2023年09月24日 09:41 弁護士ドットコム
介護タクシーを利用していた高齢女性が、降車後の事故で、足のすねの皮下組織がむき出しになる大ケガを負った。その数日後、ケガと入院への不安を抱く中で、女性の容態は急変し、搬送先の病院で死亡が確認された。
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事故当時は、車両から自宅ベッドまで移動中で、介護タクシーの現場スタッフが手伝っていた。
介護タクシーの運営会社(埼玉県東部地域)は、スタッフの過失によるケガだったと認めて、死亡までにかかった治療費を支払った。しかし、死亡との因果関係までは認めず、遺族との話し合いは平行線のままだ。
高齢化で、需要が高まる介護タクシーだが、今回のように、車両から離れたときに利用者が事故にあった場合、ガイドラインがなく、その責任の所在があいまいになっている。(ライター・渋井哲也)
亡くなったのは、埼玉県内の70代女性で、足が悪く「要介護1」の認定を受けていた。
女性の息子であるアキラさん(仮名・40代)の証言や、診療情報提供書、調停資料などによると、女性は2022年1月11日、背中や肩に痛みがあったので、救急車を呼んだ。
病院でレントゲン検査や血液検査を受けたが、「異常なし」と診断されて、一般のタクシーで帰宅した。翌日になっても、身体の痛みが治まらないため、再び病院に向かった。
「このとき、A社の介護タクシーを初めて利用しました。予約なしでも利用できるということでした」(アキラさん)
病院からの帰宅も、A社の介護タクシーを利用した。自宅前で降車後、スタッフに寄り添われながら、自室まで車椅子で移動した。
スタッフが女性を抱えて、車椅子からベッドに移そうとした際、車椅子のフットレス部分に女性の足がぶつかった。右すねの皮下組織がむき出しになって、出血した。
直後の話し合いの中で、A社は過失を認めたという。
「スタッフは『足元を見ていなかった。自分でも何があったのかわからない』と言っていました。肉がえぐれていました。すぐに病院で手術をしました。処置室で私も同席しましたが、母は絶叫していました。A社の人たちも廊下で聞いていました。
手術後、炎症を抑えるための薬を飲みましたが、一晩中眠れず、苦しんでいました。入院が必要になると医者に言われましたので、母は『入院になったら歩けなくなる』と悩んでいました」(アキラさん)
その5日後、女性の容態は急変した。呼吸が乱れて、意識が混濁する状態となり、「素人目でも明らかにおかしいと思いました」(アキラさん)。119番通報で、救急隊員が到着したものの、女性の意識はなくなり、搬送中に心停止した。
その後、県内の病院で、死亡が確認された。死亡診断書には「不詳の内因死」(病死ではないが、原因不明の死)という記載がされているが、司法解剖はされなかったという。
母親が亡くなったあと、アキラさんは事実確認のため、自宅でA社と話し合いの場をもった。そのときも、A社側は、ケガをさせた過失を認めていたという。
「さらに『犯罪になりえるのではないか?』と聞くと、それも認めました。その数日後、A社が警察署に出頭していることがわかり、私も向かいました。このとき、警察から『被害者が亡くなっているので、被害届の受理は難しい』と言われました」(アキラさん)
母が亡くなった責任をつぐなってほしい――。アキラさんがそう考えていたところ、A社側は、ケガと死亡との因果関係はないとして「慰謝料を支払う必要はない。支払ったとしても、30万円まで」と主張してきたという。
アキラさんは、A社社長から「弁護士を雇ってください、双方弁護士でなければ話をしない」と言われたため弁護士に依頼。交渉したものの、提示金額には変化がなかった。
「その後、A社からの調停申し立てがありました。当日、私も出廷したが、A社は代理人弁護士だけが来て、『調停の申立書に記載した金額以上に上乗せすることはありません』などと言い、調停は不成立となりました。話し合った末の交渉決裂ではありません。私の弁護士も調停という話合いの場には出席したものの、金額の調整はしないという対応には驚きました」(アキラさん)
