2023年09月01日 10:01 弁護士ドットコム
故ジャニー喜多川氏の性加害問題をめぐり、ジャニーズ事務所が設置した「再発防止特別チーム」(座長・林真琴弁護士)は8月29日、ガバナンス上の問題に関する調査結果の報告書と再発防止策の提言書を公表した。
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報告書は、ジャニー氏が1950年代から性加害を繰り返し、ジャニーズ事務所でも1970年代前半から2010年代半ばまでの間、多数のジャニーズJr.らが広範にわたって被害にあったと認定。背景には、同族経営の弊害、取締役会の機能不全と取締役の監視・監督義務の懈怠、マスメディアの沈黙などがあったと指摘した。
報告書についての評価を、企業会計やコンプライアンスが専門の八田進二・青山学院大学名誉教授に聞いた。
——報告書の内容をどう評価しますか
委員が一人一人、それぞれの立場で専門性を十分に発揮し、かなり踏み込んだ報告書に結実したと評価しています。特に、性加害の事実を認定し、謝罪と救済という言葉を使って説明した点はよかったと思います。再発防止特別チームが、ジャニーズ事務所から独立した立場で調査、報告書を作成にあたったことがわかる内容で、高く評価しています。
ただ細かい点でいえば、メディアと事務所の関係や、今後のフォロー体制について言及されていなかったのは、残念でした。ここまで踏み込んだのですから、どのようにフォローアップし、どう検証するかまで言及してもよかったのではないかと考えます。
いずれにしても、報告書を受け取った事務所側がどう対応するかが一番の肝です。
——今後、事務所は報告書や提言書に基づき、どう対応するべきでしょうか
長年にわたる性加害で、おそらくは数百人の犠牲者がいると考えられます。本来は「悉皆(しっかい)調査」で全部を確認する必要があるのですが、あまりに長く、多数であることから無理でしょう。しかし、それでもこれだけ明確な犯罪を立証できるような状況証拠が出揃ったわけですから、事実認定を覆すことはできないでしょう。
法的な責任があって特別チームを立ち上げたのではなく、会社の自浄能力を発揮するためだったはずです。したがって報告書に従う強制力があるわけではないですが、依頼側としては当然に対応をする責務があります。
特に、20数人の被害者たちの証言は、赤裸々でおぞましく、強く助けを求めている感じがひしひしと伝わってくる内容でした。被害にあった方々をどうやって救済するのか。これは重い課題です。
——救済については「被害者救済措置制度」の構築を提言していますが、具体的には何から進めていけばよいのでしょうか
ジャニーズ事務所が今後やるべきことは2つあると考えています。荒唐無稽だと言われるかもしれませんが、1つは、タレント事務所としては組織体制と名称を変えて新しい別の組織として活動していくこと。もう1つは、ジャニーズ事務所は名称も残し、創業者の性加害問題の補償の一切を誠意をもって最後までやり遂げ、それが終わったら事務所の歴史を閉じるということです。
まず1つ目についてですが、これだけの性加害があったことが明らかになった以上、「ジャニーズ事務所」という名称は、かつてのように夢を与え、タレントを輩出するブランドネームとしては使えないでしょう。
当然、名前を変えなければいけませんが、今の組織体制で名前を変えても、それでは看板の掛け替えにすぎませんから、根本的に組織体制を変えるのが当然必要となってきます。
新事務所を設立するでも、既存の芸能事務所に合流するでも良いと思います。新事務所を作るのであれば、しっかりと透明性のある形で、ルールを整えた上で雇用し、タレントたちが前向きに仕事できるように体制を作って欲しいと思います。
——では、残されたジャニーズ事務所は何をやることになるのでしょうか
提言では、被害回復のための適正な補償をする「被害者救済委員会」を直ちに構築すべきだとしました。私はこの機能を今の「ジャニーズ事務所」が担えば良いと考えています。タレント事業はやらずに、被害者を救済するためだけに残す。社長は100%の株主である藤島ジュリー景子社長がそのまま務めればよいでしょう。それが、同族経営の責任者しかできない役目であり、そのことで、ジュリー社長の名誉も守られるものと思います。
ジャニー氏には2つの側面があり、裏では非常に多くの少年に性加害行為を繰り返したけれども、表では半世紀にわたって日本の芸能タレント業界に対する残した大きな功績がありました。
しかし事務所を残すのは、それを称えるわけではありません。そのジャニー氏が作った事務所は功績もあったけれど、これだけの問題を起こしたのだと。事務所の最後の仕事は、そのジャニー氏による被害者への救済を行うこと。いわば“敗戦処理会社”として機能するわけですから、そのためのトップとしてジュリー社長が残るべきではないでしょうか。
