2023年09月04日 10:01 弁護士ドットコム
時代の変化により、葬儀や法要のあり方、お寺との付き合いは変わりつつある。理由の一つとして、お寺の読経や戒名の授与への支払いが“明朗会計”ではない点が指摘されている。金額とサービスの概要を最初から明らかにする葬儀会社も出てきているが、昔からお世話になっているお寺に依頼して、金額については「お気持ちで結構です」と返されてしまい戸惑う檀家もいるだろう。
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一般的な相場は暗黙の了解としてあるのに、なぜ金額は明確に提示されないのだろうか。宗教法人サポートに特化した行政書士の横坂剛比古氏に話を聞いた。(取材・文:遠山怜)
——葬儀や法事でお布施をめぐり、「いくら支払うことになるのか、事前に教えてもらえない」という不満を聞くことがあります。なぜ明確に提示できないのでしょうか?
横坂氏:この問いに答えるためには、そもそも宗教行為で発生する支払いは、何に対して支払うのか? 宗教法人の事業の課税のあり方について考えなくてはいけません。
まず宗教行為では何が課税・非課税となるのか整理していきます。
基本的な考え方として、宗教法人は宗教行為については非課税ですが、他の事業を行うと、宗教行為とは別の収益事業とみなされ、課税されます。
読経や戒名の授与についても、宗教行為の「対価」としてお金を受け取れば、収益事業だとして課税対象になるのです。もちろん、それとは別に、教義として「神仏と人の間をとりもつ行為をサービス業と同じように行うべきではない」という考えもあるでしょう。
そのため、読経や戒名の授与などの宗教上執り行われる行為は、サービス業、つまり対価と引き換えに特定の行為を提供する「契約」には当てはまらない形で行わなくてはいけません。
私たちがサービス業と呼んでいる行為は、法的には契約行為に当たります。たとえば、スーパーで100円でジュースを購入する行為は、買う人(代金支払い義務)と売る人(目的物引渡し義務)の双方が債務を負担する「双務契約」で成り立っています。
一方、一律で「入場料」などという名目で金額を設定した神社や教会は少ないと思います。これは入場料として一律で価格設定をすると、来場者との間に契約関係が生じてしまい、課税対象となるためです。
とはいえ、神社であれば「賽銭」、教会であれば「献金」の機会が設けられており、実質的な収益事業ではないかと考える人もいるでしょう。しかし、一般的な相場はあっても「いくら入れてください」という具体的な指示をされることはありませんよね。
また、教会では「お気持ちだけで結構ですから」と念押しをされることもあります。これは謙遜の態度でもあり、法的にも金銭の支払いを強制してはならないためなのです。事実、教会では支払う余裕のない方は、献金をしないこともあります。
このように、宗教的な場における金銭の受け渡しは、個人と宗教法人との間の契約によって生じているのではなく、神様・仏様への応答として、参拝者が神様・仏様に対して一方通行でお金を捧げているということになります。
——「〇〇するために〇〇万円かかります」と金額指定することはサービス業に該当してしまうため、お寺や教会側は課税を避けるために明言を避けざるを得ない事情があるのですね
横坂氏:そうなります。あくまで宗教上の場所で発生したお金は本来捧げられる対象は神様・仏様であり、宗教法人や聖職者ではないのです。宗教法人はその金銭の管理者という立場です。
一方で、一部のお寺では金額表示をして読経や戒名を承っていることが確認されており、賛否両論が沸き起こっています。ただでさえ檀家が減少していくのは明白な中、お寺の存続や僧侶の生活を考えれば、金額設定を明確にして檀家の信頼につなげるのは必然のことです。金額を明示することで宗教行為がサービス業としての扱いになるため課税対象になる可能性はありますが、それでも収益の安定化と委託側の安心感というメリットは大きい。
今後も、檀家の要請に応じるかたちで、明確な金額設定が設けられる事例は全国的に広がっていくとも考えられます。そこで、今後を見据えて法整備を行い宗教行為における「課税事業」と「非課税事業」を明確にし、課税事業の範疇を拡大するなど税制の見直しを行った方がいいのではないかとも考えられます。確かに収益の安定化の側面だけを考えれば課税事業の拡大は必然です。しかし、宗教における教義ではお布施の額面だけで一律に判断ができないのです。
例えば1億円を持っている人にとって1万円は大した負担ではありません。しかし10万円が全財産である人には1万円はかなりの負担です。まして1万円しか持っていない人にとっては1万円は全財産です。同じ1万円でも価値が変わるのです。そのために一律で金額を提示せず、その人にとっての「お気持ち」で帳尻の合うところで払ってもらえればそれで良いという考えが宗教の根底にあります。
したがって問題はすでに顕在化しているのですが、線引きが非常にしづらいのが現状です。宗教法人の課税事業と非課税事業は曖昧な境界線を残しつつ運用されてきたので、どう整理するべきか専門家でも判断に迷うところです。
——なるほど。法的には今後も費用が明確に定められず、曖昧であるケースが多いということですね。費用が明確にされていない場合、お寺へのお布施の額はどのように決めればよいのでしょうか
横坂氏:先にお伝えした通り、法律上の建前としては宗教行為は無料です。
「お気持ちで」とされているように、支払うのは何円でも良いはずです。法律的には金額設定は自由であり、それに「委託者(参拝者)」と「受託者(宗教法人)」が合意するかどうかも自由です。したがって、参拝者がそれぞれ思い思いの金額を提示することは問題ありません。ただし、その場合、法的には宗教法人側にも断る権利が発生します。つまりお布施が少ないという理由で宗教法人側が宗教行事を断ることも可能です。
ただし、宗教内の教義でお布施を含む金銭に関する考え方や取り扱い方が定められていることが多いため、その教義に沿う形で対応する宗教法人もいるでしょう。教義は宗教法人によって異なるため、最終的な判断はケースバイケースになります。
葬儀を依頼しようと考えているお寺が、明確な金額提示がないとしても実際には相場として高い価格で依頼することが通念とされているケースもあるでしょう。宗派や地域差によってかなりここは異なるので、ネットで検索した一般的な相場だけではなく、実際の支払額について親戚や地域の人の意見も参照した方がいいでしょう。
費用面の折り合いがつかない場合は、いわゆる「僧侶派遣サービス」を利用されることもひとつの選択肢です。
これらのサービスを行うのは宗教法人ではなく、株式会社や社団法人等であり一般的なサービス業と同じように、読経はいくら、戒名はいくらと価格と提供される行為が明確になっています。費用を安く明瞭会計で葬儀を執り行いたい場合は、こうしたサービスを利用してみてもよいかと思います。
その際に気をつけたいのが、当事者やその実家が特定の寺社の檀家であるケース、いわゆる「菩提寺」を持っているケースです。この場合、他の葬儀サービス事業を通じて僧侶を派遣してしまうと、菩提寺の僧侶とトラブルになることが考えられます。
実際に、菩提寺との関係性を確認せずに派遣サービスに依頼をしたせいで、菩提寺との関係に亀裂が入ってしまったというトラブルも発生しています。地方ほど菩提寺と檀家関係にある家は多いので、注意した方がいいと思います。菩提寺との関係が悪化すると、他の檀家の方とも関係性が変わり、地域トラブルの温床にもなり得ます。
もし菩提寺があっても、費用の関係から依頼するのが難しそうな場合は、前もって菩提寺側と相談して話をつけた上で、サービス業に依頼するのがトラブルになりにくいかと思います。弔いの場で、お金のことや他の人のことを考えるのは気が重いことです。上手に他の人の手を借りて、地域との関係性を壊さずに、金額的にも無理のないところで決めたいものですね。