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画像生成AI「元年」から1年、急激な変革に議論も…クリエイター「852話」さんが描く「イラストの未来」

2023年09月06日 10:11  弁護士ドットコム

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「1人の女の子」「ピンクの髪」「笑顔」


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いくつかのキーワードを打ち込むと、かわいい女の子のイラストが自動的に描かれる。かかる時間は、ほんの2、3秒。さらに、髪の色を何色か指定して、ずっと生成するように指示をすると、今度は際限なく別の髪の色の女の子が生まれてくる。



「生成AI」でつくられた画像だ。昨年夏、代表的な画像生成AIのツールが登場して以降、注目を集めている。



絵に自信がない人も、量産を諦めていた人も、画風を変えたい人も、画像生成AIを利用すれば、完成度の高い絵を一瞬で、大量に作成できる。絵を描きたいという人にとっては、まさに魔法のようなツールであり、今も急激な進化を続けている。



しかし、画像生成AIは多くの人々を惹きつける一方で、議論も巻き起こしている。その1つが、画像を生成する際に必要となる膨大な学習データに、既存の作品が含まれていることだ。



生成AIを批判する人たちは、既存のクリエーターによる作品を「盗用している」という理由から反発している。ただ、既存の画像を学習させることは、現在の著作権法上、問題ないとされている。



画像生成AIはクリエーションにとって福音となるのか、それとも凶兆となるのか。実際に画像生成AIを利用して、日々作品を生み出している人気クリエーター、852話(ハコニワ)さん( @8co28 )に聞いた。(弁護士ドットコムニュース編集部・猪谷千香)







●「メルカリで『悪魔の実』が売り出されるぐらいのスゴイ展開」

ゲームデザイナー、背景グラフィッカー、イラストレーターとして多岐にわたる活動をしている852話さんが、画像生成AIを本格的に使い始めたのは、昨年夏だった。



X(旧ツイッター)で、インタラクションデザイナーの深津貴之さんや、インフルエンサーたちが、画像生成AIについて熱く投稿していたのを目にして、興味を抱いたという。







当時は、画像生成AIのツールとしてメジャーな「Midjourney」や「Stable Diffusion」といったサービスが公開されたばかりで、「メルカリで悪魔の実が売り出されるぐらいのスゴイ展開」(深津さんの投稿より)と言われるほど、注目度が高かった。



そこで、852話さんも「Midjourney」を使って、廃墟のイラストを生成してみた。そのときの投稿がこれだ。



「AIで自動生成した画像 一切加筆と加工をしていない直データ やばい 本当にやばい 廃墟イラスト完全に勝てない 廃業です 神絵が1分で生成される 参った #midjourney 」







852話さんはこう振り返る。



「ゲーム会社から、コンセプトアートの依頼を受けることがあるのですが、最初は、『この技術が出てきたら、そうしたコンセプトアート系の仕事がAIに奪われちゃうんじゃないかな』と思いました」



素直な驚き。それから自分の仕事への影響を考えた結果が、「廃業」という言葉につながった。



「ネットでは『廃業』という言葉ばかりが注目されてしまったのですが、『すごいものが出てきたな、もう完敗しました』という気持ちのほうが強かったです」



●生成AI「新しい世界への期待感」

852話さんはそれから、本格的に画像生成AIのツールを使い始めた。画像生成AIのどこに惹きつけられたのだろうか。



「最初は、自分の考えの外にあるものが生成される、そういうランダム性が面白いと思いました。自分の期待以上だったり、想像していたものよりもふわっといい感じにしてくれる。



それから、この技術があったら、自分の創作活動——当時はゲームを作っていたんですけれど——において、現在よりもクオリティアップが図れるんじゃないかなというふうに夢をみたところが大きいです。新しい世界への期待感がありました」



852話さんは、画像生成AIのツールを用いて、次々と作品を生み出すようになる。そのクオリティは高く、昨年9月には国内初の生成AIによる画像を集めたイラスト集「Artificial Images Midjourney / Stable DiffusionによるAIアートコレクション」(インプレスR&D)を出版して、話題を呼んだ。



今も毎日のように、画像を数千枚単位で生成している。その中から、1日100点ほどに手を入れて、さらに完成度を上げる作業をおこなう。手間はかかるが、腕の本数が多く描かれてしまうなど、AIならではの「ミス」もあるため、修正が必要なのだ。







昨夏のツール登場から1年が経ち、その楽しみ方もさらに変化している。最近はツールが進化していることや、ユーザーのプロンプト(指示)の練度が上がっていることから、より自分のイメージに近い画像を生成ができるようになってきたという。



