Text by 生駒奨
Text by 稲垣貴俊
『第9地区』(2009年)や『チャッピー』(2015年)などSF映画の名手として知られるニール・ブロムカンプ監督が、カーレースゲーム『グランツーリスモ』を実写映画化する――このことが発表されたとき、世界中の映画ファンが驚愕した。ダークな設定のSF映画のなかに、ハードな政治性とエモーショナルな人間ドラマを描き込んできたブロムカンプが、いったいどのような手つきでゲームを映画化するというのか。
現在、ハリウッドでは『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』(2023年)や『アンチャーテッド』(2022年)など、ゲームの映像化がひとつのトレンドとなっている。しかし、映画『グランツーリスモ』がそれらと大きく異なるのは、この作品が同時に「実話映画」でもあることだ。
主人公のヤン・マーデンボローは、実在する伝説的なドライバー。プレイステーションと日産がタッグを組んだドライバー発掘プログラム『GTアカデミー』からプロのレース界に進出し、2011年のGTヨーロッパ大会で優勝した実績を持つ。『GTアカデミー』とは、世界中からゲームのトッププレイヤーを選抜し、本物のプロレーサーに育て上げるという前代未聞のプロジェクトだ。
この野心的一作に挑んだブロムカンプもまた、近年は短編映画シリーズ『OATS STUDIOS』(2020年)を手がけ、さらにビデオゲームの開発にも参加するなど多岐にわたる活動に取り組んできた。ともに挑戦的な企画とクリエイター、双方の相性はぴったりだったのかもしれない。
この記事では、ブロムカンプにインタビューを実施。「ゲームの映画化」というトレンドについて尋ねると、「ビデオゲームは非常に複雑かつ高度になってきました。今後、逆に映画をゲーム化する動きがより進んでも驚きません。近々、ゲームが映画界を支配する日が来るのかも」と語る。映画『グランツーリスモ』に参加するまでの経緯や過去作との違い、そして本作ならではのチャレンジを聞いた。
―過去作のSF映画から一転し、『グランツーリスモ』の映画化、しかもプロレーシングというスポーツを撮ることになった経緯をお聞かせください。
ブロムカンプ:自分がスポーツ映画を撮った、という事実を思うたびにニコニコしてしまいます(笑)。だって、そんなことが起こるとはまるで予想しなかったから。
この映画に関わる前、もともと別の脚本をソニーに売り込んでいたんですが、そちらはいままでの作品に近いダークなディストピアSFだったんです。その映画を実現するため、ふさわしい俳優を見つけるために長い期間を費やしていたところ、いきなりソニーから「ところで『グランツーリスモ』を映画化したいんですが、脚本を読む気はないですか?」という話をされたんですよ。
それで脚本を読ませてもらったところ、ストーリーに共感し、そのポジティブさに惹かれたんです。それで映画化を手伝いたいと思いました。
―大胆な作風の転換ですが、ストーリーテリングの面で過去作に通じるところはありましたか?
ブロムカンプ:共通点があるかどうかはわからない……いや、実際にはないと思います。いままでとはまったく別の方向性ですね。この映画を撮りたいと思った理由のひとつに、非常に独特な映画だと感じたことがあります。
脚本を読んだとき、僕が13歳くらいのころに見て刺激を受けた『ロッキー』(1976年)や『ベスト・キッド』(1984年)に近いものを感じた。自分の撮る『グランツーリスモ』はそういう映画にしたいと思いました。
ニール・ブロムカンプ(写真中央)
1979年生まれ、南アフリカ・ヨハネスブルク出身。18歳でカナダに移住しバンクーバー・フィルム・スクールで学ぶ。2009年に長編デビュー作『第9地区』が世界的にヒット。以降、『エリジウム』(2013年)、『チャッピー』(2015年)など骨太なSF作品を手がけ、人気を博している。
―長編映画としては初めて、脚本にご自身の名前がクレジットされていません。映画づくりのプロセスが変化したところはありましたか?
ブロムカンプ:その点はあまり変わりませんでした。いったん脚本が固まったら、あとは創作上の障壁を乗り越えることに集中するだけ。それ以降のプロセスに、これまでの作品と大きな違いはなかったですね。
必要なのは、受け取った脚本をきちんと自分自身のものにすること。書き換えたり、調整や修正を加えたりすることで、自分のビジョンに沿うものにしなければいけません。
―先ほど、本作は過去作とは異なる方向性の作品だとおっしゃいましたが、そのために特別に準備したことは何でしょうか?
