2023年09月14日 10:11 弁護士ドットコム
岡山県津山市で9月9日、祖母の車の中に置き去りにされた男の子(2歳)が亡くなった。祖母は保育園に送り忘れたといい、死因は熱中症だった。
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報道によると、この保育園では、朝の出欠が確認できない場合、保護者に連絡する規則があったとされるが、今回は連絡していなかったようだ。
いたましい事件は防げたのかもしれないとして、一時は「保育園のせい」というワードがSNSのトレンドに上がった。保育園側の責任をどのように考えればよいのか。
この問題も含めて、保育園の法的問題を整理した著作のある吉永公平弁護士は「保育園には出欠確認の法的な責任はない」という考えを示している。吉永弁護士に聞いた。
——保護者に連絡しなかった保育園に責任はあるのでしょうか
亡くなられたお子さんにはご冥福をお祈りいたします。今回の事故の詳細な事実関係はまだわからないため、報道を前提として、個人的見解ではありますが、今回の問題を考えたいと思います。
この保育園では、規則により、園児が一定の時刻を過ぎても登園していないと保護者に連絡するよう定めていたものの、今回は連絡しなかったとのことです。
この対応には批判もありますが、一般論として保育園に法的な責任があるのか、具体的にはご遺族への損害賠償責任が生じるか否かは、冷静に判断する必要があります。
この点に関する法律の定めはなく、私が調べる限り判例も見当たりません。保育園の規則はあくまでも内部ルールのため、ただちにご遺族への法的な責任の根拠となるものではありません。
保育園が保護者に連絡することが望ましいとはいえ、連絡しなかったときに「法的責任」まで負うのか、それとも「道義的責任」を負うにとどまるのかが問題となります。
――どう考えればよいのでしょうか
スクールバスを利用しない限り、保育園に園児を登園させるのは保護者(または保護者から依頼された人)です。
保護者の責任のもとで登園する必要があり、園児の状況は主として保護者が把握すべきです。そうすると、保育園が負う本来的な安全配慮義務は「登園した後」にあることも踏まえ、保育園は出欠を保護者に連絡する「法的責任」までは負わないと思われます。
ただし、保育園も登園していないという情報を有していたケースでは、保育園にも園児を助ける機会はあったとも言えるので、できる限り保護者に連絡することが望ましいことから、保育園には「道義的責任」があると思われます。「道義的責任」は損害賠償責任を生じさせるものではありません。
——この問題をめぐり、国から保育園への通知はどうなっていましたか
国はこれまで、自治体への事務連絡を通じて保育園などに「こどもの欠席連絡等の出欠状況に関する情報については、バスによる送迎を行うこどもかどうかにかかわらず、(中略)保護者への速やかな確認及び職員間における情報共有を徹底していただきたい」と周知しています。
このような政府の事務連絡は法律そのものではありません。一般論としては、国のガイドラインや通知・事務連絡等が「法的責任」の根拠の「一つ」として考慮されることはありますが、上記の国の事務連絡は、保育園の「道義的責任」を踏まえたお願いにとどまるものと理解すべきだと思われます。
また、厚生労働省が定めた保育所保育指針とその解説にも、保育園が保護者に出欠の連絡をすべきとは規定されていません。
保育園の「責任」については以上のように考えられますが、事故が発生しないような各種の予防策が求められることは論をまたないでしょう。
保育園も保護者も苦労しています。ヒューマン・エラーはどうしても起こるという前提のもと、起こさせないシステムを考える方向性を検討すべきです。
ただでさえ忙しい保育園の現場に過剰な負担とならない形で、出欠管理にICT(情報通信技術)を導入するなどの対策が現実的であろうかと思います。
なお、判例も見当たらないと冒頭で述べましたが、参考までに、中学校においては裁判例があります。
自宅を出発した子どもが登校時間になっても出席せず、そのまま外で自死した事案で、学校がただちに出欠確認の連絡を入れていれば防げたとして、両親が学校の欠席確認義務違反等を主張する訴訟を起こしました。
判決は学校の欠席確認義務を原則として否定しています(さいたま地判平成20年7月18日)。登校していないという情報を有しているのは学校だけと想定されますが、それでも学校の欠席確認義務が原則として否定されていることは、中学校と保育園の違いを踏まえても、参考になるものと思われます。
【取材協力弁護士】
吉永 公平(よしなが・こうへい)弁護士
名古屋大学法学部卒業、名古屋大学法科大学院修了後、2012年弁護士登録。法律事務所にて勤務した後、2014年春日井市入庁。現在、総務部参事。職員からの法律相談や職員研修、庁内報の発行、学校の生徒への法教育等を主な業務としている。著作に『ズバッと解決! 保育者のリアルなお悩み200』(ぎょうせい)。中京大学総合政策学部(地方自治法)・名古屋学院大学法学部(情報法)非常勤講師や、他の自治体や劇場・病院での研修講師も務める。保育園に通う子どもを持つ父親でもある。