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「何で全部食べちゃうの!?」家族の分の料理を独り占め 「食い尽くし系」の実態

2023年08月26日 09:01  弁護士ドットコム

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「食い尽くし系」と呼ばれる人たちがいる。食事のときに家族や恋人の分も食べてしまう、冷蔵庫や棚に保管されている食べ物を食べてしまう、などの行動を起こし、注意されても改めないのが特徴だ。


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インターネットでもたびたび話題になり、2023年5月には「夫が娘の分のハンバーグも食べ尽くしてしまった」というSNSの投稿が、1.5万リツイートされ話題になった。



なぜ他人の分まで食べてしまうのだろうか。「食い尽くし」の実態や、その原因について取材した。(ジャーナリスト・肥沼和之)



●指摘しても「おかしいのはお前」というスタンス

主婦のTさんは、夫が食い尽くし系だという。餃子などの料理を大皿で出すと、いつの間にか全部食べてしまうため、Tさんや子どもの分は残らない。3人家族なのだから、餃子を15個出したら一人5個ずつ食べるのが当たり前なのでは……と考えていたTさんは、あるとき夫に直接聞いてみた。



「夫の実家では、両親の分のおかずを食べてもよい制度だったので、私や子どもの分を食べることについても同じ認識だったようです。食べ尽くし行動を責めたわけではなかったのですが、『俺はおかしいとは思わない、おかしいのはお前』というスタンスで、相手にしてもらえませんでした」



そこでTさんが、1人分を皿に取り分けて出すようにしたところ、夫はふてくされて食べなくなってしまった。それから食事は、夫婦別々で取るようになったという。



ちなみに結婚する前は、複数人で大皿料理を前にしても、そのような行動はなかったため、全く気付かなかったとTさん。現在も、友人たちと外食する際は食い尽くしをしないが、家に戻った途端に発動するのだそう。夫はモラハラ気質があり、それが食い尽くし行動につながっているのかもしれない、とTさんは話す。



「推論ですが、自己愛が強すぎてそうなるのかなと思いました。一般的に、子どもの分まで食べてしまうって、完全なNG行為だと思います。それを無意識にでもしてしまって、罪悪感も見せないのは、私や子どものことを考えず、自分しか見えていないからなのかなと感じました」



●当事者の声は

食い尽くし系の当事者である中澤雄介さん(仮名・20代)にも話を聞いた。



中澤さんは友人たちとファミレスに行き、注文したポテトフライなどを一人で食べていると、「何でそんなに食べるの?」と注意されることがしばしばだという。中澤さんはASD(自閉スペクトラム症、アスペルガー症候群)を抱えていることから、食い尽くし行動につながっているのではないかと考えている。



「3人いて、唐揚げが6つあったら、2つずつ分けるのが普通、と多くの人は思いますよね。僕も頭では理解しているのですが、感覚としてはわからないから、つい食べ尽くしてしまう。その場の空気や人の心の機微も読めないので、悪気はないのに、相手を怒らせたり困らせたりしてしまうんです」



●「あるだけ食べていい」と認識してしまう

なぜ食い尽くし行動を起こしてしまうのか、臨床心理士の町田奈穂さん(大阪カウンセリングセンターBellflower代表)は、さまざまな要因があるとしたうえで、最も大きいのは「育ちや教育上の影響」ではないかと見解を示す。



「私の分はいいから食べなさい、と両親が言ってくれたので、分けて食べるという意識や考えが備わっておらず、『あるだけ食べていい』と認識してしまうのです。食べ尽くしてしまうことにそもそも疑問を持っていない、悪いことだと思っていない可能性があります」



ほかにも、認知機能や強迫性障害などの可能性もあり得ると指摘する。



「3人いるから三分の一を食べても大丈夫」と理解していても、正確に三等分ができなかったり、不安を紛らわせるために食べ尽くしてしまう。あるいは、食事に毒が入っているなどと妄想し、「家族を守るために自分が食べなければ」と駆り立てられることもあるそうだ。



●「物を食べたときにドーパミンが出る」

メンタル心理カウンセラーの田中よしこさん(株式会社コレット代表)は、次のように指摘する。



「我慢することが多い方によくあるのですが、物を食べたときにドーパミンが出て、その快楽で止められず、人前でもコントロールできなくなる。そして食べ尽くしてしまう場合が考えられます。これが食事ではなくお酒だったら、アルコール依存症として表れます」



では、身近に食い尽くし系の人がいる場合は、どう対応するべきなのか。田中さんは、本人に自覚や改善したいという思いがない状態で、カウンセリングなどに通わせるのはあまり意味がないと指摘。うまく共存するために、ケースバイケースではあるが、物理的な対処やルールを設けることを勧める。



「ご飯を一緒に食べる場合は、最初から取り分けておく。友人たちと大皿料理を囲む場合は、たくさん食べた人が多めに払うなど決めておく、など。食い尽くし系の方が一定数いることを認めたうえで、お互い気持ちよく過ごす方法を考えるのが良いと思います」



●「まずは原因を見つける必要がある」

町田さんは、当事者がなぜ食い尽くし行動を起こしてしまうのか、まずは原因を見つける必要があると話す。本人の生育歴を振り返り、家庭環境や生活環境にそれと思われることはないか。原因を見極めたうえで対応する必要がある。



その際、家族などサポートする立場の人は、負担を抱えすぎて共倒れにならないようにすることが何より大事だという。



「当事者に寄り添うことも必要ですが、心理的な負担は計り知れません。自分自身や身近な人を守るために、ある意味で正面から向き合い過ぎず、ときに一定の距離を置くことも大切。そして、サポートを続けるのか、離れるのか、自分たちにとって何が幸せか考えたうえで、選択するのがよいでしょう」



NGなのは、当事者の行動をコントロールしようとすること。食べ物に名前を書いておく、隠しておくなどの対策に、効果が見込めないわけではないとしつつ、結果的に食べられてしまったときは苛立ちや落胆が大きい。当事者にもストレスがかかり、反動でより行動が悪化してしまう恐れもあるからだ。それよりは、食い尽くし行動を引き起こしている根本的な原因に向き合うほうが、早期の改善につながると思うと締めくくった。



●取材を終えて

「食い尽くし系」という言葉には何ともインパクトがある。食い尽くし行動の内容も相まって、ブルドーザーが瓦礫をすいすい片付けるように、有無を言わさぬパワーで卓上の料理をひたすら平らげていく、そんな人たちの総称が「食い尽くし系」なのだろうと、筆者は勝手にイメージしていた。



だが、食い尽くし行動はあくまで表層的なもので、顕在化した理由や原因は実にさまざま。当事者からすると、「生きるために食い尽くしている」ケースもあるのだと、取材を通じて痛感した。



私たちは大なり小なり、「当たり前」という名の常識やルールを持っている。今回、取り上げたテーマでいえば、「大皿料理は等分にわけるのが当たり前」「他人の分を食べないのは当たり前」である。しかし、何らかの事情でその認識が異なる人も一定数いる。それが少数派で、多数派を困惑させるような行動を取ったとしても、「間違っている」わけでは決してない。そもそも「正しい・正しくない」「良い・悪い」とジャッジできるものではないのだ。



今回は、食い尽くし系の当事者やその家族、専門家たちの声を紹介した。食い尽くし行動の内容だけを見て、「迷惑」「おかしい」「怖い」などの感情を抱くのは、致し方ないことなのかもしれない(筆者も好物を食べられたら激怒するだろう)。だが、そういった行動をせざるを得ない事情を、想像・理解しようとする努力も、あらゆる人が共存するために大事なのではないかと、自戒を込めて訴えたい。