「最初は本当に何が出てくるのかわからない『ガチャガチャ』みたいな感じで、そのランダム性に惹かれていたのですが、最近はコントロールしてイメージに寄せていくという手法が主流になってきています。どちらも、それぞれの面白さがあって楽しんでいますね」



●絵が描けなかった人が描けるようになる

852話さんは話しながら、オンラインの画面上で立体的な動物のようなキャラクターの画像を見せてくれた。これも、画像生成AIによって生まれた新しいキャラクターだ。







たとえば、これをもとに3Dプリンターを使ってオリジナルのフィギュアをつくることができたら楽しいのではないか。852話さんにそう伝えると、「やってみたいですよね」と弾む声で返ってきた。



画像生成AIは、ただ画像をつくるだけではない、さらなる「展開」を感じさせる。



852話さんは、ただ生成した画像をSNSに投稿するだけでなく、その技術の紹介や生成過程も公表している。画像生成AIについて知ってほしいという願いからだ。







「批判もたくさんありますが、前提として、すごく楽しい技術だと思っています。たとえば、絵が苦手な人でも、自分の書いた小説の表紙をAIで描いてみたり、ゲームや音楽をつくったら、サムネイルをAIで描いてみたり。生成AIを使えば、これまで大変だった部分がクリアできます。



技術的、時間的な制約があって描けなかった人が描けるようになるということが重要だと思っています。その楽しさがもっと広がってほしいですね」



●根強いと反発、「AI堕ち」という言葉まで

一方で、852話さんも言う通り、画像生成AIに対する批判や反発はいまだ根強い。



たとえば、イラスト投稿サービス「pixiv」を利用するイラストレーターたちが今年5月、「自分の作品を画像生成AIの学習素材として扱われたくない」として、次々とpixivにアップしたイラストを非公開としたり、新規投稿を停止したりする「抗議」をおこなったことは、記憶に新しい。



最近も、漫画版『スレイヤーズ』の作画を担当していたベテラン作家、あらいずみるいさんにあらぬ疑いがかけられた。



8月にコミケで頒布した同人誌の表紙が、自身で描いたにもかかわらず、「AIを使ったのでは」と言われ、騒動となったのだ。その理由は、表紙のイラストが従来の絵柄と異なっていたためだったという。



「AI堕ちしてる」「作家として終わり」「個性ゼロ」



Xでは、画像生成AIを否定する人たちから心ない言葉がかけられた。結局、あらいずみるいさんが作画の過程を動画で公開することで騒動はおさまったが、その様子をXで見ていたユーザーたちからは「魔女狩りのよう」という声が上がった。







AIに反対する人たちの主張は、画像生成AIが膨大な画像を学習していることにある。「他人の絵を盗んでいる」という批判だ。



852話さんは、そうした批判や誹謗中傷の矢面に立ってきた1人でもある。しかし、開発・学習段階で、他者の作品を利用することは、違法ではない。なお、画像生成AIに限らず、「他人の絵柄に似ている」というだけでは、著作権法違反にもならない。



文化庁はこのほど、生成AIについて「AI開発・学習段階」と「生成・利用段階」に分け、それぞれ著作権法の適用が異なることを明示した。



「AI開発・学習段階」については、2018年の著作権法改正により新たに規定された条文が適用されて、「原則として著作権者の許諾なく利用することが可能」と説明している。



●グラデーションのように少しずつ受け入れられていく

画像生成AIは急速に進化し、利用する人も増える一方で、反発する人たちとの「溝」はますます広がっているようにみえる。



852話さんにどうしたら「溝」が埋まるのか、尋ねてみた。



「昔からアナログか、デジタルか、という問題はありました。イラストが手描きからデジタルのツールに移行する際、デジタルの絵は温かみがないと批判されていました。何が『良い』のか『悪い』のかという価値観は、時代によって移り変わっていくものだと思います」



これまで通り、画像生成AIを使わず、オリジナリティのある作品をつくりたいという人も、もちろんいる。



「画像生成AIは、アーティストさんの仕事を奪うものというより、描けなかった人が自分の脳内イメージを出力できるようになるツールです。そして描ける人がさらなる自由度を手に入れる可能性を秘めています。



そして、オリジナリティを重視するアーティストさんは、AIを使用しなくてもより作家が描いた作品であるというブランド感が出せますので、住み分けができていくのではないかなと思っています」







これから、画像生成AIをめぐる「未来」はどう変わるのだろうか。



「画像生成AIは、この1年であまりに急激に変化してしまったので、受け入れる側の感情が追いついていないように思えます。ですので、オセロをひっくり返すように急に変わることはないと思っています。



とにかく時間が必要で、利用する人や商業的に使われていく事例が増えていって、グラデーションのように少しずつ受け入れられていくのではないでしょうか」