2023年09月23日 09:30 弁護士ドットコム
日本の会社員は、海外と比べて仕事へのやる気や熱意に乏しい、という指摘を聞くことが多い。
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仕事や職場への熱意や愛着を示す「従業員エンゲージメント」の国際比較をすると、日本が突出して低く出ているケースが多い。米ギャラップが今年6月13日にまとめた「グローバル職場環境調査2023」によると、日本の従業員エンゲージメントは5%しかなく、145カ国の中でイタリアと並んで最も低かった。
従業員エンゲージメントは業績との関連性も指摘されており、低いままだと企業の成長の阻害要因となる可能性がある。なぜこんなに低いのか、上げるにはどうしたらいいのか。武田薬品でグローバル人事を経験するなど、海外と日本の人事に詳しいコンサルタントの藤間美樹氏に詳しく聞いた。(編集部:新志有裕)
ーー「エンゲージメント」というのは、わかるようでわからない概念なのですが、どういったものをイメージすればいいのでしょうか。
結婚の際のエンゲージメントリングを思い浮かべるとわかりやすいでしょう。単なる契約を超えて、尽くしたいんだという気持ちがそこにあります。
仕事におけるエンゲージメントについては、報酬だけではなく、その仕事が面白くて没頭する、入り込んで我を忘れるような感じがあるかどうかです。
自分が興味があることができているかどうかであって、これは従業員満足度と同じものではありません。従業員満足度の場合は、報酬が高い、休みが多い、優しい上司が多い、といった要因でも上がることがあるからです。
ーーなぜ世界的にみて、エンゲージメントが低くなっているのでしょうか。
「メンバーシップ型雇用」(組織のメンバーとして、新卒一括採用で職務内容を限定せずに入社し、会社の命令で異動しながら出世していく仕組み)の日本では、大企業を中心に終身雇用が根付いていて、雇用が安定しすぎているからですね。
勤続年数の国際比較データをみても、日本の勤続年数は12.3年で、海外と比較して最も高くなっています。性別では男性が13.7年でさらに長くなっていて、これは勤続年数が長い正社員が、男性中心になっているからだと考えられます。
このような環境のもとで、いい大学に入って、いい会社に入れば人生安泰というライフサイクルが出来ていて、その会社に居続けることが生きていく糧になっています。
一方、海外では国による違いもありますが、終身雇用ではないので、自分で選んだ道を歩んで、成長していくことになります。ですから、自分にとっていいと思える職場なら、そこで働き続けますし、嫌なら出ていくだけです。上司が嫌だから退職するというのも当たり前のことです。
でも、日本では嫌な仕事をさせられていると思っても、他社に移ることは簡単ではないので、我慢をすることが生きていく術になっています。そして、会社の中にいると、従業員自身の意思とは関係のない異動をさせられます。
会社からすると、従業員が簡単にはやめないから、やる気を出してもらうための工夫をしなくていいし、奴隷のように扱うことができてしまいます。これでは、エンゲージメントが上がるわけがないでしょう。
ーーもともと日本人は謙抑的で、ポジティブな感情を表に出さないという国民性ですが、そういった傾向がエンゲージメントの低さに反映されているのではないでしょうか。
たしかにそういう面はあります。例えば、子どもの教育でも、アメリカでは「自分らしくやりなさい」「負けたらだめよ」と言われるのに、日本では「仲良くしなさい」「お利口さんにしなさい」「あなたお兄ちゃん、お姉ちゃんでしょ」と言われて、意見を封じ込められて育ってきています。
国民性が、エンゲージメントの低さに反映されている可能性はありますが、それだけでは全てを説明しきれないでしょう。やはり雇用の仕組みの影響が大きいと考えています。
ーー終身雇用だからこそ、仕事や職場への愛着が高まることもあるのではないでしょうか。
確かに会社への強い愛着を持っている人はいます。ただ、会社は好きでも、上司は嫌いだという人が多いんです。
会社に愛着のある人は、名刺を見せながら、「私はA社にいます」ということを外の人に言いたいんですよ。その会社のメンバーであるという肩書に心地よさを感じているわけです。でも、会社に居続けることが目的になっているので、いわゆる「愛社精神」が高いことと、エンゲージメントの高さがイコールにはならないんです。