A社の社長は、筆者の取材に対して「最終的には、金銭的に折り合いがつきませんでした。会社としても、保険に入っています。しかし、相手方の請求額と食い違いがありました」と話す。
暗礁に乗り上げそうな中、アキラさんは2022年11月、弁護士を通じて、県警に被害届を提出した。それまでは「受理できない」と言われていたが、業務上過失傷害の疑いで受理された。
そして今年9月12日、スタッフ2人が業務上過失傷害の疑いで書類送検された。社長は、筆者の取材に「(書類送検は)警察の判断なので、何とも言えないですが、ケガをさせたことに対して申し訳ないという気持ちです」とコメントした。
しかし、直接、謝罪を受けていないアキラさんの怒りはおさまらない。誠意を感じ取れないからだという。
「話し合いで、社長は『会社に問題があった』と認めていました。しかし、介護タクシーの降車後の介護作業に関しては、特別な法律もガイドラインもなく、会社の刑事責任は問えないという警察の判断でした。
これが、たとえば、電気工事現場での事故なら、法律が定められ、会社や現場監督者が一定の責任を負うこともあるそうです。しかし、介護タクシーの場合、降車後の事故については、行政による指導や調査すらできないというのです」(アキラさん)
介護保険に関連する訪問事業の場合は、県が事実調査をしたうえで、指導することもある。しかし、「介護タクシーは認可が国土交通省なので、指導があるとしたら国交省ではないか」(埼玉県 福祉部 高齢者福祉課 施設・事業者指導担当)。
たしかに介護タクシーの許可申請先は、国土交通省の「運輸局」になっている。
だが、国交省でも、車両を降りたあとの事故を把握したり、指導する仕組みがなく、介護作業を実施することに関する「抜け穴」ができている。
「国土交通省としては、事業用の車両に関する安全運行を管理している。運送中の交通事故や、車両から降りるときのケガや事故など、車両が関係していているときには事故報告を求めている。
しかし、車両から離れた場合は、車両の運行ではないため、管轄外になり、該当する報告は求めていない」(国土交通省 自動車局 安全政策課)
そのため、アキラさんは、A社に認可を与えた関東運輸局・埼玉運輸支局に対して要望書を提出して、次のようなことをもとめている。
(1)介護業務の部分に関する事故防止のガイドラインを作ること
(2)福祉・介護タクシーの業務中に事故が起きた際には、会社の代表者は速やかに国土交通省に報告をするようにすること
(3)会社の業務遂行に関する内規不足で業務中に事故が発生した場合は、一度業務を停止させて、行政指導をする
A社は、筆者の取材に対して、埼玉運輸支局から指導を受けたことを明らかにした。そのうえで次のように説明した。
「(ケガをさせてしまった)当時、フットサポートにカバーをかけてなかったので、そこにはカバーをかけるようにはしています。その部分はプラスチックなので、引っかかる可能性があります。
足などがむき出しの場合はタオルを巻くなどの対策を取るよう、従業員に徹底するように言いました。細かい情報を看護師さんやケアマネさんやヘルパーさんから聞きながら進めないと危険だとつくづく感じました。
当時も従業員が複数いましたが、それでも見切れない部分がありました」(社長)
一方、アキラさんはこう述べている。
「当初、警察は会社にも何らかの問題がある可能性も考慮して捜査をしてくれました。しかし、タクシー降車後の従業員による介護作業の実施に関する明確な法的規制がなかったため、社長の立件は見送ったとのことでした。
介護タクシーの運営会社が、介護中に安全確認を怠って大ケガを負わせておきながら、民事の対応も(死について)謝罪もせずに済まそうというのは到底許せるものではなく、徹底的に追及したいです。また、同じような事故を二度と起こさないためにも、国交省などにも、安全のためのガイドラインの制定を求めつづけていきます」