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ゾンビ、なぜ100年以上も色褪せない? ポップカルチャーアイコンとしての歴史と魅力

2023年08月29日 07:01  リアルサウンド

リアルサウンド

photo/daniel jensen(unsplash)

 アニメと実写映画がほぼ同時に公開された『ゾン100~ゾンビになるまでにしたい100のこと~』が好評だ。


 実写映画は記事執筆時点でNETFLIXの「今日の映画(日本)」部門1位、アニメも「今日のTV番組(日本)」部門でトップ10内にランクインしている。


 原作者の麻生羽呂氏にとっては『今際の国のアリス』に続く二本目の映像化、原作マンガで作画を担当した高田康太郎氏にとっては初の映像化である。高田氏は『ハレルヤオーバードライブ!』が6年を超える長期連載、単行本全15巻を数えたにもかかわらずメディアミックス展開がされていない。喜びもひとしおだろう。


  さて、同作はタイトル通りゾンビが出てくる。


  ゾンビは映画、漫画、アニメ、ゲームなどで100年近く前から題材になっている手垢まみれのネタである。だが、「ゾンビとは何か?」について明確な定義を言えるものは少数派だろう。今回は、ポップカルチャーの王様とも言うべきゾンビについて綴っていきたい。


■そもそもゾンビとは?

  ゾンビについて説明するにはまず、ハイチの民間伝承である「ブードゥ教」について説明しなければならない。


  16-19世紀にかけて、アフリカのあらゆる場所から黒人がハイチに集められ、奴隷として強制労働を強いられていた。そういった黒人たちが他宗教の要素を取り入れて作ったのがブードゥ教である。西アフリカのフォン族が最初の信仰者とも言われており、「ブードゥ」はフォン族の精霊を意味する「ヴードォン」に由来すると考えられている。


  ブードゥは宗教と解釈されることもあるが、教義や教典が存在しない。宗教法人として認可された団体も皆無であり、「教」と銘打たれているが民間信仰と言った方が適切である。ブードゥの司祭は魔術による怪我や病気の治療など医者のような役割を担っていたほか、政治にも活躍した。ハイチからは多くがアメリカに移民したため、アメリカにはブードゥの文化が根強く残る地域がある。ハイチ移民の多い南部ルイジアナ州最大の都市ニューオリンズがその例である。ちなみにジャズも黒人たち生み出した文化だが、ジャズ発祥の地もニューオリンズとする説が有力である。


  さて、肝心のゾンビだが、ブードゥにおけるゾンビは社会秩序を守るための罰である。ブードゥの教えには仏教の輪廻転生に似た考えがあり、人が死ぬと精霊へ昇華される、または生まれ変わるとされている。ゾンビになってしまうと死ぬことができないため、精霊になることも生まれ変わることも出来ない。信仰者にとっては死ぬよりも恐ろしい罰なのだ。ゾンビはキンブンド語で「死者の魂」を意味する「ンズムベ」に由来する。


  ゾンビは生者にゾンビパウダーを含ませることで生み出すことができる。このゾンビパウダーはいかにも胡散臭い代物だが、ヒキガエル、トカゲなどと複数種類の毒を原料として精製することができるという。科学的にパウダーの成分で目を引くのがわが国ではフグ毒の成分として知られるテトロドトキシンである。神経毒の一種であるテトロドトキシンは時に人を仮死状態にすることがあり、ゾンビパウダーを含まされた人が埋葬された後、仮死状態から蘇り、その後、棺桶の中で酸欠状態にさらされたことででしばらく記憶喪失状態になって数年後に家族や親族の元に帰ってきたとの例が存在する。


フランク・スウェイン(著)『ゾンビの科学 よみがえりとマインドコントロールの探求』では1980年、ハイチでクレルヴィウ・ナルシスという男がゾンビパウダーと思われる毒薬を含まされて仮死状態に陥ったものの、意識を取り戻して親族の元に帰ってきたという驚きのエピソードが紹介されている。家族や親族からしたら墓場から戻ってきた彼はまさにゾンビに見えたことだろう。ナルシスのエピソードはNHKの「ダークサイドミステリー」でも紹介されている。


  なお、拙記事ではお馴染みの引用元なのだが、ゾンビとブードゥ教についてはレッカ社『中二病大辞典』の「ブードゥ教」の項目に簡潔にまとまっている。本稿でも大いに参考にさせていただいた。


ポップカルチャーに登場するゾンビ――ウィルス型ゾンビと黒魔術型ゾンビ

  時は1932年。銀幕に初めてゾンビが姿を現した。


  ゾンビ映画の元祖『恐怖城』はブードゥー教が盛んなハイチを舞台としており、伝統的な文化背景に基づくゾンビ映画である。主役のゾンビマスターを演じたベラ・ルゴシはドラキュラ役で一世を風靡した怪奇映画の大スターだ。同作ははっきり「ゾンビ」という単語がセリフとして発せられている非常にわかりやすく名実ともに"元祖の"ゾンビ映画である。


