梯子などを使い登場人物が行き来する様は人形劇を見ているような感覚を覚える。
これらは総じて演劇的な画づくりといえよう。高校時代に演劇部で脚本と演出を手がけていたウェスは、映画においても劇作家としての見せ方を追求する。演劇のようなセットを用い、演劇を観るような平面的な視点を映画に落とし込んでいるのだ。
『アステロイド・シティ』より、ジェイソン・シュワルツマン(左)とスカーレット・ヨハンソン(右) ©2022 Pop. 87 Productions LLC
とはいえひたすら平面的というわけでは決してなく、スタンリー・キューブリックさながらの一点透視法を用いたカットも多くみられるのも特徴的。それゆえに平坦さと同時に奥行きもある、独特で不思議な世界が生まれている。
ほかにも煙草や葉巻を吸うシーンや、制服、車や列車といった乗り物が頻繁に登場するなど、ビジュアルの細かい部分を挙げていくと枚挙にいとまがないのでこの辺りにしておこう。
つぎに、ビジュアル以外の「ウェスっぽさ」とは何か、を考えたい。ひとつはキャストとその演技だ。
ウェス映画にはオスカー俳優のエイドリアン・ブロディやティルダ・スウィントンといった毎度お馴染みの実力派が勢揃いするが、彼らは決して個性を主張しない。ウェス映画の台詞のほとんどは、抑揚なく早口で語られる。
そしてキャラクターも個性的ながら淡白で、目前の状況から意識が離されているようにリアクションが薄い。『アステロイド・シティ』のUFO来襲のシーンはそれの極みだろう。どんな個性の強い俳優もウェス・ワールドに踏み込めばそのフレームに収まる。決して演技がキャラクターを追い越すことはない。
『アステロイド・シティ』でのエイドリアン・ブロディ(中央) ©2022 Pop. 87 Productions LLC
「機能不全の家族」や「喪失や失敗をどう受け入れるか」というテーマもあらゆるウェス映画に共通している。『天才マックスの世界』(1998年)をはじめ、その世界に登場する子どもは、みな大人よりも大人びている。
その一方で、大人は子どものまま成長できていない場合がほとんど。子どもに母の死を打ち明けられず悩み続ける父親と、それを察する聡明な息子が登場する『アステロイド・シティ』もそのひとつ。成長しきれない大人たちは、失った穴やひび割れた関係を埋めようと必死でもがくのだ。
たとえ映像や物語が浮世離れしていても、その葛藤は観客の経験に語りかけ、心と共鳴する。ウェスの世界が人々を魅了するのは、ポップでお洒落な映像があるからだけではないのだ。
ビジュアルと同様に、ストーリーにもしばしば演劇要素が組み込まれる。演劇部で演出家をしている高校生が主役というウェスの自己言及的な『天才マックスの世界』、劇中劇が上演される『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』。そして、劇中劇とその舞台裏を追う『アステロイド・シティ』。その作中で描かれる、生みの苦しみを味わったり、俳優との向き合い方を探ったりする劇作家の姿に、創造主であるウェスの姿が自然と重なって見えないだろうか。
『アステロイド・シティ』の撮影現場でのウェス(左)とジェイソン・シュワルツマン(中央)、トム・ハンクス(右) ©2022 Pop. 87 Productions LLC
賛否が分かれる『アステロイド・シティ』であるが、そんなさまざまな「ウェスっぽさ」がなみなみと注ぎ込まれた、集大成的作品であることは間違いないだろう。
そして9月27日より4日連続で、ウェス・アンダーソンが監督する新作短編映画『ヘンリー・シュガーのワンダフルな物語』『白鳥』『ネズミ捕り男』『毒』がNetflixにて配信開始となった。すべて作家ロアルド・ダールの短編小説の映画化作品だ。
初日の9月27日に配信された『ヘンリー・シュガーのワンダフルな物語』は、ギャンブルでイカサマをするために透視能力を身につけた男を描く作品。主人公ヘンリーを演じるのは、ウェス作品初出演となるベネディクト・カンバーバッチだ。ほかにもレイフ・ファインズ、ベン・キングズレー、デヴ・パテルといった豪華キャストが名を連ねる。
『ヘンリー・シュガーのワンダフルな物語』より、ヘンリー・シュガーを演じるベネディクト・カンバーバッチ Courtesy of Netflix
ヴェネチア国際映画祭でプレミア上映された本作は、米批評サイト『RottenTomatoes』で98%フレッシュ(9月28日時点)とかなりの高評価。「『アステロイド・シティ』が控えめに感じるほどに挑戦的(*1)」、「アンダーソンの宝石箱のようなスタイルで描かれる、魅力的で愛らしい精神的成長の寓話(*2)」と各メディアからも賞賛の声が上がっている。
作品を見ると、なるほど確かに「『アステロイド・シティ』が控えめに感じる」という評も納得のウェス・アンダーソンの原液の如き作品だ。物語が幕を開けると早々にロアルド・ダール(レイフ・ファインズ)がヘンリー・シュガー(ベネディクト・カンバーバッチ)という男の物語を語りはじめ、そのヘンリーはチャタジー医師(デヴ・パテル)が残した透視能力を持つカーン(ベン・キングズレー)の観察記録を読みはじめる。開始4分で『アステロイド・シティ』同様、3層の入れ子構造の出来上がりだ。
そして愉快なのは登場人物全員が「第四の壁」を破ってこちら側を見つめ、語りかけ続けるという点。というのも登場人物は原作の台詞だけじゃなく、「私は『~』と語った」という地の文まですべて口にする。読んで字の如く「原作に忠実に映像化」したのだ。
またウェスらしい演劇的な見せ方が、本作においては突き抜けている。平坦でからくりのように動くセットでこちらに語りかける登場人物を見ていると、映画という媒体で見る演劇のような印象を受ける。
意外なのがスタンダードサイズ(1.33:1)のアスペクト比。これまで『グランド・ブダペスト・ホテル』や『アステロイド・シティ』で時代や階層を切り分けるために用いられてきたが、本作では全編にわたり採用。従来の作品よりもさらに人工的にデザインされた画面となり、ロアルド・ダール原作映画に相応しいクラシックで寓話的な色合いを持たせることに成功している。
『ヘンリー・シュガーのワンダフルな物語』よりCourtesy of Netflix
それ以外にも、お馴染みの淡い色彩設計や、シンメトリーな構図、動きのある点透視法、早口で抑揚のない話法と、上述の「ウェスっぽい」演出の詰め合わせ状態となっている。約40分というランタイムにウェスの魔法がたっぷりと詰められた、ファン垂涎の作品ということは間違いない。『ファンタスティック Mr.FOX』に続き、ウェスのロアルド・ダール映像化は見事な成功を収めた。残りの短編『白鳥』『ネズミ捕り男』『毒』は本稿執筆段階でまだ見られていないが、この調子でいけばかなり期待してよいだろう。
また、ロアルド・ダール原作の映画とは別に、ウェスはロマン・コッポラと協力した次回作の脚本も執筆済みと語っている(*3)。主演を務めるのは『フレンチ・ディスパッチ』にも出演したベニチオ・デル・トロ。スパイと父娘の関係についての物語で、これまで以上にダークな世界に足を踏み入れた作品になるという(*4)。
ポップな印象が強いだけにダークな世界というのはいまいちピンと来ないが、いままでにないウェス・ノワールが見られるのかもしれない。新たな「ウェスっぽさ」を更新してくれることに期待するばかりである。