——第三者委員会は報告書と提言書の提出をもって、役割を終えるようです。報告書に対して、事務所側がどう対処したのか報告する義務はあるのでしょうか
ジャニーズ事務所には、報告書を受け取った後、自らを検証して公表する義務はありません。しかし、これだけの大きな問題を引き起こした以上、説明する社会的な責任は負っています。途中経過を含めて、公表する必要はあるでしょう。最終報告書を1年後に設定するなら、できれば3ヶ月に1度、長くても半年に1回、進捗状況を公表するのが望ましいですね。
公表しなければいけない義務はないとはいえ、50年以上にわたって封印してきたのだから、一つのけじめとして外の目を入れて、声を聞く。中間報告書や最終報告書を出す。その都度、公表すれば、それぞれの立場からの声もあがるでしょうし。
——報告書では「メディアの沈黙」という表現で、疑惑や裁判の結果を報じてこなかったメディアに対しても「報道機関としてのマスメディアとしては極めて不自然な対応をしてきた」と、厳しい視線を向けています
この指摘はもっともだと思います。
古くから雑誌や書籍では被害者たちの声があり、文藝春秋と争った裁判では性加害の事実を認定する判決が2004年、最高裁で確定しているにもかかわらず、マスメディアはこれを報じませんでした。報じていれば、本来はもっと早い段階で問題が顕在化し、犠牲者を少なくできたにもかかわらず、放置してきたのですから、メディアの責任はあまりに重いと考えます。
それを「メディアの沈黙」と批判した検討チームの指摘はその通りですが、調査にあたってメディアをヒアリング対象としなかったのは残念でした。これまでなぜ報じてこなかったのか。報じると何が起きるのか。その点を確認するべきだったのではないでしょうか。
この問題はマスコミが問題をわかっていながらも放置してきたからこそ、性加害が長く続いて行ったわけです。
報告書が出た後、テレビ局各社は相次いで「性加害を許さない」などとコメントを発表しましたが、それで終わりにせずに、これまでなぜ報じなかったのか、どこに問題があったのか。独自調査をすべき責任があるのではないでしょうか。それがなければメディアに対する信頼は回復できませんよ、という厳しい一石を特別チームに投じて欲しかったですね。
——また報告書では、「メディアとのエンゲージメント(対話)」を提言しています
報告書では「これまでのメディアとの関係を、人権デュー・ディリジェンスを通じて相互監視する関係へと再構築するため、すみやかにメディアとのエンゲージメント(対話)をすべきである」としています。
「メディアの沈黙」と指摘したように、メディアとの関係は全く頓挫しており、監視も牽制もなしえていなかった状況で、どうして突如としてメディアと「相互監視、相互牽制によって人権侵害の再発」を防止できると考えられるか、全く疑問です。
そもそも5月の段階で、テレビ局幹部は「タレントに罪や問題などがあるわけではない」(テレビ東京の石川一郎社長)、「所属タレントの方々に問題があったわけでございませんので、番組について変えたり、それによって何か変更する予定はない」(フジテレビの大多亮専務)などと発言していました。
こうした認識は明らかに間違っていると思います。確かにタレントに罪はない。これは大前提です。そうではなく、最近は「ビジネスと人権」という考えが浸透し、サプライチェーンにおける人権尊重が国際的にも重視されています。「商品」の良し悪しだけを注目するのではなく、その商品の原材料の調達から販売に至るまでの一連の流れの中で、組織全体において人権侵害となる行為がないようにしようという考え方です。
7月、国連「ビジネスと人権」作業部会が、今回の問題の調査のため来日したのも、国際的にビジネスの現場でも人権尊重が要請されるようになっていることが背景にあります。
今回の件で言えば、タレント事務所の社長が自社の未成年に対してこれだけの性加害を続け、そのタレントを商品として売り出して利益を得てきた。メディアは、その不当な行動をしている組織に対してギャラとして金銭を支払っていることになります。そうした不当な会社と業務を継続することは、社会的にも決して容認されません。
これまではいわゆるWin-Winの関係だったのでしょう。しかし繰り返しますが、裁判所が性加害の事実を認定したり、書籍や雑誌記事で疑惑が度々持ち上がったりして知ることはできたのに、わかって見て見ぬふりをしてきた沈黙の罪は大きい。報告書が出た後、テレビ局は各社コメントを出していますが、これで終わってはいけません。
事務所との対話の前に、まずメディアが自らを検証し、それを公表する必要があるのではないでしょうか。
【プロフィール】 八田進二(はった・しんじ) 会計学者。青山学院大学名誉教授、大原大学院大学教授、金融庁企業会計審議会委員、第三者委員会報告書格付け委員会委員など。著書に『「第三者委員会」の欺瞞 報告書が示す不祥事の呆れた後始末』(中公新書ラクレ)など多数。