ブロムカンプ:とにかく、大切なのは主人公・ヤンの物語を描くことだと考えていました。実際に彼の身に起きたことや、彼が歩んだ人生を忠実に表現しなければいけないと。また、観客をできるかぎり興奮させたいとも思いましたね。レースの最中、ヤンと一緒に車に乗っているように感じてもらいたかったんです。
アーチー・マデクウィが演じる主人公ヤン・マーデンボロー
ブロムカンプ:この映画には2つの基本方針がありました。映画をつくるときは——どんな作品にも言えることではないのかもしれませんが——作品のエモーショナルな核心を発見し、そこに焦点を絞り込むことが重要です。『グランツーリスモ』の場合、それはヤンと「父親たち」の人間関係でした。
ヤンには本当の父親以外に、ジャックというレース界での父親代わりがいる。だから、2人の父親とヤンの関係をそれぞれつくり、それらを軸に作品全体を構築する、これが1つ目の方針になりました。
レースチームでヤンを指導するトレーナー・ジャック(右)。演:デヴィッド・ハーバー
ブロムカンプ:そして2つ目の方針は、人々に刺激を与えられる、向上心に満ちた映画にすること。自分を信じて困難に取り組み、その道を突き進む人たちに、この映画を勝利の象徴のように感じてもらいたかったんです。
―近年はバトルロイヤルゲーム『Off The Grid』にチーフビジョナリーオフィサーとして参加する(*1)などビデオゲームの開発にも携わっていますが、「ゲームの映画化」に取り組むにあたり、ビジュアル面でこだわったポイントをお聞かせください。
ブロムカンプ:とくにこだわったのは、デジタルの世界と現実世界を視覚的にリンクさせ、観客に届けることでした。ヤンは現実の世界を、まるでバーチャル・シミュレーションのように見つめている。シミュレーションのなかで長い時間を過ごしたがゆえ、その感覚を現実に投影し、自分の強みにしているんです。
ブロムカンプ:だから、「バーチャルを現実に持ち込む」ということがビジュアル面のあらゆるアイデアの基本でした。僕自身『グランツーリスモ』をプレイし、ビジュアルとして現実的に落とし込めるものは何かを探る作業をしたのです。
―ゲームの映画化であり、実在のプロレーサーを描く実話映画でもある、このバランスはビジュアル的にどう成立させていったのでしょうか?
ブロムカンプ:僕はこれまで、ファンタジー要素のない、現実世界を直接的に扱った映画を撮ったことがありませんでした。だからこそ、現実を描くために現実を撮るのは非常にクリエイティブで、かつ興味深いチャレンジになると思ったんです。そこでひらめいたのが、とてもカラフルでありながら、同時に現実的な色づかいの映画にするというアイデアでした。
撮影監督(ジャック・ジューフレ)には、「映画のどの瞬間にもたくさんの色を使おう、しかし大部分はプロダクション・デザイン(映画の美術)に由来するものでなくてはならない」と説明しました。つまり、カメラの機能によって色彩豊かな映像をつくるのではないのだと。なぜなら、レースとはそういうものだから。ユニフォームはポップな色で彩度が高いし、レーシングカーもそう。だから全編を通して、画面のなかにさまざまな色を同時に存在させたかったし、照明や撮影のスタイルはそれらを補うものにしたいと思いました。
ブロムカンプ:参考にした作品のひとつは『マネーボール』(2011年)。あの作品のように素朴なリアルさのある映画を目指したんです。もちろん、色彩的な要素をあれこれと取り入れている以上、『マネーボール』より彩度が高くなることはわかっていましたが、それでもこの特殊なルックを打ち出すことが重要でした。
―『グランツーリスモ』の創作から学んだことで、今後の作品にはどんなことが活かせそうですか?
ブロムカンプ:うーん……(と熟考)。興味深い質問ですね。正直に言うと、僕が何を学んだのか、何を今後の作品に活かせるのかはまだわかっていないんです。
言えるのは、『グランツーリスモ』はとても精密な映画だということ。僕がこれまでつくってきた映画は、あえて「荒削り」に仕上げていました。映像的にもストーリー的にも「映画の型」を破って、「あえて整えないこと」を作風にしてきた。でも、今回の『グランツーリスモ』は細部にこだわり、伝統的な方法論も活用してつくり上げたものなんです。
だから今後、もし精密かつ伝統的な映画をつくりたいと思うことがあれば、そこには今回の経験を活かせると思います。そうしたいと思うことがあるか、そんな機会に恵まれるかどうかはまた別の話なんですが。
―この作品を経て、いまもっともやりたいプロジェクトを教えてください。
ブロムカンプ:温めている企画が2つあって、どちらも自分で脚本を書いたものです。同じくらい気に入っているので、どちらを撮るかはまだわからないんですが……片方は自分の夢に近いものですね。詳しいことは言えないんですが、シリアルキラーものに近い作品です。