2023年08月29日 09:51 弁護士ドットコム
13歳未満の子どもが被害者となった事件のうち、最も件数の割合が高いのは「略取誘拐罪」だった(2022年警察白書から)。
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2018年から2021年まで100件を下回らない状況が続いており、SNSを通じた被害が深刻な問題となっているとはいえ、親としては不審者と子どもが遭遇する危険も気がかりだ。
そのような不安に応えているのが、配信サービス「日本不審者情報センター」(愛知県名古屋市)だ。全国の警察や自治体からの「不審者」情報を集約・標準化し、防犯マップなどの情報として活用されている。
一方で「迷子を助けた」と思われる行為もまた「不審者」扱いされてしまう風潮もあり、不審者情報のあり方もまた議論されている。
ひとつの策として、2016年からセンターを立ち上げたジャーナリストの佐藤裕一さんは「警察・自治体は『解決情報』も積極的に発信してほしい」と話す。(編集部・塚田賢慎)
元々、労働問題を取材するジャーナリストだった佐藤さんは、ブラック企業入社後に亡くなった子をもつ遺族らへの取材を通じて、親の視点から見た「子の安全」というテーマに関心をもったという。
そのテーマの中でも、情報量が膨大で未整理のままになっていたのが、不審者情報だった。
声かけ・痴漢・つきまとい・盗撮・暴行など、各地の警察や自治体が不審者情報をメールで発信していても、それぞれ情報のフォーマットが異なっていたことに目をつけて、時間・場所・カテゴリーなどの情報を標準化した「不審者情報」を配信するようになった。
シンプルな記事ではあるが、いわゆる自動化でつくられているわけではない。警察からのメールを受けて、佐藤さん含む7人が「目視・手作業」で編集しているという。内容に誤りがありそうなときには、警察の生活安全課や自治体への確認もおこなっている。
配信する記事本数は1日あたり150本程度にもなるそうだ。
2016年のサービス開始から、記事配信だけにとどまらず、センターのまとめた情報は防犯マップなどのサービスに活用されている。
2016年から不審者情報を観測してきた佐藤さんによると、配信される情報の内容と量に変化があったという。
内容の変化としては、一部で個人のプライバシーへの配慮がみられるようになった。
「『帰宅途中の女性に卑猥な声かけをした』という事案でも、今では『帰宅途中』という情報を出さなくなった警察もあります。警察が『女性の家が近くにあるとわかってしまう』と判断したのかもしれません」
情報の「量」は子どもが被害者になる大事件が起きるたびに増え、多いときには1日300本にまで倍増したという。
女児がわいせつ目的で殺害された千葉県松戸市の「小3ベトナム女児連れ去り殺害事件」(2017年)と新潟県新潟市「小2女児殺害事件」(2018年)、そしてスクールバス待ちの児童ら20人が刃物で刺されて死傷した「川崎市登戸通り魔事件」(2019年)。
「児童を標的とした事件が3年連続で続き、センセーショナルに取り上げられることで、学校側がちょっとでも不審なことがあれば通報してくださいと保護者に呼びかけたのだと思います。その結果、これまでは報告しなかったような出来事まで通報されるようになり、配信する数も増えました」
「ここ数年はコロナで人が出歩かなくなり、だいぶ少なくなったと思います。なお、不審者情報の量は気候の影響を大きく受けます。
不審者情報をずっと扱ってきた経験からの感触としては、警察が『夏は薄着になるので痴漢に気をつけよう』と注意喚起することもありますが、薄着になるというよりは、不審者の側が外出したいかどうかという要因のほうが強いと思っています。
というのも、暑いときや寒いときには不審者情報はかなり減るからです。被害者も含めて猛暑や台風によって大多数の人が出歩かなくなると、不審者情報もだいぶ減ります」
不審者情報の活用において重要なのが、情報の「鮮度」であるのは論をまたないだろうが、まだ課題があると佐藤さんは指摘する。