  しかしながら、ゾンビがポップカルチャーの王座に君臨するにはもう少しの時間が必要だった。『恐怖城』はいくつかのフォロワー作品を生み出したものの、いずれも成功したとは言い難い。


  ゾンビを有名にした作品は間違いなく『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』である。1968年の同作とその続編『ゾンビ』は低予算ながら大ヒットし、数々のフォロワーを生み出した。ゾンビのトレードマークであるぎこちない歩き方や「死者が蘇って生者の肉を喰らう」「ゾンビに噛まれた者も、またゾンビになる」「脳を破壊されるまで活動を停止しない」とブードゥに由来する古典的ゾンビとは異なるモダンゾンビの特徴はフォロワーたちに受け継がれていく。


  ちなみに意外なことに『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』には「ゾンビ」という単語が登場しない。蘇った屍は終始"正体不明の何か"である。


  以降、ゾンビはポップカルチャーのありふれたネタへと一般化していく。遠くヨーロッパ、オセアニアやアジアでもゾンビ映画は制作された。『ショーン・オブ・ザ・デッド』(イギリス)、『ブレインデッド』(ニュージーランド)、『新感染 ファイナル・エクスプレス』(韓国)『カメラを止めるな!』(日本)など出色の出来である。


  さて、多くのポップカルチャーに登場するゾンビだが、ゾンビ愛好家の諸氏はゾンビには主に2つのパターンが存在することにお気付きのことだろう。「黒魔術型ゾンビ」と「ウィルス感染型ゾンビ」である。


  黒魔術型ゾンビはブードゥ教に由来するオカルティックな方法で生み出されるゾンビだ。ゾンビ映画の元祖『恐怖城』は明確に黒魔術型のゾンビである。ブードゥのやり方に従い、ゾンビパウダーでゾンビが生み出されている。『恐怖城』がそれほどのフォロワーを生み出さなかったためか、黒魔術型ゾンビはポップカルチャーにおいてはどちらかと言うと少数派である。


  最近の作品だと映画化もアナウンスされているアニメ『ゾンビランドサガ』は今時珍しい黒魔術型ゾンビである。


  ウィルス感染型ゾンビと違い、同作に登場するゾンビ・アイドルグループ「フランシュシュ」のメンバーは全員自我があり、山田たえ以外は会話による意思疎通も可能である。ブードゥに由来する古典ゾンビとの違いは、そこに不老不死の仙薬を発見したとされる徐福伝説の要素が加わっていることだ。徐福は秦の始皇帝時代の中国の人物だが、後に日本(現在の佐賀県あたり)に渡ったとの伝説がある。伝説では徐福は金立山(佐賀市)山頂で仙人に会い、不老不死の薬草を手に入れたとされている。これはフロフキといわれ、現在でも金立山に自生している。  


  徐福来日伝説はアニメ化もされた人気マンガ『地獄楽』でも元ネタになっている。他、古典的な物として映画『死霊のはらわた』も黒魔術型ゾンビに分類できる。


  もう片方のウィルス感染型ゾンビだが、『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』『ゾンビ』以降のゾンビは大半がウィルス感染型ゾンビである。こちらはモダン型ゾンビと言い換えてもいいだろう。


  大ヒットゲームシリーズ『バイオハザード』はじめ、TVシリーズ『ウォーキング・デッド』も人気コミック『アイアムアヒーロー』も冒頭に名前を挙げた『ゾン100』も古典的ゾンビ映画『バタリアン』も『ショーン・オブ・ザ・デッド』も『ブレインデッド』も『新感染 ファイナル・エクスプレス』もすべてウィルス感染型ゾンビである。


 この2種類のゾンビについて、ゾンビの大量発生から生き残る方法を真面目に検証したマックス・ブルックス(著)『ゾンビサバイバルガイド』でその特徴がまとめられている。著者のブルックス氏はゾンビ映画『ワールド・ウォー・Z』の原作者でもあり、ゾンビの専門家と言っていい存在だ。(『ワールド・ウォー・Z』はウィルス感染型ゾンビ)
 


   同書には災害から生き残るための知恵も含んでおり、興味のある方はご一読いただきたい。さて、人から理性を消失させ、凶暴的で食欲だけが残存したモダン型ゾンビを生み出すゾンビウィルスだが、果たしてそのようなウィルスは存在し得るのだろうか?


    リック・エドワーズ、マイケル・ブルックス(著)『すごく科学的 SF映画で最新科学がわかる本』はゾンビ映画『28日後…』を例に、「そもそもウィルスとは何か?」「映画のように人を凶暴化するウィルスはあるのか?」を論証している。新型コロナウィルスCOVID-19による騒動を経験した今の時代を生きる読者諸氏には色々気づきの多い一冊だろう。同書では複数のウィルスを合成すれば『28日後…』に登場するレイジ・ウィルスに似たものを作ることは「絶対に不可能というわけではない」と結論付けている。恐ろしい話だ。