こういったことは海外ではありません。大企業と新興企業のマネージャーの2つの求人があったならば、仕事の内容と報酬を踏まえて、より面白い方にいきます。いったん新興企業にいった後、大企業のさらに高いポジションにいくこともあるでしょう。
ーーエンゲージメントが低くても、「真面目にいい仕事」をしているのであれば、問題ないとは考えられないでしょうか。例えば、サービス業を海外と比べると、日本の方が丁寧で質の高いサービスを提供している印象があります。
確かに品質がいいというのは、消費者としてはありがたいものです。しかし、例えば、真面目に1日8時間の仕事をしたとしても、上司から言われたことを同じようにやっているのならば、新しいことには一切時間を使っていないことになります。自発的に新しいことをやろうとすれば、今やっていることに多少の問題が出ることだってあります。
今いる会社に居続けるために頑張っていることがゴールになっていて、真面目に昨日も今日も明日も同じことを続ける人たちばかりになってしまうと、イノベーションは生まれません。だからこそ、自発的な取り組みにつながるエンゲージメントが重要なのです。
ーー「メンバーシップ型雇用」が浸透していて、「嫌ならやめればいい」が日本で通用しにくいのならば、今いる会社でのエンゲージメントを高めることが重要になるかと思うのですが、どうしたらいいのでしょうか。
従業員のキャリア自律を高めていくことです。ただ、急に「自律してよ」と言っても、簡単にできるものではありません。自律性が高まる仕組みを作ることが大事です。
具体的には、従業員の意向を無視した異動をしないといったことや、社内のポジションが空いた場合に、社内公募を積極的にしていくということです。
自分でやりたい仕事を考え、学んだ人がそのポジションにつくということであって、年功や上司に気に入られているかどうかという要素は一切排除すべきです。
最近、職務内容を明確化する「ジョブ型雇用」という言葉が流行していますが、具体的なタスクまで明記しなくても、そのポジションに求められる役割期待は何かを明確に定めて、社内にオープンにすればいいのです。日本の労働市場の流動性が低くても、社内での流動性を高めることはもっとできるはずです。
ーー自社でできることとして、採用のあり方は変えられないのでしょうか。
特徴的なデータがあるのですが、日本では、進路をいつ決めるのかというルールがないため、大学の後期になって一斉に考えています。例えば、アメリカやドイツ、オーストラリアは、大学生の後期に進路を決める人は20%前後ですが、日本は66%もいます。しかも新卒一括採用のため、会社は決まっても入社するまで職種は不明であることが多く、これは、大学生が勉強しない理由にもリンクしてきます。
それでも、新卒をコース別の採用にして、本人の希望を踏まえた採用にすることは可能なはずです。人事異動は本人の同意が原則ということにして、募集の時点で、どんなことをするのかをある程度明確にすれば、新卒でも中途でもいい人材を採用できます。
ーーそのような企業内部での取り組みの積み重ねによって、やがては日本の労働市場全体が変わっていくということでしょうか。
そうですね。副業を認める企業が増えることも重要です。中小企業やスタートアップは、成長すればするほど、大企業との取引が増えてくるので、大企業の中のことをよく知っている人を求めています。
大企業の人がスタートアップに移って頑張るというのは世の中全体にとっていいことですし、一度出ていった人がまた大企業に戻ってきてもいい。そうやって、変化が起きていってほしい。
厳しいことを言ってきましたが、日本人がダメな国民だということを言っているわけではありません。Googleなど、外資系の企業で日本人従業員のエンゲージメントが高いところはたくさんあります。私がかつて在籍していた武田薬品も、経営陣が外国人に代わったら、一気に社内が変わりました。日本企業の仕組みと風土を変えていくことが大事なのです。
【プロフィール】 藤間 美樹 (ふじま・みき) 株式会社HR&B代表取締役:神戸大学卒業後、アステラス製薬(当時藤沢薬品工業)、バイエルメディカルで人事を経験。武田薬品工業では人事のグローバル化を推進し、70数か国を管轄する本社部門のHRビジネスパートナーのグローバルヘッド等の要職を歴任。その後、参天製薬にて執行役員人事本部長、積水ハウスで執行役員人財開発部長を歴任した。2023年4月に株式会社HR&Bを創業し、人事コンサルタントとエグゼクティブコーチとして活動している。