「情報を早く出してほしいのに、まとめて出す機関もあります。顕著なのが千葉県警です。不審者情報を1カ月に1回まとめて出す形をとっています。その情報も地図上にアイコンを表示させて、どれが新着情報なのかもわからないものでした。
人口規模からすると1都3県のうち千葉県だけおかしいという感覚はずっとあったので、千葉県警さんとは一度やりとりしました」
佐藤さんによると、情報が新しいうちに配信されるよう希望を伝えたが、千葉県警は「実現は難しい」とのこと。「せめて新着情報がわかるようにリスト化してほしい」と要望して、地図情報にテキスト情報が付属する形になった経緯があるという。
「月まとめはメール配信されないので、県警のウェブサイトにアクセスし、『不審者情報マップ』を見にいく必要があります」
さらに千葉県警に限らず、警察に頼みたいことは他に2つある。
1つは「電車の痴漢」情報の充実だ。
「警察は公道での痴漢事案を扱っても、電車の中での痴漢の事案をまったくといっていいほど配信しません。東京都や大阪府ではほぼゼロです。明確な理由はわかりませんが、電車の走行中に警察署の管轄をまたぐなど、情報を出しづらい背景みたいなのがあると思います。あとは電車は鉄道事業者の所有下にあるからでしょうか」
そして、もう1つは「発生」だけでなく、「解決」情報の充実だ。
不審者情報をもとめる人がいる一方、不審者情報が氾濫することで、弊害も生まれている。
「常に指摘されることですが、挨拶しただけなのに不審者扱いするのか?という問題が起こっています。『熱中症気をつけろよ』『迷子か』という声かけも警察は発信しますが、それは不審者なのか?という疑問は常に生じています。困っていそうな子どもを助けるつもりで声かけするのはよいのではないかなどの意見があります」
そうした疑問・意見は佐藤さんたちの編集部にも寄せられるそうだ。
2019年には、声優の落合福嗣さんが娘と公園で遊んでいたら不審者扱として通報されたことを告白し、話題となった。
「声掛けやつきまといが発生し、子どもや大人が学校や家庭に伝えて、警察がそれを受けて情報を出す。みんながやるべきことをやって情報が流通していきます。検挙されるなど『解決』の情報も出すところは出していますが、まだ足りないと感じています。
不審者として扱われてしまった人の名誉を回復するための情報が全体的に弱いという印象を受けています。検挙だけでなく、実は良い人だった、通報者の勘違いだったなどの『解決』情報も充実させてほしいのです。
『不審者ではありませんでした』という情報まで流通すれば、迷子を前にして声をかけるべき場面でためらう風潮を防いだり、社会に対する猜疑心も少し減るのではないかと思います」
不審者情報がSNSなどでバズることがある。不審というだけあって、特異な言動がおもしろおかしく受け取られるからだ。
以前はそのような情報を「おもしろい小ネタ」として取り上げるウェブサイトもあったが、現在は、そのような取り上げ方をするウェブサイトはなくなったという。
「残っているのは弊社を含めて不審者情報に真面目に取り組んでいるところだけだと思います」
佐藤さんに、印象に残る不審者情報をいくつかあげてもらった。情報に接し続けている環境的な理由もあるだろうが、記憶に強烈に残るような不審者は減ってきているという。
「最初に思いつくのは、三重県の菜の花畑のものです。男性が紐のような下着と猫耳カチューシャを身につけたほぼ全裸の状態で、おそらくスマホで自撮りしているのが目撃された2019年のもの。菜の花畑が印象深いです」
「静岡で上履きを入れた液体を容器から飲んでいた男性も、本当に気持ち悪くなります(2022年)」
「ここ1年でSNSで拡散したのは、広島の海から全裸で上陸した不審者ですね」
この不審者は「ウミボウズ」「妖怪」などと話題になった。
「あとは、2019年に北海道の女性が雨に濡れた小学生に声をかけ、車に乗せて家に送り届けたものです。これは『善意の可能性のある行動』として道警から配信されたものになります」