2023年09月19日 10:21 弁護士ドットコム
中古車販売大手ビッグモーターが、アルバイトを含む全従業員に対して、秘密保持に関する誓約書を提出するよう通達を出したと報じられた。
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西日本新聞(9月6日)によると、誓約書は業務で知り得た情報を外部に漏らさないことや業務用のパソコンや電子メールの調査・モニタリング(監視)に同意を求める内容で、違反者には懲戒処分や損害賠償請求をするとも記されているという。また、他の内部文書では、報道機関の取材に応じれば「当社への深刻なダメージとなる」と記されていたとも報じられている。
保険金の不正請求以外にも、街路樹の取り扱いや不適切な販売手法、社内でのパワハラなどについて、いまだ報道は収まる気配がない。こうした取材に歯止めをかけたい趣旨なのかもしれないが、このような誓約書の提出を求めることに問題はないのだろうか。企業コンプライアンスや内部通報制度に詳しい大森景一弁護士に聞いた。
——今回のような誓約書への署名を求めることは問題ないのでしょうか。
業務上知り得た秘密を漏洩しないことの誓約や業務用パソコンなどのモニタリングについての同意を従業員から取得すること自体は必ずしも違法ではなく、実際に多くの企業で行われています。
しかし、誓約や同意は従業員の行動に対する大きな制約になり得るため、常に有効だというわけではありません。裁判例でも、秘密保持義務の範囲について、義務を課すのが合理的であるといえる内容に限定して解釈するのが相当であると判断したものがあります。
たとえば、もっぱら社内不祥事の外部通報を防止することが目的と認められれば、その誓約書の有効性が否定される可能性もあるでしょうし、秘密保持を求められる範囲についても、必要以上に広範な定めとなっている場合には、過度に従業員の行動を制約するものとして無効とされる余地もあるでしょう。無効とされるような誓約書への署名を求め、その遵守を求めることは違法となりえます。
——誓約書への署名が社員を萎縮させるおそれもありそうです。
もちろん、従業員が誓約書への署名の件で一連の不祥事の根本的な原因は解消されていないと捉える可能性は十分あり、それは信頼回復に向けて正すべき点は正して再出発していこうという社内の機運を萎縮させてしまいかねませんから、適法性の観点だけでなく、社内の不正の是正という観点からも問題があります。
さらに、問題はそれだけではありません。情報をコントロールしたいという会社の立場から見たとしても、このような誓約を求めることには内部告発や内部通報との関係で大きな問題があり、よい方法とはいえません。
公益通報者保護法では、「役務提供先から……公益通報をしないことを正当な理由がなくて要求された場合」(3条3号ニ)に、報道機関などの外部通報先へ通報した者に対して同法による保護が及びうることと規定しています。
今回のような会社側の行動が「公益通報をしないことを正当な理由がなくて要求された場合」に当たると認められれば、むしろ会社の意図とは逆に、会社外部への告発や通報を容易にしかねないのです。
10~20年前であればともかく、現在では、公益通報者保護法も改正されるなどして少しずつ認知度が上がってきていますし、多くの弁護士会が公益通報・内部通報に関する相談窓口を設けるようになってきています。
脅して押さえつけることで従業員からの情報漏洩をコントロールすることができる時代ではなくなってきているといえるでしょう。
もし会社側が外部への告発や通報を避けたいのであれば、禁止するのではなく、違法行為に関する情報を持つ従業員が自社の自浄作用に期待して、外部ではなく会社内部に自発的に通報したくなるような対応をとらなければいけません。
そのためには、社内で不正に対して厳正に対処するとともに、不正の情報を報告した者を積極的に評価し、そのような者が不利益を受けないよう、会社としてしっかりと保護しなければなりません。
——ビッグモーターについては、特別調査委員会の調査報告書で内部統制体制の不備やコンプライアンス意識の鈍麻などが指摘されていました。企業が信頼回復をしようとする場合、一般論としてまずはどのようなことに着手すべきなのでしょうか。
信頼回復のためにしなければならないことは多々あるでしょうが、いずれにしてもすぐに劇的な効果が得られるような方策があるわけではありません。
問題の原因を取り除くことができればよいのですが、特にオーナーが株式の大半を保有している企業では、その影響を完全に払拭することには困難が伴います。
今回の調査報告書でも提言されている内部通報制度の整備などは比較的実践しやすい方策であり、他の不祥事に関する調査報告書の多くでも整備が求められています。
しかし、単に内部通報窓口を設置するだけではあまり効果は期待できず、形だけ整えて終わってしまうことになりかねません。
実効性の高い制度にするためには公益通報者保護法、同法に基づく指針や解説、それらのバックグラウンドなどについての専門的知識や通報窓口の運用上のノウハウも必要で、実はこの分野に関する専門家は多くありません。
また、特に今回のように組織上層部のコンプライアンス意識の鈍麻が不正に影響しているような場合には、通報窓口にその影響をできるだけ排した独立性・中立性の高い外部の弁護士を配置することは必須と思われます。
究極的には、オーナーである創業者一族及び経営陣がコンプライアンス意識を身につけ、地道な実践を積み重ねてそれを示していくことが最も重要だと考えられます。
【取材協力弁護士】
大森 景一(おおもり・けいいち)弁護士
平成17年弁護士登録。大阪弁護士会所属。同会公益通報者支援委員会委員など。
一般民事事件・刑事事件を広く取り扱うほか、内部通報制度の構築・運用などのコンプライアンス分野に力を入れ、内部通報の外部窓口なども担当している。著書に『逐条解説公益通報者保護法』(共著)など。
事務所名:大森総合法律事務所
事務所URL:https://omori-law.com